1/10 02:55
「スクネ様」
挨拶を終えたオレに―――なぜか、猫耳のメイドさんが声を掛けてきた。
「ん?」
「わたくしにはお声がけ下さらないのですか?」
「え……えー?」
「そんな、お嫌そうな声を出されるなんて!
わたくし、スクネ様の逞しいお体と凛々しいお姿に、胸を射止められてしまったのです。
スクネ様に主人である姫様の目の前でものすごい勢いで押し倒され、わたくしの肌と下着を嘗め回すように見つめる視線に、もうお嫁に行けなくされてしまったのです」
……ちょ、ちょっと変なこと言ってる、このメイドさん変なこと言ってる!
「そ、それで?」
「せめて最後に、お情けを授かりたく」
お情けって、すごく別の意味に聞こえるんですけど!
あと、背後で多分、魔王が肩を震わせて笑ってるんですけど! 剣が微妙に震動して超痛いんですけど!
あなたの仕える姫様が、魔王に向けてた眼差し以上に超睨んでるんですけどっ!
「えっと、あの……
お、王様と、ジャルカさん、止めてくれて、ありがとう?」
「スクネ様と姫様のためなれば、当然の働き。もったいなきお言葉にございます」
優雅に一礼し。
いたずらっぽいような、人懐っこいような笑顔でオレに微笑んだ。
「これからも、リメルを、ジャルカさんを助けて、あげてね」
「スクネ様のご意思、承りました。
これより後、わたくしはスクネ様を、その後に姫様とジャルカ様を主と仰ぎ、誠心誠意、この身体でご奉仕いたします」
なんだ、言い方がいちいちえろいんだけど。
やめて、血流が活発になっちゃう、早死にしちゃう!
「ですから、スクネ様はご心配なさらず、好きになさって下さいね」
猫耳メイドさんが、ウインク一つ。その眼差しが、言葉以上にその意思を雄弁に伝えてくれて。
ああ―――なるほど。そういうことか。
「ありがとう、そうさせ、てもらうよ。
2人と、王様も、お願いね」
「はい」
一礼して一歩退く、名も知らぬメイドさん。
言いたい事は、言った。ぼくではなく、メイドさんが言いたいことを言い終わった。視線と仕草が、そう告げていた。
もう一度、ありがとうと、心で礼を告げ。
「―――以上で良いな、異世界の勇者よ」
「ああ、十分だ」
魔王の言葉に、オレは頷いた。
背後で多分頷いた魔王が、片手の剣でオレを貫いたまま、おそらく魔力を集中させる。
血が流れ過ぎた身体は、熱いのか寒いのか、痛いのか気持ちいいのかよく分からない。
「枯渇寸前の魔力も、このままこの剣で吸い尽くしてくれよう。
吸い終わったら首を刎ね、貴様の身体を焼き尽くし、塵すら残らず無に返してやろう」
「弱い人間相手に、随分と、ご丁寧なことだ」
「勇者さえ居なくなれば、また700年は安心して過ごせるからな。
恨むならば、女神に見初められた、己の不運を恨むがいい」
女神に見初められた、か……
すごく今さらだけど、どうして、今回の勇者はオレだったんだろうな?
オレなんて、開始3時間で魔王に殺されようとしているのに。
そんなどうでもいいことを今さら考える自分に、苦笑しながら。
「さらばだ、勇者よ」
魔王が刑の執行を告げ。
リメルが、涙をぬぐいもせず、オレを見つめて。
ジャルカさんが、いつの間にか座っていたハンカチをぐっしょりと湿らせて。
王様とメイドさんがまるで魔王を攻撃するかのように、魔力を集中させて。
「―――聖戦の代償」
最後にオレが、この世で最期の言葉を、ぽつりと呟いた。
一挙2話投稿で、事態は急転直下。
そして明日は、まさかの―――!
次回、1/10 2:58
明日21時、投稿です!