1/10 02:47
「まさか、我の掛けた呪いを破るものが現れるとはな」
剣に身体を貫かれて動けないオレの背後で、男が続けた。
「きゃああああ!」
「ぐっ」
会話の内容から判断するなら、こいつが―――魔王。
流れ出す血と身体を貫く激痛に、急速に思考が冴え渡る。加速する。
あの呪いを解いたことを感知して、こいつが転移かなんかしてきたのか?
そして、呪いを解いたオレを刺した。自分の邪魔になるから。
王様やジャルカさんは動かない。
魔王が偉いからか、動けばオレが殺されると思っているからか。理由は分からない。
姫様もまた、悲鳴を上げた後は、動かず黙ってオレの背後を睨みつけている。
「弱まっているとは言え、あの呪いは邪神の力。
それを破ったということは、貴様は女神の力を与えられた勇者か?」
!
「どれ―――
完全鑑定!」
魔王がオレ自身に向かって、完全鑑定のスキルを放った。
----------------------------------------
■ 詳細ステータス
● 基本情報
名前 : 北村 宿禰
職業 : 破呪士
レベル: 20
性別 : 男
年齢 : 20歳
● 能力値
筋力: 104 (80)
体力: 192(120)
敏捷: 100
器用: 140
知力: 160
精神: 180
魅力: 214(195)
幸運: 21
● スキル
SPボーナス(10)
経験値ボーナス(10)
解呪(10)
変身(4)
頑強(3)
交渉(2)
度胸(1)
魅力補正(1)
破邪結界(★)
● 称号
真・裸族 異世界人 勇者の無精卵 寄生厨 破呪士
----------------------------------------
「ふむ……
まだ未熟で転移したてのようだが、やはり異世界から転移してきた勇者であったか」
本来は鑑定がランク10になれば、ステータスや効果など分からないものは何もなくなる。
だが、同レベルの隠蔽や偽装があると相手の情報を見抜くことは出来ない。
そういったものさえ突破して相手の全てを知るのが、完全鑑定スキルだ。
取得の前提条件は、鑑定と隠蔽を共に最大のランク10。
使用条件は、生命体に対してのみ、一人の相手には生涯で一度しか使えない、だったはずだ。
これでオレのステータスは魔王に見られて、オレの持つスキルやなんかも全てばれた。
いや、あの呪いを解くことで、一気に3レベルもアップした。その後スキルを、まだ取ってなかったのは、いい事だった、か?
「だが、この剣で貫かれた以上、魔力を扱うことはもうできまい。
逃がしもせん、身体を動かす前に貴様を真っ二つにする。これで終わりだ」
咳き込み、口から血が吹き出す。
動くと、剣で貫かれた胸に激痛が走る。胸から流れ出す血と熱も止まらない。
―――考えろ。この場を、生きて切り抜ける方法を。
魔王の言う通り、解呪の時のような、魔力の動きは感じ取れない。
剣に魔力を吸われているのか乱されているのか、どちらにせよ魔術を使うことはできそうにない。解呪しか覚えてないけど。
「女神にそそのかされて、地球からやってきた勇者よ」
なん―――だと?
なんでこいつが、地球のことまで知っているんだ?
「最後に言いたいことがあれば、聞いてやろう。
あるいは、この場の者たちに遺言があれば、そのくらいは許してやろう。
邪神の力の弱まる三日間どころか、たった数時間では貴様も浮かばれまい?」
確かに、三日間どころか三時間ぐらいしか経っていない。
まだまだこれからなんだ。仲間を増やし、レベルを上げて、こいつを…魔王、を…倒し……
「スクネ様!」
一瞬飛びかけた意識が、姫様の声に呼び戻される。
そうだ、魔王を倒しに来たんだった。
オレの目的は、魔王を倒すことなんだ。
姫様を助けることは出来たけど、目的は旅でも解呪でもなくて、魔王を倒すことだ。
「ふむ、リーンスニルのリメルシア姫よ。
我の予想以上に美しく育ったな。褒美に、三日間だけ言葉の自由を許そう」
「スクネ様を離して下さい!」
「それは出来ぬ相談だな。こいつは、我の天敵なのだよ。ゆえに、力を付ける前に、完全に殺す」
魔王が姫様に、静かに告げた。
オレを殺すと。
「三日後に、再び声を呪いに来よう。
それまでは、好きに過ごすが良い」
「スクネ様を殺すならば、私は決してあなたを許さない。
スクネ様の後を追います!」
「ならば、このリーンスニルに住まう者全てに、お前の後を追わせてやろう。
そうすれば寂しくあるまい?」
「くっ……」
都の全住人を人質に取り、魔王はきっと笑っている。
湧き出す激情を隠しもせずに、魔王を睨む姫様。でも―――
「姫様には、怒りや憎しみに染まった顔は、して欲しくないなぁ」
「スクネ様!」
姫様に、なんとか笑いかける。笑いかけようと、口の端を力なく持ち上げる。
なんだか、妙にすっきりして、余計な熱が流れ落ちたせいか、頭だけはクリアで。
でも、姫様が大事で、愛おしい、その気持ちも確かに、胸の中に熱く灯っていて。
「呪いが解け、君は、自由になったんだ。
好きな事を、して欲しい、オレも応援、してるよ」
「なら! 私を、あなたの旅路に連れて行って下さい!
わがままも言わない、ジャルカや他の者が居ても文句言わないから。ずっとお傍に居させて下さい!」
「旅、かぁ……
さすがに、死出の旅路には、付き合って、欲しくないなぁ」
「そ、んな……」
「だから」
こんな言葉、意味がないけれど。
いや、無意味どころか、かえって残酷なんだろうけれど。
「姫様……いや、リメル。
生きて、もう一度会えたら、その時は、ついて来てくれ」
「―――!
はい、はいっ……!」
オレの言葉に、悲しみと、それでも喜びを溢れさせて。
姫様が、リメルが、泣きながら頷いた。
「王様……いいよね?」
冷たく寒い身体で、それでも目に熱と決意を込めて、見つめる。
王様もまた、決意の篭もった瞳で、見つめ返してくれた。
「―――わかった。
我が名に懸けて、リメルとスクネ君の意思と行動を認めよう」
うん、これで、いい。
「最後に……ジャルカさん」
「なんじゃ、スクネよ」
この世界で、一番長く一緒に居たジャルカさん。
と言っても、せいぜい2時間ぐらいなんだっけ?
「なんだか、もう何日も、一緒に過ごした、気がするなぁ」
「……そうじゃな。わしもじゃ。
お前と一緒のこの短い時間は、ここ数年で一番濃くて楽しかったぞ」
「そっか……ジャルカさんも、同じで、嬉しい」
「ジャルカ、で良いぞ。スクネよ。
今のお前はわしと対等じゃ」
笑って、頷く。
「ありがとう、ジャルカさん。対等でも、敬意だよ。
2人きりでの、旅はちょっと、難しそうだけど。
また……ね?」
「……うむ。
冗談ではなく、姫様を諌めるためでもなく。
わし自身が、お前と一緒に、らぶらぶな旅を、したかったぞ」
やだなぁ……過去形には、しないでよ。
オレは、今だって、旅を、したい。らぶらぶじゃ、ないが。
でも、これで、一息。
この世界での、とても短かった『旅』に、区切りをつけそうだよ。
ありがとう。
リメル、ジャルカさん。
―――さようなら、だ。