表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
三日で終わらす異世界転移  作者: 岸野 遙
一日目 ~旅立ち編~
12/60

1/10 01:53

 周囲から向けられる、兵士達の握る刃。

 肩の上から向けられる、ジャルカ先生の呆れた視線。

 目があるかどうか分かんないけど!


「さーて、どうしようかね、これ」


 慌てたり騒いだりを通り越して逆に落ち着いてきた。

 まずは、ここを生きて切り抜けよう。うん、落ち着こう。


 最悪の場合は、とっておいたスキルポイントを使ってでも逃げよう。

 約束は果たすつもりだが、その前に死ぬわけにはいかないからな。

 100ポイントで切り抜ける方法を頭の中で計算しつつ。

 刺激せぬように、斬りかかって来ないように、できるだけ動かないであたりを伺う。


 と―――


「!?

 いけません、今は廊下に出ないで下さい!」


 突然目的地であった扉が内側へと開き、押しとどめようとする兵士を軽く押しのけて。

 この城で初めて出会った、あの美少女が姿を現していた。


「ああ……」


 やっぱり、なんて綺麗なんだろうか。

 地上に降りたつ月の女神の如く。涼しげに煌く銀髪を揺らし、澄んだ青の瞳をやさしげに細めて。

 赤く色づいた可憐な唇を、そっと開き―――


「きゃああ、変態♪」


 さぞ楽しそうに、歌い出すように美しい声を出した。


 瞳から、耳から。

 あるいは、匂いや一緒に存在するこの空間の空気からさえ、心が痺れるほど美しさが染み込んでくる。

 そんな状況に訳も分からぬまま、オレは片膝をついていた。


 そんな状況に、である。けして変態と言われたダメージで、立っていられなくなったわけではない。念のため。


 抱えていた荷物と肩のジャルカ先生も掴んで床に置く。



「へ、変態じゃないです」


 搾り出すように、震えた声で告げる。


 オレは、この人のために何が出来るだろうか?

 そんなの決まってる。そのために、ここに来て、レベルを上げてスキルを取ったのだから。


「あなたの声を、治しに参りました」

「まぁ……」


 思わず地べたに這い蹲りたくなるのを堪え、跪いた床から姫様を見上げる。見つめる。

 白くほっそりとした腕を豊か過ぎる胸の谷間に押し当て、ときめく笑顔を浮かべた姫様は少しおかしそうに―――


「姫様ーっ! 姫のお声が、お声が!」

「まぁ、ジャルカ?」


 そんなオレと姫様のひとときを遮り、手元からジャルカ先生が飛び出して地に転がった。

……伏せた、んじゃないかな? 多分だけど。


「隠居したと言い張って牢屋に引きこもっていたあなたが、どうしてこちらのお方と一緒に居るのかしら」

「邪悪な悪魔が姫に不貞を働く前に、わしが成敗するためですじゃ!」


 ジャルカ先生、いやジャルカが不穏なことを叫んでいる。

 オレの目の前でゆらゆらと前後に揺れているジャルカ。なんとなく、頭をぺこぺこしているようにも見える。


 邪悪な悪魔じゃないだろうが、姫様の呪いを解くために協力しているんだろうが!

 牢にいる時点で犯罪者だろうとか言ったのお前だったじゃねーかよ。あと、犯罪者じゃなくて牢屋引きこもりだったのかよ。


「えっと、今は悪魔のお方」

「北村 宿禰と申します。スクネとお呼び下さい」

「それでは、スクネさん。

 長く封じられていた私の声は、あなたが傍に居てくださるとまるで呪いなどなかったかの如く音を取り戻すのです」

「はい。

 私は、あなたの声を治しに参りました」


 もう一度、真っ直ぐ見つめて告げる。

 あなたの声を治したい。その声を、ずっと聞いていたい。


「悪魔のあなたが、魔王の呪いを解くのですか?」

「できるかどうかは、残念ながら試してみないと分かりません。

 ですが、必ず解けるよう、全力で取り掛からせていただきます」


 そう。オレは、姫様の呪いを解くためにここへ来たんだ。

 必ず解く。全スキルポイントをつぎ込んででも、絶対に。


「わかりました。私は、あなたを信じます」


 あ、ああ……!

 姫様がオレを信じて下さる。こんなに嬉しいことはない!


「医療室など、どこか希望の場所はありますか?」

「器具を用いるわけではありませんから、どちらでも大丈夫です」


 あ、でももし叶うなら。


「姫様が安心できる方がやりやすいので、姫様のお部屋でいかがでしょうか」

「わかりまし―――」

「なりませんぞ姫様!」


 頷こうとした姫様を遮って、いつの間にかそちらに移動していたジャルカが大声をあげた。


「このような不審な悪魔を姫様のお部屋に入れるなど、けっして許せる事ではございませぬ!」

「不審な悪魔……って、さっきまで一緒に居たし、ジャルカはオレの正体を知ってるだろうが!」


 こいつ変わり身早いな、なんで普通に兵士達の側に紛れてるんだよ!


「正体じゃと!?

 貴様、この邪悪な悪魔めぇ! 正体を現すがいい、邪悪なものなぞ姫様には指一本触れさせぬぞ!」


 ジャルカの声に、あたりの兵士達も武器を構え直す。

 姫様は、変わらず安心した表情でオレを見つめてくれている。ああ、それだけで有象無象毛玉などどうでもいいんです、天にも昇る幸せな気持ちでいっぱいです!


「スクネさん。

 もしよろしければ、私に本当のあなたを見せて下さいませんか?」

「はい、喜んで!」


 オレはその場にすっくと立ち上がると、意識を集中して変身のスキルを解いた。

 一瞬輪郭がぼやけ、悪魔の巨躯が消えた後には元の人間のオレが立っているはずだ。


「まぁ……っ」

「ふむ」

「きゃあ!」

「な、貴様なんたる!」


 変身を解いて人間に戻ったオレに、姫様を始め周囲の者たちから声があがる。

 だが、オレはもう恐れない。人間だとばれてもかまわない。


「見ての通り、オレは人間だ。

 だがオレに敵意はない、姫様の呪いを解くためにここにやってきた」


 オレの真正面からの宣言を聞いて、兵士達が一瞬気圧されるように引きつった顔をする。

 そんな中で、姫様は目を細めてオレをじっと見つめる。顔ではなく、下の方を。


「姫様が本当のオレを見たいと言って下さったから、何一つ偽り隠すものなどない!」


「な、なんなんだこの人間は……」

「すご、あんな風になって」

「え、ちょっと人間ってあんなに、やだもぅ」


 ざわめく兵士達を無視して、真っ向から姫様を見つめる。


「これが人間の、本当のオレです。

 さあ、その目にしっかりと焼き付けて下さい」

「……はい、スクネさん。

 いいえ、スクネ様。しっかりと、焼き付けさせていただきました」


 頬を赤く染め、顔を上げずに姫様がおっしゃった。

 ああ、その目に余すところなく見つめられて、オレは―――


「……ぽっ」

「―――はっ!」


 突然床のジャルカが高々と跳ね、なんと空中で停止。


「ええいお前達、何を見ておるのじゃ。

 そこな変態をひっとらえて首を刎ねよ!」


 そして毛玉の身体で姫様の視線を覆い隠すと物騒なことを叫びやがった!


「なんだこの毛玉、オレは姫様の呪いを解きに来たと言ってるだろうが!」

「やかましいわい、この変態め!

 変身で服が破れるからとか言っておったが、大方この展開を狙っておったのじゃろう!」

「へ? 展開?」

「そうじゃ!」


 宙に浮いたままのジャルカは、多分オレの方を向いて、多分あごをしゃくり


「変身で服が破れちゃうからと全裸になり!

 変身してさも服を着ているように見せかけ!

 姫様の前で変身を解いて、卑猥なる(もにょもにょ)を見せ付けるなどと変態め!」


「……え?」


 ジャルカの言葉に、ふと自分自身を見下ろせば。

 一面肌色に、一部だけ黒やらなんやら。

 変身前に脱がなかった靴だけが、オレの装備している唯一の品だった。


「す、すごくなんかないんだからね!

 あんたの貧相な身体なんて、全然興味なんてないんだからね!」


 わけの分からないジャルカのツンデレを聞きながら―――



「あ、あああー!?」


 やべえ、またやっちまった!


 そうだよ、変身前に脱いだんだよ、だから変身解いたら全裸だよ! 


 姫様がじーっと見ていた下の方って、つまり、その、アレだよ!


「きゃ、きゃあー!?」


 夜の廊下に響き渡ったのは、誰あろうオレの悲鳴であった。





【スクネは『真・裸族』の称号を手に入れた!】


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ