6章
5月2日
夜。場所は神木体育館。
その中央にはプロレスのリングがあり、大観衆が盛り上がりをみせていた。
さて、なぜこんなところにいるかというと、
「さぁ!今夜の女子プロも最終戦のメイン試合が始まろうとしています!」
おい。
「実況は作者の手抜きのせいで名前まで実況になってしまった私がお送りさせていただいています!」
おい。
「何ですか?解説の作者。ってか、まともに解説出来るのですか?」
大丈夫だって。どうせまともな技名とか出てこないし、やることなんてほとんどないからな。それより、人が説明しようとしてるの妨げるなよ!
「さて、選手入場です。リングアナのリングさんよろしくお願いします」
俺の抗議など無視して話を進める実況。
「かしこまりました。では、青コーナ、選手入場」
すると、北西の入口でもの凄いスモークが焚かれると同時に「たぁぁぁぁかぁぁぁぁひぃぃぃぃめぇぇぇぇ」と見事な巻き舌のアナウンスが流れた。
直後、スモークの中から茶色の羽織を着た鷹姫が現れた。
「さぁ、現れました鷹姫。若干20歳にして新人王の座に就いたのを皮切りに、様々な古参レスラーとの激闘を繰り広げてきた新人のホープ!そして今宵、伝説のレジェンドを、最強の女王をその爪で狩り取ることが出来るのか!?」
鷹姫は歓声に答えるように手を上げながらリングインした。
「続いて赤コーナ、選手入場」
今度は南東の入口からスモークがあがり、「レッーーードファァァァイヤァーーーー」とアナウンスが流れる。
しかし、スモークが晴れても誰も出て来ない。
ありえない出来事に会場が静まり返る。
「えっと……。ただいま手元に入ってきた情報によりますと、レッドファイヤーは負傷で今日の試合は出場できないとのことです」
当然ながら会場中から大ブーイング。
それを気にすることなく実況は続きを読んだ。
「なので、代わりの選手を用意しましたので、今日はその選手と鷹姫とのエキシビションマッチを執り行いたいとおもいます」
それでも鳴り止まないブーイング。
「リングさん再度よろしくお願いします」
「では改めて赤コーナ、選手入場」
改めてスモークが焚かれた中から現れたのは、雷の模様が入った青色のマスクを被り、同じ模様と色の羽織を羽織ったマスクウーマンだった。
すると、あれだけブーイングをしていた観客達が静まり返ったかと思うと、一瞬の静寂の後に大歓声が巻き起こった。
「な、な、なんと!現れた代役はブルーサンダーだー!レッドファイヤーとコンビでデビュー!それからたった3年でコンビ、さらにはソロでも数々の伝説を作り、歴史に、そしてファンの記憶に残る様々な名勝負を見せてくれた伝説のレスラー!特に引退試合となったレッドファイヤーとの1戦は女子プロ史に残る最高の1戦としていまなお語り継がれています!あれから15年以上の時を経て、今このリングにブルーサンダーが復活!」
ブルーサンダーはリングのふちに立つと、トップロープを掴んで飛び上がり、1度トップロープに着地。直後、トップロープの反動を利用してさらに飛び上がると前宙1回転してリングに着地した。
すると、さらに観客のボルテージはあがり、歓声もさらに大きくなった。
「それではエキシビションマッチを始めたいとおもいます。まずは青コーナ。栄ジム所属。上から84・52・82。鷹姫ー!」
鷹姫が羽織を投げ捨て中央で両手を突き上げると、茶色のテープが大量に放り込まれた。
「続いて赤コーナ。無所属。上からひ・み・つ。ブルーサンダー!」
ブルーサンダーが羽織を投げ捨てると赤色のテープが大量に放り込まれた。
両陣営のセコンドが手早くテープを回収すると、両者はリングを挟んで向かい合った。
すると、先に鷹姫がリングからマイクを奪い取った。
「私はやっぱりツイてるよ。なんせ、戦いたいと望んでも戦うことの出来なかった相手とこうして戦えるんだからな。しかし、15年のブランクがあって全盛期ほど強くないってところが悔やまれるね。というわけで、無様な試合を観客に見せる前に瞬殺してやるよ、オバサン」
マイクをリングに返した鷹姫は反転すると、
「オバサン。オバサン」
と手を叩きながら観客を煽った。
すると、1人、また1人とオバサンコールを始め、オバサン大合唱が巻き起こった。
それを聞きながらブルーサンダーを見た鷹姫は親指を立てたかとおもうとすぐに下に向け、さらには首を切るジェスチャーまでした。
その行動にオバサン大合唱から一転して観客は大歓声をあげた。
すると、ブルーサンダーはリングからマイクを受けとると、頬に手を当てた。
「あらあら。まだ産毛も生え変わっていない雛鳥がピーピー鳴いているわね~。あまりにうるさいと今ここで2度と飛べなくするわよ」
ブルーサンダーはリングにマイクを返すと鷹姫を見た。鷹姫もにらみ返した。
「この試合のレフェリーはジャッジ」
すると、リングと入れ替わってジャッジがリングに上がってきた。のだが、なぜかこっちを睨んでいた。
何かな?
「俺もリングも実況も名前手抜きすぎじゃねーか?」
これ以降出てくるかどうか分からないからいいじゃんか。
「チッ!」
舌打ちしたジャッジは、2人の間に立つと軽く両者の身体チェックを行い、簡単な注意事項を言うと、実況席にいるゴング係を指差した。
「ファイト!」
カーンという音とともに始まった試合は2人のにらみ合いから始まった。
すると、鷹姫が頬を叩けとばかりに自分の頬を指差し、挑発した。
「おーと!鷹姫が挑発したー!しかし、この挑発は下手をすれば命取りだぞ!」
そうだね。ブルーサンダーは過去の試合で始めのビンタの応酬だけで相手を脳震盪にした伝説の持ち主なのだからね。
なんて言っていると、挑発を受けたブルーサンダーが軽くビンタした。
お返しに鷹姫もビンタ。
ビンタ。ビンタ。ビンタ。ビンタ。ビンタ。
そのままビンタの応酬が続くかとおもいきや、鷹姫の肘打ちが炸裂。
「ここで肘打ちだー!」
よろけたブルーサンダーの腕を掴んだ鷹姫はロープへ投げ、自分は反対側のロープへ。そして、勢いののったエルボーをブルーサンダーに食らわした。
「きょーれつ!」
しかし、すぐに起き上がったブルーサンダー。
そこへ鷹姫は前蹴りを放ったが、ブルーサンダーは1回転しながら避けて横を走り抜けると、そのままロープまで走って反動で戻ってくるとドロップキック。
「こちらも強烈なドロップキック!」
それから10分ほど技の応酬が続き、
『作者が横着しだした!』
観客達がうるさいがほっておいて先に進もう。
ブルーサンダーはコーナに鷹姫を張り付けると距離をとり、両手を真上で叩き始めた。
それに合わせて観客も手拍子を始めた。
「これはもしかして、ブルーサンダーの必殺技、サンダーキャノンか!?」
説明しよう。サンダーキャノンとは、相手をコーナに張り付け、側転からのバク転で勢いをつけながら近づき左足1本のドロップキックをまず胸辺りに食らわす。
普通ならそれでマットへ落ちるのだが、ブルーサンダーはそこから左膝を曲げつつ上半身を起こすことにより相手の肩に右足を乗せ、さらに飛び上がって後方に270度回転して膝を相手の頭部に落とすという人間離れした必殺技である。
会場全体が手拍子で包まれた中でブルーサンダーは側転を開始。そのままバク転を2度からの左足1本のドロップキック。
そこから左膝を曲げながら上半身を起こして右足を肩に。すぐに飛び上がるとバク宙270度回転はするのだが、そこにヒネリが入った。
「なんと!」
予想外の展開に声を上げる実況にざわめく観客。
それをよそにブルーサンダーの技は続き、ヒネリが入ったことにより攻撃は膝から踵に、狙いは頭から両肩に変わり踵落としが鷹姫の両肩に打ち込まれた。
その衝撃で少し膝を折る鷹姫。だが、まだブルーサンダーの技は終わっておらず、両足で鷹姫の顔を挟むとのけ反る形で両手をマットにつくと鷹姫を投げ飛ばした。
「なななんと!サンダーキャノンを進化させてきたー!」
観客も総立ちで盛り上がっており、ブルーサンダーは両手を突き上げた。
「えっと。ただいま手元に入ってきた情報によりますと、先ほどの技は風雷砲という技だそうです」
なるほど。最後の投げが風。踵落としが雷。最初のドロップキックが砲ってわけか。
「珍しくまともな解説を作者が行っている!」
うるさいな。それより、多分風雷砲は投げが入ってコンボは増えたけど、攻撃は頭への膝蹴りから肩への踵落としに変わってる分、サンダーキャノンよりかは威力は落ちてるだろうから、トドメの必殺技じゃなくて途中の見せ技って言った方が正しいかもね。
「……………………」
どうした?
『この作者偽者だー!』
実況も含めた会場全体からの総ツッコミがやってきた。
偽者じゃないって。俺だってやる時はやるさ。
疑いの眼差しが全方位から突き刺さってくるがとりあえず放置して話を進めてくれよ。
「そ、そうだな。しかし、やっぱり昔に比べればブルーサンダーは大人しくなったな~」
そうなの?
「あぁ。あれは………」
▼ ▼ ▼
「ブルーサンダーの前蹴りが作者を捉えた!」
ぐっ!
俺はお腹をおさえた。
「さらに回し蹴りが作者の頭を捉えた!」
蹴りを食らって俺はマット倒れた。さらにそこへエルボーが降ってきた。
グフッ!
「おっと、ここで彩菜が作者をコーナーに張り付けた!これは必殺技のサンダーキャノンだー!」
ブルーサンダーはドロップキックに踵落としを作者にくらわし、背中からマットに落ちて受け身をとった。そこから後ろに転がったブルーサンダーは、コーナーで座り込んでいる作者にさらに低空ドロップキックをくらわした。
立ち上がったブルーサンダーは、いまだに立ち上がってこない作者の腕をとって立ち上がらせると、リング中央へ押し出しながら自分はコーナーへ走り、ロープを使うのではなくコーナーを文字通り駆け上がって後ろに飛び、リング中央に転がっている作者の上にお腹から落ちた。
▼ ▼ ▼
って、何だ!さっきの回想!ってか回想でよかったけど!
「あれが昔のブルーサンダーのやり方だよ」
凄い一方的なやり方だね……。
なんて戸惑っていると、俺の予想通りに鷹姫は両手をマットについて起き上がってきた。
ブルーサンダーはその髪を掴んで顔を上げさせた次の瞬間、鷹姫は隙だらけだった腹を殴った。
さらにバク転をしながらブルーサンダーの顎を蹴りあげて立ち上がると、前宙からの踵落としを脳天に叩き込んでダウンさせた。
「強烈な1撃にたまらずブルーサンダーダウン!」
すると鷹姫はすぐにブルーサンダーの首を絞めながらのけ反らせると、マスクに手をかけた。
「これはブルーサンダーピンチだー!このままではマスクを剥がされ素顔公開になってしまうぞー!」
それを期待している観客達は『やーれー!やーれー!』と囃し立てながらヒートアップしている。
それに答えるように鷹姫はブルーサンダーのマスクを口元辺りまで脱がした。
次の瞬間、フード付きの黒いマントで全身を覆い隠した謎の乱入者が現れ、鷹姫を蹴り飛ばした。
当然会場全体からブーイングが起きた。
そんな中、助けられたブルーサンダーはコーナに戻るとリングから降りた。
それを確認した乱入者は鷹姫と向き合った。
「テメーは一体何者なんだよ!」
「ホントにこの乱入者は誰なのでしょうか!?」
当然の疑問。それに答えるかのごとく乱入者はマントを脱ぎ捨てた。
「現れたのは……………………」
『………………………』
………………………。
会場全体に静寂の間が訪れた。
それを作り出したのは当然乱入者で、マントを脱いだその姿は額に白のハートマークが付いたピンク色の覆面を被り、コスチュームは女性用で胸も不自然ながらも一様膨らんではいるのだが、同時に股間部分の膨らみもあり、脚には毛がボーボーに生えていた。
「なんと!乱入者は変態だー!」
いち早く復活した実況の言葉に乱入者の変態は体の前で大きなXを作った。
「変態ではないと?」
頷いた変態は右手を後頭部、左手を腰にあて時代遅れのグラビアポーズを決めた。
『ブー!』
実況席がある北側の観客から大ブーイング。
それにめげずに変態は東側の客席へグラビアポーズ→大ブーイング→南側の客席へグラビアポーズ→大ブーイング→西側の客席へグラビアポーズ→大ブーイング。
最後に会場全体からの大ブーイングに、変態は膝を抱えて座り込み、マットにのの字を書いていじけだした。
「えっと、今入ったブルーサンダー側のセコンドからの情報では、この乱入者はブルーサンダーの仲間の男の娘と書いて男の娘だそうです」
するとブーイングが止み、全員がいじけている変態、もとい男の娘を見た。
「どう見ても男の娘じゃなくてオヤジっ娘だろ」
そうだ!それでいこう!乱入者の名前決定!オヤジっ娘!
すると、鷹姫がオヤジっ娘に近づいた。
「おい」
オヤジっ娘は鷹姫を見上げた。
「よくも邪魔してくれたな!」
オヤジっ娘の顔面めがけて蹴りを放つも、オヤジっ娘は避けながら立ち上がると、握った両手を右左と順番に頭に当てて怒りを表した。
「こっちのほうがキレてんだよ!」
鷹姫のビンタが炸裂。
そうなるとオヤジっ娘もビンタを返し、ビンタ合戦が始まった。
互いに10発ずつビンタしあったところで鷹姫がオヤジっ娘の胸へチョップした。
次の瞬間、パン!と大きな音が会場中に響いた。
「なんだ!?さっきの音!?」
誰もが状況をのみ込めずにいると、オヤジっ娘がマットの上をゴロゴロと転がっていた。
よく見ると、オヤジっ娘の胸が無くなっていた。
なるほど。あのオヤジっ娘の胸は風船だったんだな。だから割れたんだな。
さっきの音の理由がわかった上でリングに目を戻すと、オヤジっ娘の背中に鷹姫が座り、足首を脇に挟んで持ち上げることでオヤジっ娘をエビ反りにしていた。
「おい!」
そのままの状態から鷹姫はセコンドに呼び掛けた。
すると、セコンドが手にガムテープを持ってリングに上がってきたかと思うと、オヤジっ娘の脚にガムテープをベタベタに貼りまわり、一気に剥がした。
オヤジっ娘はマットをバンバンと叩いた。
「痛い!痛い!あれは痛い!一気にあれだけ無駄毛処理をされたら絶対痛い!」
すると、オヤジっ娘の足を離した鷹姫は残った太ももなどの場所にガムテープを貼って残りの無駄毛処理を行った。
それから立ち上がった鷹姫はオヤジっ娘の背中を踏みつけ、両手を突き上げた。
直後、戻ってきたブルーサンダーが鷹姫を蹴り飛ばした。
「ブルーサンダーが帰って来た~!」
会場に歓声が巻き起こる中、ブルーサンダーはオヤジっ娘の肩を叩いて赤コーナを指差した。そこでは、ブルーサンダーのセコンドが風船の付いたホースを2本用意して手招きしていた。
「あれは?」
胸を作り直すってことじゃないかな。
「確かに。今のままではオヤジっ娘ではなくただの変態だ!」
しかし、オヤジっ娘もとい変態は首と手をブンブン振って拒否していた。
「なぜ拒否をする!今のままではただの変態のままだぞ!」
それでも拒否する変態。すると、
「どきな」
鷹姫がブルーサンダーを押し退けて変態を赤コーナへ連れていき、コーナに張り付けると胸元から風船を突っ込んだ。
いやいやと変態が首を振るなか、風船が膨らみ始めた。
「これでようやく変態がオヤジっ娘に戻りますね」
そうだね~。
と思いつつ見ていると、風船は最初に詰め込んできた大きさより大きくなったにもかかわらずまだ止まらない。
「えっと……。大丈夫なんでしょうか?」
流石に戸惑う実況。それをよそに風船はどんどん膨らんでいき、コスチュームがはち切れそうになるまで膨らんだところでようやく止まった。
「さてと」
オヤジっ娘から距離をとった鷹姫は腕をぐるぐる回すと、
「いくぞー!」
鷹姫の声に会場のボルテージが上がる中、鷹姫はオヤジっ娘の胸へおもいっきりラリアットを食らわした。
ドガン!
先ほどとは比べ物にならない爆発音に全員が耳を塞いだ。
そんな中、まともに爆発を食らったオヤジっ娘はコスチュームの胸の辺りが破けた状態でマットの上を転がり回っていた。同じく爆発を食らった鷹姫は右手を押さえながらしゃがみこんでいた。
そこへブルーサンダーがやって来て鷹姫の髪を掴んで立ち上がらせると、首元と股下に腕を入れて持ち上げた。そしてマットを転がり回っているオヤジっ娘の腹めがけて落とした。
「!!」
くの字に起き上がって戻り、ピクリとも動かなくなったオヤジっ娘ごとブルーサンダーは鷹姫をホールドした。
すかさずジャッジのカウントが入る。
「ワン!ツー!スリー!」
カンカンカン!とゴングが鳴り、ブルーサンダーが立ち上がった。
「仲間のオヤジっ娘ごとホールドしたブルーサンダーの1人勝ちだー!」
容赦ないね~。
「というかオヤジっ娘は生きているのか!?」
そんな心配をよそにブルーサンダーは鷹姫に手を貸して起き上がらせるとその頭を撫でた。
予想外のことに呆然とブルーサンダーを見上げる鷹姫。すると、ブルーサンダーはオヤジっ娘の足元に後ろ向きに座るとその足首を掴んで立ち上がり、引きずりながら赤コーナへ行って先にリングを降りた。
残されたオヤジっ娘はというと、セコンドが2人でロープ下から引きずりだすと、1人が肩の上にオヤジっ娘を仰向けになるように担ぎ、首と股下を持った。
それを見てブルーサンダーはセコンドを連れて会場から出ていった。