4章
5月1日
夕食が終わり、テレビの前では喜洋・秀和・泰弘の3人がゲームに熱中し、テーブルでは彩菜・夕凪・徹平の3人がお茶を飲んでいるというほのぼのした一家団欒の風景。
すると夕凪が、
「そういえばお母さん」
「何?」
「今日学校で友達から恋愛相談されたんだけど」
直後、大きな音をたてて喜洋が立ち上がり、恐い顔をしながら夕凪を見た。
「お父……さん?」
なぜ喜洋がそんな恐い顔をするのか分からず、夕凪は戸惑いぎみに呼び掛けた。すると、喜洋から返ってきた答えは、
「お前に告白したのはどこのどいつだ!」
「えっと…」
さらに戸惑いつつ夕凪は彩菜を見た。
「もしかして、私の『恋愛』って 言葉を聞いてああなったの?」
夕凪はもう1度喜洋を見ると、喜洋は夕凪を睨み付けていたので視線を彩菜に戻した。
「そうでしょうね。昔っからああなのよね~。困ったもんだわ~」
たいして困った様子もなく頬に手をあて喜洋を見る彩菜。
「どうしたら……」
夕凪は困り果てていると、
「そうね~」
彩菜は視線を1度北の壁に向けてから夕凪を見た。
「その相談は◯◯君にお願いして」
「わかった」
夕凪が立ち上がり、リビングを出ようとしたが、
「待つんだ」
当然ながら前に立ちはだかる喜洋。
「待つのはあなたよ」
その言葉と同時に横手から飛んできた彩菜が喜洋にドロップキックをかましてぶっ飛ばした。
「夕凪。行きなさい」
「うん」
夕凪が出ていくと彩菜は喜洋を見た。
「彩菜。どけ」
少し殺気だっている喜洋。
「あなた。落ち着いて」
「落ち着いてるさ」
「全く落ち着いてないわよ」
まったくだ。早とちりしたうえに人の話を聞かないなんて。
「困ったものよね」
彩菜は頬に手をあてた。
と言いつつも、やっぱり困っているようには見えないんだけど。
「そこは、付き合いの長さからくる余裕かしら」
ほうほう。さすがに付き合い始めてから今まで25年一緒にいると余裕が出てくるんだ。
「フフフ」
意味深な笑みを返してきた彩菜。
「そこをどけー!」
イライラが限界に達したのか、叫びながらおもいっきり飛びかかってきた喜洋をさらりと受け流して逆サイドに放り投げる。
「秀和、徹平、泰弘。2階に行ってなさい。危ないから」
彩菜の言葉を受けて秀和と泰弘はゲームを片付けだし、徹平はコップを片付け始めた。
確かに危ないよね~。家の中で戦闘なんて。あっ!
「どうしたの?作者」
ちょっとタイム!
▼ ▼ ▼
えっと…。確か、ここら辺に…。
"何を探しているのですか?"
あぁ、AN。えっと……。あったあった。
俺はゲーム機を取り出した。
"それってゲーム機ですよね。どうするんですか?"
ゲーム機なんだからテレビに繋げるんだよ。
というわけで、俺はゲーム機のセッティングを開始。それが終わると、
ソフトは…。え~と、どこいったっけ…。おっ、あった。
"作者。少しは片付けをした方がいいのでは?"
確かに部屋の中は散らかり放題だ。しかし、
また後でね。今は。
俺はクロスストーリーというタイトルのソフトをゲーム機に差し込みスイッチを入れた。
まず画面にはクロスストーリーとタイトルロゴが現れ、続いてストーリーと対戦が表示された。
対戦を選択と。
次は1vs1・1vsCOM・観戦の表示。
これは観戦っと。
キャラ選択画面に入ったので迷わず彩菜と喜洋を選択。
続いてのステージ選択では美部家リビングを選択でOK。
すると、画面には美部家リビングが映し出された。そして、
▼ ▼ ▼
「作者。これどういうことかしら?」
画面内のリビングに降り立った彩菜は画面のこちら側にいる俺を見てきた。
2人をゲームの中に招待したんだよ。
彩菜から少し離れたところに遅れて喜洋が降り立った。
「招待ね~。こんなことして何か意味はあるのかしら?」
頬に手を当てながら彩菜は目を細めた。
そこはゲームの中。つまりいくら暴れても物はなに1つ壊れないってわけ。意味あるでしょ。
彩菜は納得したように頷いた。
「確かに。作者にしてはいい配慮じゃない」
そう言った彩菜の手の中にフライパンが2個出現。同時に喜洋の腕にも指先から肘までを覆う手甲が出現。
その手甲の具合を確かめるように手を開いて閉じた喜洋は、彩菜を指差した。
「彩菜。怪我しないうちにどけ」
そんな喜洋の言葉に彩菜はクスクス笑っていた。
「あら。そういう言葉は1度でも私に勝ってから言ってもらえるかしら」
両者の間でバチバチと火花が散る中、画面上部に2人のライフゲージが表示され、アナウンスとともに2人の間に「READY」の表示が現れた。
すると、喜洋は姿勢を低くして戦闘態勢に入った。対する彩菜はフライパンをクルクル回しているだけ。
「FIGHT!」
直後、速攻を仕掛けた喜洋は拳を放った。
しかし、そんな分かりきった攻撃を彩菜がくらうわけもなく、左のフライパンで軽く受け流すと、右のフライパンで頭を狙ったが、この攻撃は喜洋がしゃがんで避けた。
避けられることを予想していた彩菜はフライパンを振り抜いた勢いそのままに1回転して回し蹴りを放つ。
回し蹴りを喜洋はガードしたが、そんなのお構い無しとばかりに彩菜は蹴りを振り抜いて喜洋をぶっ飛ばした。
ふっ飛びソファーにぶつかった喜洋のライフゲージが少しけずれた。
その痛みなど気にすることなくすぐに起き上がった喜洋はソファーを飛び越えて彩菜の追撃を避けると、さらにテーブルを飛び越え向かいのソファーに着地。
すると彩菜もソファーに乗り、テーブルを挟んで喜洋と向かい合った。
一瞬の間の後、2人同時に飛び出した。
拳・フライパンさらには蹴りまでまじえた凄まじい、どころか人間じゃありえない10秒にもわたる空中戦。
その中で互いに10発ずつの攻撃も放つも相手に1撃も入れることが出来ずに反動で互いに後ろに飛ばされ、またソファーに着地した。
「少しは腕をあげたみたいね、あなた」
「少しじゃなくてかなりだ。そしてお前より強くなったぞ」
会話の直後、先に飛んだのは彩菜だった。
彩菜は右のフライパンで殴りかかるも、喜洋は左腕で余裕でガードした。が、その余裕が裏目に出た。
彩菜は左のフライパンで右のフライパンを打つことで大音量の音をうち鳴らし、喜洋は顔をしかめた。
次の瞬間、喜洋の隣に着地した彩菜は前蹴りで喜洋をぶっ飛ばす。
この戦いが始まって初めて入ったマトモな1撃。しかし、それでも喜洋のライフゲージはほとんどけずれていない。
「そんなんでよく私より強くなったって言えるわね」
空中で体勢を整えながら床に指を立ててブレーキをかけ、窓際ギリギリでなんとか止まった喜洋。
「オォォォォォ!」
吠えた喜洋を見て彩菜はニヤリと微笑んだ。
「もう負け犬の遠吠えかしら」
彩菜はソファーを下りると構えをとって喜洋の行動を待った。
「今日こそ俺はお前を越える!」
叫んだ喜洋は一瞬で間合いを詰めて右ストレート。
その拳を左のフライパンで上へ打ち上げながら、顎へ向けて下から右のフライパンを振り上げる彩菜。
喜洋は体勢を崩しつつものけ反ってなんとか避けた。
そこへさらに1歩踏み込んだ彩菜は左のフライパンを振りおろす。
咄嗟の判断で顎を引き、フライパンを額で受けてダメージを軽減するも、片膝をついてしまう喜洋。
「やっぱりまだまだね」
彩菜は蹴りあげようとしたが、これはクロスした両腕でガードされたので、隙だらけの後頭部を殴り付けてさらにわき腹を蹴った。
次の瞬間、痛みに耐えた喜洋は立ち上がりながら拳を振り上げた。
「あらあら」
1歩下がって避けた彩菜をさらに追撃した喜洋は、左・右とワンツーを放った。
「しぶといわね~」
追撃も簡単に避けた彩菜は1回転すると両のフライパンをわき腹に打ち込み、喜洋をぶっ飛ばした。
床を転げ回って止まった喜洋。
それでもライフゲージはまだ半分以上残っているので当然ながら起き上がってきた。
しかし、起き上がった喜洋の様子がおかしい。
完全に立ち上がろうとせずに両手をついたまま「グルル」と唸っている。
「あらあら。とうとう獣にまで堕ちてしまったのね」
彩菜の言葉通り、今の喜洋は完全に獣だった。
すると、喜洋は今までより素早い動きで彩菜に迫り、高速の連撃を放つ。その攻撃も先ほどより速い。
「でも、獣だから思考は単純ね」
言葉通り彩菜は先ほどより楽に避けていた。
「とはいえ、そろそろ終わらせましょうか」
喜洋から距離をとった彩菜は両手のフライパンを逆手に持ちかえた。
「ガルル!」
警戒するように唸る喜洋。それを見た彩菜は、
「カモン」
挑発するように人差し指をちょいちょいと動かした。
「ガァ!」
挑発にのって襲ってきた喜洋。
彩菜はタイミングを狙ってまず右のフライパンで頬に1撃。そこからさらに左・右・左と往復ビンタを開始。
そのまま30秒、左右合計120発のフライパンビンタを食らわし、最後の1発で喜洋をぶっ飛ばした。
ぶっ飛んだ喜洋はソファーに墜落。
直後、空中に『KO』と『彩菜WIN!』さらには『PERFTEC』の表示が現れた。
そういえば、彩菜のライフゲージは1mmも削られていない。つまり、1発も喜洋の攻撃を食らってないと。
しかし、今回の戦闘で思ったが、やっぱりこの家族化け物だー!
「それはここがゲームの中だからじゃないの?」
いやいや。確かにゲームの中に招待したとはいえ、2人の基本スペックや重力なんかの基本的なことはなに1ついじってないから。だから、10秒間も空中戦するなんて無理なんだよ。
「そうなの。それより終わったんだし帰してもらえないかしら」
平然と言う彩菜に俺は冷や汗をかきながら頷いた。
そうだね。
▼ ▼ ▼
俺はゲームの電源を切った。
さて。部屋の片付けでもするか。
"どうやったらここまで汚くできるのですか?"
どうやって、と聞かれたら、普通に生活してたらこうなったと言うしかないね。
"なるほど。ただ単純に作者がだらしないってことですね"
なんでそうなる。
"それはそうと、早く小説の続き書いたほうがいいのではないですか?"
へっ?なんで?
"原稿からただならぬ殺気が漏れ始めていますけど"
ANの言葉に原稿を見ると、確かに原稿から殺気が見えてきた。
ヤバイな~。
▼ ▼ ▼
というわけで、戻ってきた美部家リビング。彩菜はテーブルでお茶を飲んでいて、喜洋はいまだにソファーに墜落したまま固まっていた。
「ねぇ作者」
俺を見てきた彩菜の笑顔が怖い。
が、勇気を振り絞って、なんですか?
「私達を放置するなんて酷いと思わない?」
そこはね~。お互い様って言いたくなるんだけれど。
「そう」
そう呟き、お茶を1口飲んだ彩菜は喜洋を見た。
何も言われないのはそれはそれで違和感バリバリだから怖いな……。
すると、彩菜はメールを誰かに送った。それから少しして秀和達が2階から降りてきた。
「終わったの?」
「えぇ」
彩菜が秀和達に微笑みかけていると、夕凪も帰って来た。
「ただいま」
「おかえりなさい。ゆっくり相談できた?」
「うん。とりあえずはね。それより、お父さんとの勝負は大丈夫だった?」
心配そうに夕凪が見てきたので、彩菜はソファーを指差した。夕凪がソファーを見ると、ソファーからは喜洋の足だけが見えていた。
「と、いうわけだから、完勝したわよ」
見事というより、恐ろしすぎるぐらいの強さで完勝したね。
「こんなか弱い主婦相手に恐ろしいとはいただけないわね」
か弱い?どこが?
「どこが?」
笑顔、怖い、彩菜。………。
というわけで、彩菜は夕凪に視線を戻した。
「勝手に私の行動決めないでほしいわね」
俺を見てきた彩菜はまた夕凪に視線を戻した。
「だから」
彩菜の視線を夕凪に固定と。
すると、彩菜はため息を吐いて諦めてくれた。
「秀和。お風呂見てきてくれる?」
「わかった」
秀和がリビングを出て数秒後、
「なんで父さんが先に入ってんだよ!」
「フハハ!1番風呂は誰にも渡さん!」
なんて叫び声が聞こえてきたので、ソファーの方を見ると、いつの間にか喜洋の足が無くなっていた。
「いつの間に?」
夕凪が驚くのも無理はない。なんせ、ホントにいつの間にというぐらい誰にも気づかれずに喜洋は消えていたのだから。
お風呂場からさらに聞こえてくる騒ぎ声を聞きながら、彩菜はお茶を飲んだ。