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クロスストーリー  作者: 月龍月
3/8

2章

4月30日


 場所は三陽株式会社。ここの第2営業部が喜洋が働いている職場だ。

 そして、当然ながら今日も朝から喜洋は出勤したわけで、

「おはようございます、課長」

 職場に入った喜洋は早速課長である(さかき) 弘忠(ひろただ)に挨拶をした。

「おはよう、喜洋。札の風呂に浸かるために頑張って働けよ」

「はい」

 頷いた喜洋は固まった。そして弘忠を見た。

「なんで課長が昨日の俺の夢を知っているんですか!?」

「みんな知ってることよ」

 同期の安良田(あらた) (らん)がやって来た。

「そういうことだ」

 弘忠は頷いた。

「だからなんでですか!って」

 喜洋の視線が俺に向いた。

「原因はお前しか考えられないよな」

「残念。原因は綾菜よ」

 藍がネタバラシしてくれたおかげで俺への疑いがさっさとはれたことにホッとしていると、喜洋が吠えた。

「綾菜ー!」

 吠えたところで綾菜に届くはずもないし、意味ないぞ。

「うるせー!」

 俺に向かってまで吠えてくる喜洋。無駄に八つ当たりしないでほしいよ。

「いいじゃないですか、喜洋先輩。はい、コーヒー飲んで落ち着いて下さい」

 そう言いながらコーヒーを持って来たのは入社三年目の館都(たちつ) (あい)。その後に続いて喜洋や藍の10年後輩の中田(なかた) 信晴(のぶはる)もやって来た。

「おはようございます、喜洋先輩」

「おはよう、信晴係長」

 喜洋の返事に信晴はため息を吐いた。

「喜洋先輩。ここでは係長で呼ばないでくださいっていつも言ってるじゃないですか!」

「でも事実なんだから仕方ないじゃない、信晴係長」

 藍の言葉に信晴はまたため息を吐いた。

「藍先輩まで。そもそも僕が係長をする羽目になったのも、二人が係長職につくのを嫌がったからじゃないですか!」

「だって、係長なんかになったら仕事増えるし」

 喜洋がめんどくさそうに言うと、藍も続いた。

「上との付き合いしないといけないし」

『めんどくせー(さい)じゃん?』

 見事に息のあった台詞。

「じゃん?じゃないですよ!」

 大きくため息を吐いた信晴。隣では逢が笑っていた。

「そういえば、博司(ひろし)は?」

 喜洋は信晴の二年後輩の澤森(さわもり) 博司の姿を探した。

「博司なら向こうのトレーニングルームで新作のトレーニング器具の組み立てをしてます」

 すると、全員がトレーニングルームの方を見た。

「しかし、時間かかりすぎじゃないか?信晴、様子見てこい」

 弘忠の言葉に信晴はトレーニングルームへと入った。

「博司。まだ組上がらないのか?」

 信晴の声に反応した博司が振り返った。

「あ~、係長。最後のパーツを付けたら終わりなんですけど、ナットが一個足らないんですよ」

 博司はのほほんと、どこかポケーとした様子で答えた。

 そんな博司の言葉にため息を吐いた信晴は博司の元へ。

「見せてみな」

 信晴は博司に変わってトレーニング器具のチェックを行った。そして、1つの事実に気づいてガックリとした

「なぁ博司。ここ。なんでダブルナットしてるんだよ!」

「あ、れ?」

 博司の反応に頭に手を当てながらため息を吐く信晴。その横で何事もなかったように組み立ての続きを始めた博司。

「出来ました」

 それを聞いて信晴はトレーニングルームから顔を出した。

「課長。組み立て終わりましたので試しお願いします」

 すると、全員が顔を背けた。

「博司にやらせておけ」

「ハハハ。わかりました。と、いうわけだから博司。試せ」

「わかりました」

 博司はトレーニング器具に座り、足首に引っ掛けた棒の上げ下げを始めた。それから数回やった時、トレーニング器具がまん中からバッキリと折れ、博司はのけ反るかたちで頭を打った。

「あれ~?」

 頭を打ったにも関わらずに痛そうな素振りも見せずに首を傾げる博司。

「はぁ」

 今日何度目かのため息を吐いた信晴は、博司を助けることなくトレーニングルームを出た。

「さて、本日の業務を始めるか」

 誰も博司を助けにいくことも心配することもなく業務が始まった。

「そういえば、今日新人が来るんですよね?」

 信晴の問いに弘忠は思い出したように頷いた。

「そうだったな」

 そのタイミングを狙ったかのように扉がノックされた。

「ハイハイ」

 逢が扉を開けるとそこには段ボールを持ったゴツい体格の青年がいた。

※この青年はプロローグに登場した青年とは別人物です。

「おい。作者。そんな注意書き加えるぐらいならさっさとプロローグに登場した青年登場させろ」

 喜洋。話の流れがあるんだから無理だ。

 と、いうわけで今は目の前の青年に話を戻そう。

 青年は入ってくると一礼した。

「本日からこの第2営業部でお世話になります、金森(かなもり) 大亮(だいすけ)です。よろしくお願いします」

 また深々と礼をする大亮。すると弘忠と信晴が大亮の前へ。

「よろしく、金森。私が課長の榊 弘忠だ」

「係長の中田 信晴です」

「お願いします!」

 自己紹介を終えると弘忠はみんなを見渡した。それに反応して全員が立ち上がった。

「奥の席から美部 喜洋。安良田 藍。この2人はここの古参だからわからないことがあればどんどん聞くといい」

 喜洋は親指を立て、藍は笑顔で手を振った。

「で、手前の彼女が館都 逢」

 逢は一礼した。

「あと、奥のトレーニングルームで横たわっている澤森 博司をいれた6人が第2営業部の面々だ」

「よろしくお願いします」

 改めて一礼した大亮。

「ところで、部長はどちらにいらっしゃるのですか?」

 大亮の視線が部長席に向いた。信晴も部長席を見て頬を掻いた。

「あー。部長は基本外回りの営業に行っているからここにいることはほとんどいないよ。で、ここが金森の席ね」

 信晴は逢の隣の席を叩いた。

「はい」

 大亮は席につくと持ってきた荷物の片付けを始めた。

 その片付けが一段落するのを見て、

「喜洋。金森連れて外回り行ってこい。部長に会えればそこで新人紹介しとけ」

「わかりました。行くぞ、金森」

「はい!」

 2人が立ち上がり、部署を出ていこうとした時、トレーニングルームからようやく博司が戻ってきた。

 そんな博司に一礼して挨拶しようとした大亮の襟首を喜洋が引っ張った。

「早く行くぞ」

「は、はい」

 2人が出ていったあとを見てから、博司はみんなを見た。

「さっきの人は?」

「新人だ」

「はぁ」

 博司はまた2人が出ていったあとを見た。


        ▼  ▼  ▼


 会社を出て2人で歩く中、大亮は喜洋を見た。

「美部先輩。これからどこに行くんですか?」

「その前に、これからお前のことは名前の大亮で呼ぶから俺のことも名前で呼べ」

 予想外の返事に大亮は固まり立ち止まった。それにあわせるようにして喜洋も立ち止まる。そんな喜洋を見て、

「えっと…喜洋先輩?」

 戸惑いつつも喜洋を名前で呼んだ大亮。

「そう。それでいい」

 喜洋は笑顔で頷くと歩き出した。大亮も歩き出す。

「さっき見ての通り、うちの第2営業部は少数だ。だからこそ、最低限の礼儀をわきまえつつ和気あいあいとやる。それがうちのやり方だ。わかったか?」

「………はい」

 戸惑いつつも頷いた大亮。

「最初は戸惑うだろうがすぐに慣れるさ」

 大亮の肩を叩く喜洋。ポカンとしていた大亮に喜洋は微笑んだ。

 しかし、喜洋が先輩ぽいことを言うなんて、なんか違和感があるな~。

「うるせーよ、作者。それにぽいって言うな」

 イテッ!

 喜洋は俺の頭を殴ってきた。

 登場人物が作者殴るなよ。

「うるせー」

 まだ殴りかかってきたので避けた。すると、舌打ちをした喜洋は大亮を見た。

「今日行く場所は聖栄(せきえい)ジムだ」

「聖栄ジムっていったらボクシングの62kg級の日本チャンピオンがいるところですよね?」

「そうだ。って作者!」

 はい?何?

「体重別の階級の呼び名ぐらい調べろよ!ってか、体重別の階級で62kgなんてあるのか?」

 さぁ。

「さぁって」

 喜洋は呆れていた。

 いいんだよ。ここでは俺が言ったことが正しいことなんだから。

「とんだ悪王で駄王だ」

 誰が悪王で駄王だ。でもさ、体重別の階級の呼び名とか書いたところで分かる人って少数じゃん。だったら分かりやすい書き方で書いた方が読者にも伝わりやすいじゃん。

「無駄に正論言ってきやがって」

 チッと舌打ちする喜洋。

 ふふん。俺相手に口論で勝とうなど甘いわ!ゲフッ!

 イライラしていた喜洋は容赦なく俺を殴ってきた。

 口論で勝てないからってすぐ暴力に走るなんて、さすが美部家の人間。おっと。

 喜洋がまた拳を振り上げたので俺は距離を取った。

 そうこうしているうちに聖栄ジムに到着。

「おはようございます」

 喜洋はかって知ったるといった感じで聖栄ジムに入っていった。すると、当然ながらジム内にいる人達の注目が喜洋に集まった。

 って、今喜洋を見た瞬間、ほぼ全員の目が光ったような気がしたけど……。まぁいいか。

 なんて思っていると、

「お前ら!手を止めるな!」

 男性の一喝で喜洋を見ていた人達はトレーニングを再開した。

「久しぶりじゃないか、喜洋」

 一喝した男性、聖栄ジムのオーナー兼トレーナーの聖栄 彰造(しょうぞう)は喜洋の元へやって来たかとおもうと、いきなり喜洋に殴りかかった。

「えっ?」

 と戸惑う大亮をよそに喜洋は彰造の拳を見事にかわし、反撃の拳を打ち出す。

 それから数秒の攻防ののち、互いの顔すれすれで拳を寸止めしあった2人はニヤリと笑った。

「腕は落ちてないようだな」

「彰造さんも相変わらずのようで」

 そう言って2人は拳をぶつけあった。そこで大亮はハッとした。

「って!取引相手と殴り合うって何してるんですか!先輩!」

「殴り合ったんじゃなくて挨拶しただけだ。いつものことだから心配するな」

「いつものことって」

 呆然としてしまう大亮。

「それに、俺達第2営業部が回る営業先はこういった場所ばかりだから、こんな挨拶日常茶飯事だぞ」

「それに、今日はまだ俺がジム内にいたからまだマシなほうだよな」

 2人は顔を見合わせると苦笑しあった。

「確かに。彰造さんが奥の事務所にいる時なんて、事務所行くまでにここにいるほぼ全員と挨拶変わりに拳を交えなきゃいけないからな」

 なるほど。だから喜洋を見た瞬間目が光ったのか。ってか、今も隙をうかがっている人がたくさんいるみたいだけど。

「そんな人に今日お薦めするのはこの商品」

 そう言いながら俺の肩を掴む喜洋。

 いきなりなんだよ。しかも、俺は商品じゃないんだが。

 そんな俺の言葉を無視して喜洋は続けた。

「名前は作者バッグ」

 サンドバッグをもじったつもりか親父め。イタッ!

「見ての通り殴った感覚や反応は人間そっくり」

 人間だっグフッ!

「何度殴っても壊れない頑丈さを兼ね備えたこの商品」

 だガハッ!

「今ならお試し期間で殴り放題」

 すると、さすがボクサーと言いたくなる軽いフットワークで回りを囲まれた俺。

 えっと………。みなさん?

「ではお試しください」

 次の瞬間俺に降り注ぐ拳ってい………………………………。

…………………………。

………………。

……。


        ▼  ▼  ▼


"作者が執筆不能状態になりましたので、ここからは私、オートナレーターのAN(アン)がお送りいたします。皆さん、よろしくお願いいたします"

『よろしく』

"以降、作者が執筆不能になった場合は"AN"と表示されますので、その際は私が執筆していると思ってくださいませ。では、場面を戻させていただきます"


        ▼  ▼  ▼


 作者を殴ってスッキリされた皆さんはまたトレーニングに戻りました。

「さて、喜洋。そっちの若いのはもしかして?」

「うちの新人の」

 喜洋の目線をうけまして、大亮は彰造に一礼しました。

「金森 大亮です。よろしくお願いします」

「よろしく。しかし、いいタイミングで来たな」

「どういうことですか?」

 喜洋が首を傾げていると、彰造は奥を指指しました。

 彰造が指を指された先には、1人の男性が黙々とサンドバッグを叩いていました。

 その男性の姿を見た喜洋は「あ~」という声をあげました。

「確かに、いいタイミングですね」

 そう言った喜洋は男性の元へと向かいました。

「おはようございます。部長」

 喜洋から「部長」と呼ばれた男性は、振り返り、喜洋の顔を見ると手を上げました。

「おはよう、喜洋」

「えっ?先輩。こちらの方が」

 大亮は慌てて喜洋の元へ駆け寄った。

「あぁ、うちの部長の鷹峯(たかかみね) 陽毅(はるき)部長だ。部長。こいつ今日からうちに配属させた新人です」

「はじめまして。今日から第2営業部に配属になった金森 大亮です。よろしくお願いします」

「おぉ。よろしく」

 陽毅は大亮の肩を叩かれました。

「しかし、いい体格してるな。何かスポーツやってたのか?」

「アメフトをやってました」

「なるほどな」

 頷きながら陽毅は大亮に向けて脱いだグローブを放り投げ、大亮はグローブを受けとりました。

「第2営業部が特殊な営業部だってことは聞いているな」

「はい」

「理由は…まぁここに入ってきた時に何となくわかったと思うが」

 陽毅は大亮の表情を見ると、大亮は苦笑していました。

「第2営業部の営業先は格闘技関係が多いうえに拳を合わせることもある」

 そう言いながら、陽毅はミットを手に装着され、リングに上がられました。

「だから、色んな格闘技に精通していることにこしたことはない。と、いうわけでトレーニングつけてやるからグローブつけて上がってこい」

 しかし、大亮は戸惑われていました。

 仕方ないだろ。

"復活されましたか、作者"

 あぁ、ありがとう、AN。

"いえいえ。それが私の使命ですから"

「お、作者。起きたのか。あのまま寝ててくれてた方がよかったのに」

 ホントに永久に眠りそうになったぞ。

「だったら寝てろよ」

 それより喜洋。戸惑ってる大亮を放置してていいのか?

「それもそうだな」

 そう言うと喜洋は大亮の背中を叩いた。

「いってこい」

「でも俺、ボクシングなんてやったことないですよ」

 すると、陽毅は喜洋を見た。

「だったら、喜洋。先にトレーニングつけてやる」

「俺?」

 予想外の展開に喜洋は驚いた。

「早く上がってこい!」

「はい…」

 渋々といった感じでリングに上がった喜洋は、その後30分にわたりトレーニングした。

「と、いう感じの簡単なトレーニングだからいってこい」

 軽く息をきらしている喜洋に背中を押されて大亮もリングに上がり、1時間みっちりトレーニングをすると、リングを下りた瞬間床に倒れた。

「いい感じだったぞ、大亮」

 1時間半もトレーニング相手をつとめていたのに、まったく息をきらしていない陽毅がリングから下りてきた。

「ありがとうございます」

 大亮のお礼を聞いた陽毅は奥へ。

「喜洋先輩」

「どうした?」

「部長って何歳なんですか?」

「俺の5つ上の45歳で、さらに言えば彰造さんはさらに上の48歳。今でも現役相手にスパー相手をつとめる凄い人だ」

 そんな凄い人である彰造がいつの間にか背後に立っていた。

「俺から言わせてもらえば第2営業部の面々の方が凄いと思うけどな」

「うおっ!」

 驚く大亮。しかし喜洋は、

「そうですか?」

 平然と答え首を傾げた。

「そうだよ。なんたって配属当初は素人同然の奴が、1年くらいで営業先のほとんどの格闘技をできるようになってるんだからな。しかも、かなりの完成度でな」

 彰造の言葉に起き上がった大亮は喜洋を見た。

「つまり、喜洋先輩をはじめ、他の皆さんも格闘技に精通していると」

「喜洋ぐらいになるとプロ並だぞ」

 大亮は「マジかー」と言いながらまた倒れた。

「お前もこれからそうなっていくんだよ」

 喜洋がニヤニヤしながら大亮を見下ろしていると、陽毅が戻ってきた。

「喜洋。この後の大亮のことは俺に任せてお前は帰っていいぞ」


        ▼  ▼  ▼


「と、いうことで大亮を部長に任せて帰ってきました」

 喜洋の報告を聞いた弘忠は頷いた。

「わかった」

「そういえば、また博司の姿が見えませんが?」

 喜洋は部屋の中を見回した。すると、弘忠が呆れ口調で言った。

「博司なら、試作品のトレーニング器具を直させて試させたら、また壊してそのままの状態で奥にいるさ」

「そうですか」

 それ以上は確認することも気にすることもなく喜洋は仕事に戻った。


        ▼  ▼  ▼


 仕事ももう少しで終わるという時、大亮が第2営業部に帰って来た。とても疲れた様子で。

「おかえり~」

 手を振りながら藍が出迎えた。

「どうだった?部長との営業はどうだった?」

「とても疲れました」

 大亮は席に座るとそのまま机に倒れ伏した。

「だろうな。部長ハードだからな」

 体験したことのある喜洋は苦笑していた。

「ホントに部長って45歳なんですか?」

「それは間違いないぞ。俺と同期だからな」

 弘忠が大亮の元へやって来た。

「昔から奴の無茶には色々付き合わされたものだ」

「それはお互い様だろ」

 扉が開いて入ってきたのは陽毅だ。

「おや、部長。珍しい出勤で」

 言葉と共に皮肉めいた笑みを陽毅に向ける弘忠。

「たまには顔見せしとかないといけないと思ってな」

 陽毅も皮肉めいた笑みを返した。

「1つ言っとくが、お前のほうが無茶した回数は多いぞ」

「いいや。お前のほうが多いな」

 笑顔で睨み合いながら子供のような口喧嘩を始める2人。

 すると、大亮が顔を上げて喜洋を見ると小声で尋ねた。

「ほんとのところはどうなんですか?」

「2人共けっこう無茶してるぞ。なんせ営業先の色んなジムで色々伝説残してるからな」

 藍も会話に入ってきた。

「だから私たちが配属された時の部長からは、あんな風に無茶する奴にはなるなよってよく言われたよね」

「だよな」

 思い出したのか、喜洋が苦笑し始めた。すると、信晴も混ざってきた。

「今の2人も十分無茶してますから」

 信晴の言葉を完全スルーで藍は話を進めた。

「でも、あんな風に喧嘩している2人だけど、実際は凄い仲良しなんだよね」

『どこがだ!』

 喧嘩をしていた2人が同時にツッコンできた。

「ほら。息ピッタリ」

「なるほど」

 2人のツッコミをスルーして大亮は納得し、頷いた。

 って、みんな相手の言葉をスルーしまくってるけど、会話のキャッチボールはちゃんとしようね。

「おい。大亮!勝手に納得するな!」

 俺の言葉もスルーですか?

「俺達は仲良くないぞ!」

 2人は大亮に迫り出した。

 ってやっぱり無視なんだね。まぁ、わかっていたけどね。シクシク。

 俺の涙をよそに2人はさらに大亮に迫ろうとしたが、逢が間に入り込んで手を叩いた。

「とりあえず、折角部長もいることですし、このまま大亮の歓迎会に行きませんか?」

 逢の提案に2人は顔を見合せ頷いた。

「それもそうだな」

「そうと決まれば早く行くか」

 時計を見るとすでに終業時刻の5時を過ぎていた。

「さぁ!いつもの店に行くぞ!」

 と、叫んだ陽毅を先頭に、第2営業部の面々は会社を出た。


        ▼  ▼  ▼


 そうしてやって来たのは会社から徒歩10分程の路地裏にある居酒屋、睦月(むつき)。こじんまりとした隠れ家的なお店で、あじのある店構えをした第2営業部いきつけの居酒屋だ。

「ここがいきつけなんですね」

「そうだぞ」

 と、意気揚々に店に入る陽毅と面々。

 中はカウンター席が10席と、奥にお座敷があるというシンプルな内装だった。

「いらっしゃいませ。って陽毅達か」

 営業スマイルで出迎えてくれた女性2人は、陽毅達を見るなり営業スマイルを止め、1人は厨房の方へ入っていってしまった。

「どうも、女将。いつも通りお願い」

「はいはい」

 さすがいきつけとだけあってそれだけで女将は理解して陽毅達を奥のお座敷へと案内した。

 案内されたお座敷でそれぞれ席に座ると、逢は大亮にドリンクメニューを渡した。

「ありがとうございます」

「大亮は何飲むんだ?」

 陽毅の問いに一通りメニューに目を通した大亮は、

「とりあえず生で」

「女将。生1つ」

「はいはい」

 注文を受けた女将はお座敷を出ていった。

「皆さんは飲み物注文されないのですか?それに料理も何も注文してませんけど」

 もっともな疑問に答えたのは弘忠だった。

「いきつけだから俺達が最初に何を飲むか女将達はわかってるんだよ。それに、料理のほうはおまかせで出てくるから心配しなくていい」

 と言っている間に飲み物や食べ物がやって来て、逢の前にはウーロン茶、それ以外の人の前には生ビール、机の上には枝豆と酢の物、塩辛に炙ったスルメと並んだ。

「それじゃあ」

 陽毅が立ち上がったのに合わせて全員が飲み物を手に取った。

「大亮の歓迎とこれからよろしくという意味も兼ねて、カンパーイ!」

『カンパーイ!』

 乾杯の音頭が終わり、みんながグラスを軽くぶつけ合わせたかと思うと、陽毅・弘忠・喜洋・藍の4人が目を光らせイッキ飲みを開始。そして、同時にグラスを置いた。

「引き分け~」

 逢の判定に4人は悔しそうな表情を浮かべた。

 ここで1つ注意書きを入れておくか。

※お酒の無理なイッキ飲みや無理矢理飲ませるなどの行為は止めましょう。ヘタをすると死の危険があります。お酒は楽しく、自分にあった量を飲みましょう。そして、飲酒運転は絶対しないこと!

 これでよし。

「はやっ!」

 予想外の出来事に大亮が驚いていると、生ビール4つにタコ・鶏・軟骨の唐揚げを持ってきた女将が言った。

「いつものことだから、作者の注意書きの通り、気にせずゆっくり飲めばいいわよ」

「はい」

 返事を聞いた女将は大亮の前に正座すると、

「睦月で女将をしています女将です。作者の手抜きで名前まで女将にされてしまいましたけど、以後よろしくお願いいたします」

 一瞬俺を睨んだ女将は頭を下げた。

「新しく第2営業部に配属された金森 大亮です。こちらこそよろしくお願いします」

 大亮が頭を下げるて上げると、女将は優しく微笑んだ。

「第2営業部の皆さんとは長い付き合いなので、もし何か困ったことがあればここに愚痴を言いに来て下さい。大将や私からガツンと彼らにお説教しますから」

 一瞬睨まれた年長4人はブルッと震えていた。

「ありがとうございます。もしもの時はそうさせていただきます」

「はい」

 大亮の返事を聞いた女将は笑顔で頷くとお座敷を出ていった。それを見てホッと息を吐いた年長4人組。

「そんなに怖いんですか?」

 大亮の印象では優しいいい女将だと感じたから、4人の反応は意外でしかなかった。

「ここの大将や女将とは入社した時から付き合いでな」

「かれこれもう20年以上になる」

「色々世話にもなったし迷惑もかけた」

「だから頭が上がらないのよ」

 思い出し、懐かしむようにビールを飲む4人。そしてジョッキを机に置いた瞬間、

『怒ると怖いし』

 ハモって言った。

「そういえば」

 信晴が話題転換を始めた。

「大亮は大学卒業してうちに入社したんだよな?」

「はい」

「だったら今の年齢は22か?」

「はい。22歳です」

 大亮が元気よく答えると、喜洋と藍がやって来て挟まれた。

「いいよな~。若いって」

「ホント。私も22歳まで若返りたいわ」

 2人はおつまみを食べてからビールを飲み、ぷはぁ~と息吐いた。

「2人も十分若いですし、体力勝負だったら絶対ここにいる皆さんに負けそうですし」

 聖栄ジムでの喜洋の動きや陽毅についていった営業先での出来事を思い出して大亮は自信なさげに言った。

「それがうちの1番の売りだからな」

「唯一の売りの間違いでしょ」

 料理を持ってきた女将のツッコミに大亮を除いたみんなが笑った。

「さぁ!今夜も盛り上がっていくぞ!」

『オー!』

 拳を突き上げながら大亮も笑った。

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