第1話:突然の出来事に、顔真似をする私。
「つーかなんでお前となんだよ」
「ごめんなさい。でもしょうがないじゃん、割り振りされちゃったんだから」
「お前とだけはイヤだったのに」
私が小さい頃に仲の良かったコイツ、忠志は、手の施しようのない愚図・馬鹿・間抜け・根暗で、本当に本当に近寄りたくない。
せっかく10年くらいかけて、運動部に入ったり友達と和気藹々したりして渾身の明るさを手にいれたのに、こいつの側によるとあの頃の暗さが蘇るようで、それがもう恐ろしくてたまらない。
だというのに、いま。コイツと文化祭の後片付けを一緒にやらなくちゃならないっていう。
ゆかちゃんとか、みんきーとか、いつもキャッキャふざけ話をしてる親友と、クレープ屋みたいな可愛い店をさぼりながらちんたら片付けたかったのに、なんでこうおどろおどろしいお化け屋敷をおどろおどろしいコイツと片付けなきゃならないんだ。
ああ、生き地獄。
携帯の返信がこないことを見るに、親友は他の誰かと楽しくやっているのだろう。
「こっちまじつまんねー、そっちはどう?」という本文と共に、世界史の先生の顔真似をした写真を添付して送信したっきり返ってこない。
先生の顔真似をした写真を送るのがいま私達の中で流行っていて、全先生の真似写真をコンプリートすると願いが叶うと言われている。もっとも私が勝手に流したデマなんだけど。
あと英語の先生だけが足りないんだよな〜誰かくれないかな〜と思いつつ、こんにゃくのぶら下げられていた紐を一つ一つ解いていってるが、忠志がちんたらしているせいで、布が顔に当たって邪魔で仕方がない。
「とっととそっちの布引っ張れや!!」
「ごめん。いまやる」
こうしてせっせと後片付けをしている中。
突然、本当に突然。
世界が揺れた。
割れるように揺れた。
それは一瞬の出来事だった。
一瞬だけれども、同じ夢を何度も何度も繰り返し見ているような、途方もない時間を感じた。
なにもかもが輪郭を持たず、すべてのものが繋がっているかのような、境目のないように世界がぐらついて見えた。
そして、気づけば、全く違う世界に来ていた。
え。
なにここ。
外?
道路?
目の前には忠志が私と同じような表情で立っている。
その時。
「あぶねー!!信号赤だろ!!」
「あ、すみません!!」
いつもの習慣で咄嗟に声を返すと、そこには馬に乗った若者がいた。
馬!?
どういうこと!?
「危うく蹴り倒す所だったじゃねえか。俺の馬の機敏さに感謝しろよ」
そう言って、馬と若者は去って行った。
「な、なにが起こっているんだ」
忠志はびくびくと、震えながら、蚊の鳴くような声で言葉を発した。
「私にもわかんないわよ。どこなのここは……」
ふと前を見上げると、見慣れた信号機が赤を点灯している。
地面を見ると、横断歩道のシマシマの上に立っていることがわかる。
「とりあえずあっち側の道に渡りましょ!!」
「え?」
「え?じゃねーよ!いいからついてこいや!!」
二人で横断歩道を走り、歩道に辿り着く。
少し冷静になって周りを見ると、一戸建ての住宅街が連なっていて、のどかな景色が遠くまで続いている。私の通学路にもあるような、そこら辺の街並みと変わらない。どこかに二人で瞬間移動してしまったのだろうか。そうなるとここは何県何市だ?
瞬間移動の時点でおかしいが、更なる問題は、馬だ。
確かに馬がいた。そして道路を走り去って行った。
この時代に馬がいるのはおかしい。
となると、過去にでもタイムスリップしてしまったのだろうか。
しかしそうなると矛盾が生じる。一戸建ての住宅街は現代とそう変わらない出で立ちだ。むしろデザイナーが手がけたようなスタイリッシュな家や可愛い家がちらほらと見受けられ、近未来的にすら感じる。
ここは一体どこなのだろうか?
私たちはどうしてここにたどり着いてしまったのだろうか?
思考が混乱し、訳がわからなくなり、急に立ちくらみが起きてしまう。
「え、大丈夫?」
「うるせえ!なんでおまえと一緒なんだよもう!!」
気を落ち着かせる為に、世界史の先生の顔真似をする私。
うん、上手くできている、私は私だ。
我ながらおかしな確かめ方だが、世界が余りにもおかしいから、対抗するにはこれくらいしなければ太刀打ちできないのだ。