プロローグ:誰にも気付かれない、透明未満な僕
「つーかなんでお前となんだよ」
「ごめんなさい。でもしょうがないじゃん、割り振りされちゃったんだから」
「お前とだけはイヤだったのに」
僕はクラスのはみ出し者だ。
いや、はみ出し者と言えるかもわからない。基本的に存在感がない。エア人間。空気以上透明未満。
時々誰かが僕の体を通り抜けてしまうのではないかと本気で思う程、か細くひっそりと暮らしている。
そして、存在感がないのに、たまに変なことをしてしまう。
科学の実験で試験管に白い液体と青い液体を入れた後、本当は小刻みに左右に揺らすのだけれども、先生の話をぼんやりとしか聞いていなかった僕は、原始人が棒で火を起こすかのように試験管を両手で挟んでグリグリ擦ってしまった。
即座に原始人というあだ名が付いたけれど、2回呼ばれただけでそのあだ名は終わった。あだ名の寿命として我が高校内最速記録だ。蝉よりも遥かに短い寿命だ。所詮僕は誰にも求められていない、あだ名でいじられることすらほとほとないのだ。
保険の授業中うたた寝をしていて、名前を当てられた時、驚きながら咄嗟に立ち上がって「1ニョッキ!!」と叫んでしまった。勿論あのポーズで。夢の中で壮絶なるバトルが繰り広げられていたのだ。
たまたまその時の答えが「尿器」だったので、即座に惜しいというあだ名が付いた。そのあだ名は1回呼ばれただけで終わった。あだ名の寿命として最速記録を更新した。もう破られることの無い不滅の記録だろう。
そんな僕だが、幼馴染の女の子がクラスにいた。
小学1.2年生の頃は手を繋いで一緒に帰るくらいとても仲良しだったのだけれども、その後クラスがバラバラになってから話さなくなり、高校でようやく久しぶりに同じクラスになった。
だけど、その子、ひよりちゃんは、もうあの頃のひよりちゃんではなく、勝気で活発な女の子、つまり僕の天敵とする女の子になっていた。
同じクラスになって直ぐに声をかけたけれども、ひよりちゃんは僕との思い出を忌み嫌っているかのように、「話しかけないで」とだけ言ってぷいと顔をそっぽに向けて、すたすたと遠くに行ってしまった。
僕はその場に一人取り残され、しばらく震えながら佇んだ。綺麗で楽しかった思い出が全否定され真っ黒に塗りつぶされてしまったことに、悲しみと共に恐怖すら感じた。どうせなら涙が出てくれれば、真っ黒を少しは滲ませられたのに。この死んだような体を強制的に動かしたチャイムが憎らしかった。
そのひよりちゃんと、いま、二人きりで、文化祭の後片付けをしている。
先生によって組み合わせれた当番が、丁度僕たちを繋げてしまい、不機嫌な空気の中、黙々と、時たまぶつぶつと愚痴が聞こえてきながら、仕方無く、体育館裏にひっそりとある小さな通路のようなお化け屋敷を一緒に片付けている。
「そもそもこのお化け屋敷を作ったやつが片付けろよ」
「他の人たちが作ったものを片付けることが、責任感の発達に繋がるっていう、先生の意向だからしょうがないよ」
「あいつまじわけわかんねーよな、なんだよそのメカニズム」
昔は大人しくておしとやかだったひよりちゃんの口調はあまりに変わり過ぎていて、誰だかわかんなくなっているみたいだ。
「とっととそっちの布引っ張れや!!」
「ごめん。いまやる」
こうしてせっせと後片付けをしている中。
突然、本当に突然。
世界が揺れた。
割れるように揺れた。
それは一瞬の出来事だった。
一瞬だけれども、今までの人生を全て振り返るくらい、途方もない時間を感じた。
視界がぐらぐらと揺れ、目の前の物がブレてまるで認識できず、何が起きたかわからないまま、気づけば周りの景色が全く変わってしまった。
そう、
これから話すのは、僕とあの子が、あの世に行ってしまった時の、少しだけ気持ちの悪いお話だ。