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透明人間の住む街

 ドアを開けると、俺の周りを包んでいた静寂が破かれた。目の前には、薄汚れたコンクリートの壁が立ち塞がっているだけだが、左右から街の喧騒が俺の耳に飛び込んでくる。後ろを振り返ると、古びたドアが目に映る。

 このドアを開くと、先程の白い部屋に出るのだろうか。それよりも、さっき黒いコートを着た少女は、「部屋」と言っていなかったか?

俺は首を曲げ、上を見る。真っ青な空に浮かぶ太陽の光がまっすぐ目に入ってくる。ここは、どう見ても部屋の中ではない。

「ということは、さっきのは夢か――」

 もちろん、完全には納得していない。夢だったとしたら、俺は立ったまま眠ったことになる。それはありえないだろう。だが、先程の出来事を信じることもできなかった。

 とりあえず、この薄暗い路地裏から出ることにする。

 

 路地裏を出ると、老若男女、ありとあらゆる人が右から左へ、左から右へ、それぞれのペースで流れている。その光景は、どこか違和感がある。目の前の道は広く、やはりどう考えてもここは部屋の中ではない。

 俺は足を踏み出す。しかし、一歩踏み出したところで歩みを止めてしまう。

「どこに行けばいいんだ?」

 そもそも、ここはどこだ?見覚えのない場所だ。どこかで見たようなロゴが書かれている高層ビル。見覚えがあった。おそらく日本だろう。しかし、俺はこの場所を知らなかった。まるで、俺が見たことがある建物をいろんな場所からかき集めてきたような、そんな街だった。

 目の前の人の波は、右から左へ、左から右へと流れる。目的地のない俺は、その流れに飛び込む勇気がなかった。

「もしかして、迷子?」

 俺は顔を上げる。すると、ちょうど目の前を通り過ぎようとしていた背広を着たサラリーマンと目が合う。しかし、そのままサラリーマンは通り過ぎる。

「ああ。もしかして、僕を探してる?残念だけど、それは無理だよ。」

 たしかに声は、正面から聞こえる。いや、やや下方から聞こえる。声の調子、声が聞こえてくる高さから、おそらく小学生くらいの少年じゃないか、と推定した。

「透明人間ってやつか?」

「そうそう。お兄さん、鋭いね。」

 透明人間であること以外に、この状況を説明できるのか。そんなどうでもいい疑問を抑える。

「お兄さん、迷子なんだねえ。珍しいや。」

「そうなのか?」

「そうだよ。だって、ここにいるみんな、ちゃんと行き先があるんだから。」

 ここにいるみんな。この街を流れている人のことだろう。立ち止まっている人はひとりもいない。みな、流れている。

「そうなのか。」

「そうなんだよ。」

「おまえはどうなんだ?おまえも、迷子なのか?」

「透明人間に居場所なんてないって。」

「そうか。」

 俺は手を伸ばす。少年がいると思われる場所に手を伸ばしたが、何も触れられなかった。なんとなく空気が揺れたようだったが、気のせいなのだろう。

「触れられないな。」

「透明人間だからさ。見えないし、触れられない。」

「だが、おまえはそこにいる。」

「僕が黙っちゃったら、きっと誰も気がつかない。」

「しゃべっているじゃないか。」

 そこで会話が終わる。大方、俺の指摘を受けて癪にさわった少年は、黙ることにしたのだろう。たしかに、目の前にいるのかどうかさえ分からない。

 目の前に広がるのは、人の川。ただひたすら流れている、人の群れだ。通り過ぎてしまえば、ひとりひとりどんな顔をしていていたのかはおろか、どんな体型だったかすら覚えていない。

「みんな、俺にとっては透明人間みたいなもんだ。」

 俺は目を凝らす。そこに少年がいるかどうかは分からない。いないとしても、どこに行ったのか分からないのだから、仕方がない。

「おまえは姿が見えないだけだ。触れられないだけだ。でも、声は聞こえる。透明人間でいたいのなら、ずっと黙っているといい。けど、もし、居場所を見つけたいなら。透明でいるのが嫌なら―」

 そこまで言って口を閉じる。違う。そうじゃない。こいつは、自分が透明であることが嫌なわけじゃない。むしろ透明人間でいることで、この無目的な人の流れから逃れられているんじゃないか。

「へえ。お兄さん、そんなにバカじゃないんだね。」

 先程と同じ位置から少年の声が聞こえる。まるで、俺の考えを覗いたかのような言葉だった。

「透明人間になると、人の考えていることまで分かるのか?」

「さあ?」

 すると、目の前の人の流れが変わった。何事かと思い顔を上げると、交差点の真ん中に木製の扉が浮かび上がっていた。人の流れは、それを避けている。ということは、さっきの白い部屋での出来事は夢じゃなかったということか。ここは、「部屋」の中だ。

 あれが、次の「部屋」への扉か。俺は扉に向かって歩き出す。まっすぐ歩いたが、少年にぶつかることはなかった。

 

 人の流れをかき分け、交差点の真ん中に立つ。扉はところどころ傷ついていてボロボロだった。

「もう行くんだ?」

「ああ。」

 少年の声が聞こえる。どうやら、後をついてきたらしい。

「一緒に行くか?」

 「部屋」の住人が、果たして部屋を出ることができるのか。そんな疑問が浮かんではいたが、尋ねずにはいられなかった。

「ううん。いいや。僕、ここに居るよ。」

「そうか。」

 俺は扉のノブに手をかける。金属製のそのノブは冷たかった。

「お兄さん。」

「なんだ?」

「さようなら。」

 俺は頷くと、扉を開く。扉の隙間から、光の筋がひとつ、ふたつと漏れ出し、やがて辺りを白に染める。

 完全にあたりが真っ白になる寸前、隣に立っているひとりの少年が見えた。前髪が長いせいで目元が見えなかったが、口元に浮かべている笑みは力が入っていて、ぎこちなかった。


やはり、あの少年は居場所を探していたのか。でも、その居場所は、あの街には、透明人間だらけのあの街にはきっと存在しない。


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