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目隠し剣士と制服姫 1

 気が付くと、夕日の光に照らされた木製の床に倒れ込んでいた。身体に痛みはない。床は人肌のような心地よい温もりを帯びていた。机の足と思われる金属パイプがいくつも目に映っている。

 俺は身体を起こし、立ち上がる。すると、いくつもの机と椅子が並んでいるのが見えた。後ろを振り返ると、白いチョークの跡が残る黒板があり、その上にはスピーカーがあった。

 どうやら、ここは学校の教室のようだ。

「戻ったのか?」

 てっきり、あの屋上に出るものだと思っていた俺は、思わずそうつぶやいていた。

「やり直すことなんて、できるはずがない。」

 声のする方を見ると、白いワイシャツに黒いバンダナで目を隠した男が、机の間から身体を起こしているところだった。

「同じ場所に戻っても、時間が過ぎている。時間を遡っても、おまえ自身が変わっている。全く同じ状況に巡り合うことなど、ありえない。」

「そうだな。――というか、なんでここにいるんだよ。」

「おまえが扉に押し込んだからだろ。」

 たしかに、その通りだ。ただ、部屋の住人は他の部屋には移動できないはずだ。部屋の住人は、その部屋が世界の全てだからだ。部屋の住人には『他の部屋』なんて概念などなく、部屋に束縛されている。扉をくぐり、他の部屋に行くなんてことはありえない。

 だとしたら、この男は部屋の住人ではなかったということか。いや、そもそも、部屋の住人が他の部屋に行けないということはなく、俺がそう思い込んでいただけなのか。教室の真ん中に立っている男は、ぐるりと教室を見渡す。バンダナで目を覆ったままで、だ。

「おまえは、部屋の住人じゃないのか?」

「さあな。」

 男は、肩をすくめる。とぼけているようでもなさそうだ。

「それより、おまえと呼ぶのはやめてくれないか。見下されている気がして仕方がない。」

「そうか、すまん。」

 そこで、俺はあることを思い出し、急に違和感が生まれた。この男は、前の部屋で命を奪われようとしていた。なのに、今はまるで知り合いのように馴れ馴れしく言葉を交わしている。

「心配するな。ここは、あの部屋じゃない。行き止まりじゃないなら、先に進んでもらうさ。」

 違和感に気がつき、次に言うべき言葉が出てこなくなった俺に気がついたのか、男が口を開いた。

「それより、俺の名前を決めてくれないか。もう、これ以上おまえにおまえと呼ばれたくない。」

「名前ないのかよ!」

「それは、お互い様だろ、迷い人よ。」

 たしかに、俺も自分の名前を覚えていない。男は、バンダナで目を覆ったまま、まっすぐこちらを見ている。まるで、主人の次の指令を待つ犬のように、微動打にせず、まっすぐだ。

「ポチでどうだ?」

「おまえは、俺を犬かなにかだと思っているのか。それに、最近は犬でももっとお洒落な名前を付けるんじゃないのか。」

 どうせ気にしないだろうと適当に言ってみたのだが、予想に反し、ポチ、もとい男は反抗してきた。

「おまえは俺のことをおまえと呼んでいるくせに。贅沢なんだよ。」

「そうか。それじゃあ、今からおまえはタマだ。迷子の子猫ちゃんだ。」

「分かった分かった。じゃあ、ブランクっていうのはどうだ?あの部屋、真っ白で何もなかっただろ。何にもないから、空白、つまりはブランクだ。どうだ?」

 男は眉一つ動かさなかった。不満なのか納得したのかすら、よく分からない。その名前で呼ばれることに対する利益と損失を頭の中で計算し、何億通りもシミュレーションしているんじゃないかと思われるくらい、不自然に長い時間が経った。

「まあ、いい。名前なんて、大したことじゃない。」

 男はそう言うと、何を思ったのか、机の中をひとつひとつ覗き始めた。だったら、ポチでよかっただろ。

「言っておくが、机の中に扉はないぞ。」

「しかし、机の中以外、手掛かりになりそうなものがない。部屋の住人もいないしな。」

「そうかい。じゃあ、机の中はおまえに任せるよ。ラブレターでも出てきたら、ラッキーな方じゃないか。」

「おまえと呼ぶな。ブランクでいいと言ったばかりだろ。」

 そうだったか?俺は数十秒前の記憶を遡ってみるが、確信が得られなかった。とりあえず、生徒のプライベートゾーンを平気で覗くこの男のことを、ブランクと呼ぶことに決める。

 すると、ブランクが机の中に手を入れ、何かを取り出そうとする。

「どうした?腐ったパンでも入っていたか?」

 俺は、ブランクに近づく。ブランクが机から手を出し、机の上に手にしていたものを放り投げる。それは机の上をなめらかに滑り、ちょうど机の真ん中で止まった。

「手紙だ。」

「まさか、本当にラブレターを見つけ出すとは。恐ろしいやつだな。」

「見てみるか。」

 ブランクが手紙を手に取り、開けようとする。俺は、意識するよりも前に手紙を奪い取る。

「どうした?どうして、そんなに慌てている?」

「い、いや。――なんでもない。」

 俺は、奪った手紙をそのままブランクに手渡す。人のプライベートに首を突っ込むな。そう思っていたし、そう言うつもりだった。

 ただ、ブランクに指摘されたとき、たしかに自分が他人事とは思えないほど慌てていたことに気がついた。

 ブランクが手紙の端を破ろうとしていたそのとき、教室のスライド式のドアが開いた。そこに立っていたのは、夕日に照らされた屋上にいた、拡声器を持っていた少女だった。


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