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デッドエンド

 扉を開ける。開けたと思う。気がつけば、俺の視界は真っ白になっていた。視線を下に向けると、自分の両手が見えた。どうやら、『部屋』が真っ白なだけらしい。

 目を凝らすと、雪のようなものが上からゆっくりと降っているようだった。ただ、その雪のようなものが部屋に積もっている様子はない。床は堅い。触れることもできないようだ。

「おまえが迷い人か?」

 俺は振り返る。すぐ後ろに黒いバンダナで目隠しした男の顔があった。

「うわ!?」

 情けない声が出る。俺は、咄嗟に距離をとる。男は、白いワイシャツに黒のパンツという格好だった。足が長く、細身でどこかの雑誌のモデルのようだった。左手には何か持っていた。剣のようだった。

「やっとこの部屋に来たのか。」

 男は呆れたように右手で後頭部を掻きながら、ため息混じりにそう言った。やっと?ということは、もしかして―

「この部屋が最後なのか?」

「ああ。ここが最後だ。」

 俺は、辺りを見渡す。そういえば、最初の部屋も何もない真っ白な部屋だった。物語の最後は最初とつながっている。首尾一貫だ。そう言っていたのは、高校の教師だったか。だとしたら、ここが本当に最後の部屋なのかもしれない。

「案外、あっさりしていたな。」

「そうか。何か得られたか?」

「いや。なにも。」

「そんなものだろうな。どんなに頑張ろうとも、いくら探しても、何も得られないこともある。」

「そうかい。」

 そう口にしたあと、俺は一歩後ろに下がる。男は微動だにしていない。だが、俺はこの部屋の空気が変わったのを感じ取った。空気が張り詰めた気がした。よく見ると、雪のようなものの動きが、まるで吹雪のように激しくなっていた。


―勝負だ、迷い人―

 

 目隠しをした男はそうつぶやいたのが、はっきりと聞こえた。大きく踏み出し、懐に飛び込んでくる。金の装飾が施された鞘から抜かれた剣が光る。俺は、慌てて後ろに飛び退く。数センチのところで、剣先が通り過ぎる。

 こちらには、武器がない。相手には、武器がある。どちらが有利なのかは、明らかだった。男は勝負だと言っていたが、これでは勝負にならない。

「どうする、どうすればいい?」

 打開策を考えているうちにも、男は剣を振るう。動きに無駄がなく、少しでも反応が遅れれば、やられてしまいそうだった。男は次から次へと、間髪いれずに剣を振る。息をしていないんじゃないかと思うほど、隙がなかった。

「先に言っておくが、どんなに待っても扉は現れないぞ。なぜなら、ここが最後だからな。」

 男は剣を振りながら、口にする。なんで、そんな激しい動きをしながらしゃべれるんだ?アイドルが激しいダンスを踊りながら、平気で歌を歌っている姿は見たことがあったが、やはり、違和感があった。息をしているのなら、運動しながらそんなスムーズに喋れるはずがない。

「なんで、そんなにスムーズに喋れるんだよ!」

 俺は、前に突き出してきた剣を避けながら、スムーズにそう叫ぶ。

「お互いさまだろ。」

 すると左足に鈍い痛みが走り、バランスが崩れる。男が右足で俺の左足を蹴ったのだ。思わず、しゃがみこんでしまう。慌てて顔を上げると、首元に剣先が突きつけられた。

「終わりだな。」

 俺は、まっすぐ男の顔を見る。目隠しをしているせいで口元しか見えなかったが、その口元には何の感情もなかった。

「終わりか。」

「ああ。ここが、デッドエンドだ。」

 そうか。俺の旅は終わったのか。そこに恐怖はなかった。どうせ、夢から覚めるとか、そんなくだらないことなのだろう。なぜか、そう思っていた。いままでが、変な世界だったばかりからだろう。現実味がなかったからだろう。


 まさか、自分が死ぬとは思っていなかった。


「人は、どんな危機的な状況に陥っても、本当に死ぬまでまさか自分が死ぬとは思っていない。誰かがそう言っていた。」

 気がつけば、そんなことを口走っていた。

「そうなのか?」

 男は、まるでそのことを確かめるように。喉に剣先を突きつける。痛みはなかったが、皮膚に傷がついたのを感じた。それでも、死を意識することはなかった。

「あんたは、ここが最後だと言った。」

「そうだ。ここが最後だ。」

 男は、口を機械的に動かし、そう告げる。男にとって、口は言葉を伝えるための道具に過ぎないのだろう。


―いい?絶対に部屋に留まったらダメだからね―


 始まりの部屋で、俺はそう忠告された。だとしたら、『最後の部屋』なんてあるわけない。この部屋で大事なのは、生きるか死ぬかじゃない。この部屋に留まるか出て行くかだ。

「悪いが、忘れ物をしてきた。取りに戻っていいか?」

「なに?」

「俺の行き先は、ここじゃなかったと言っているんだ。」

 すると、男のすぐ後ろに扉が現れた。金の装飾が施された、白い扉だ。わずかに開いた先には、夕暮れの茜色の光が漏れ出していた。おそらく、ひとつ前の部屋なのだろう。男も現れた扉に気がついたのか、後ろを振り返る。

 躊躇している余裕はなかった。このチャンスを逃すと、この部屋から出られなくなる。俺は、足に力を入れると男にぶつかる。バランスを崩した男は、そのまままっすぐ扉に向かって倒れる。

 

 俺は男と一緒に、扉に飛び込んだ。


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