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開かれた牢獄

 白い扉を開けると、白い空間が広がっていた。俺が最初にいた部屋と同じように見えた。俺は、その部屋に踏み込む。扉は静かに閉まると、雪が地面に溶け込むように跡形もなく消えた。

 俺は辺りを見渡す。四方は全て真っ白で、まるで節減の真ん中に立っているような錯覚に陥る。本当にここは、部屋の中なのかと思ってしまう。

―よくここまで来た。迷い人よ―

 どこからともなく声が響いてくる。部屋のどこから響いてくるのかまではよく分からなかった。ただ、最初の部屋で聞いた頭の中に響いてくる声とは、性質が異なっているようには思えた。

「今度は何なんだ?今まで散々歩いてきて、そろそろ疲れてきたんだが。」

 嘘だ。疲れなど、たった今言葉にするまでその概念すら忘れていたぐらいだ。ただ、疲弊しているかと尋ねられたならば、そうかもしれない、と答えてもいい。いろんなことがありすぎて、心のどこか、頭の片隅で整理が追いついていないという意味で、俺は疲弊している。

―ここは、審判の部屋だ―

「そうか。最後の審判とかいうやつか?」

―この部屋には無数の扉がある―

 嘘つけ、扉なんてひとつもないぞ。そう口にしようとしたとき、目の前に白い扉が現れた。視線を動かすと、いつの間にか無数の扉が部屋のあちこちに現れていた。扉は白い空間に浮かぶように静かに上下している。

―好きな扉を選ぶといい。ほとんどの扉が次の部屋へ続いている―

「ああ、そうですか。」

 俺はそうつぶやくと、目の前の扉に手をかける。

―待て!話しはまだ終わっていない―

 どこからか響いてくる声は慌ててそれを制止する。なんだよ、面倒臭いな。

「あのなあ。今まで散々訳分かんないこと言われてうんざりなんだよ。どうせあんたも面倒なこと言いだすんだろ。」

―確かにほとんどの扉は次の部屋に続いている。だが、そのうちの三枚だけは別の場所に繋がっている―

「一つは天国に、一つは地獄に、一つは元の世界に、だろ?」

―その通りだ。この部屋のことは知っているようだな。初めてではないのか?―

 初めてではないのかって、どこかで聞いたどこかの宗教の有名な話にかなり似ているからな。俺はそのことは口にしなかった。

―迷い人よ。好きな扉を選ぶがよい。それが、おまえの運命となる―

 ああ、そうだな。再び、そうつぶやきながら、俺は目の前の扉のドアノブに手をかける。

―迷い人よ、待たれよ。そんな簡単に選択をしてよいのか。上手くいけば、おまえは元の世界に帰れるだろう。天国に行けるかもしれない。もしかしたら、おぬしが開こうとしているその扉は地獄への続いているかもしれぬ―

 俺は溜息が出る。つくづく面倒くさいな。今までいろんな部屋があったが、面倒臭いという意味では、全ての部屋で共通なのかもしれない。

「あのな。あんた、俺を迷わせようとしているんだろ?迷わせて、この部屋から出られないようにしている。その三つの扉は選択肢じゃない。俺をこの部屋に留まらせるための拘束具だ。」

 しばらく、部屋の上空を見上げながら返事を待ったが、何も言葉がなかった。図星だったのか、通信が出来なくなったのか。一体何なんだよ。俺は思わず舌打ちをする。

「返事くらいしたらどうなんだ!」

 俺は上を向いて叫ぶ。無理な姿勢で叫んだせいか、叫び終わると同時にむせた。扉は静かに上下運動を繰り返している。

「迷っていても仕方ないだろ。」

 俺は目の前の扉に手をかける。軽い。そう思うやいなや、意識する前に手を引っ込めていた。自分の咄嗟の行動に多少驚く。再び手を伸ばそうとして、その動きを止める。

 待てよ。本当に、三枚の扉は拘束具なのだろうか?この話が俺の知っている話を忠実に再現しようとしているのなら、俺をこうもあっさり脱出させるだろうか。

 俺が聞いた話の中の男は、ほとんど全ての扉が元の世界に通じているにもかかわらず、その選択肢の多さ、天国へいけることへの期待、地獄に落とされてしまうことへの恐怖のためいつまでも選択できずに部屋に留まり続けた。そして、それこそが話の本質だ。ならば、俺もいつまでもこの部屋に居続けるような仕掛けをしているのではないか。

 俺はしばらく考え込んだ。この行動を誘導することが目的なのかもしれないな、と思いつつも俺は考えることにした。

 今までの部屋は、そこの住人と会話を交わし、問答し、扉が現れた。しかし、この部屋はどうだ。一方的に扉が与えられ、選べと言われた。俺は誰とも問答していない。そういう部屋もあるのかもしれないと思わないこともないが、どうも引っかかる。

 ひょっとすると。俺は目の前の扉を見る。この扉もダミーなのではないか?無数の扉も実はダミーで、本当の扉はまだ現れていない。そうは考えられないだろうか。ここは、牢獄だ。無数の扉がある、牢獄。

 そう結論を出した途端、右方向から光が差し込んできた。夕陽のようなオレンジ色の光が徐々に消えていき、そこにはガラスの扉が残っていた。

 これか。この部屋では、俺が俺自身に問いかけ、答えを出す。そういうことだったらしい。俺はその扉の前に立ち、ドアノブに手をかける。しっかりとした重みが手に伝わる。

 扉を開く前に後ろを振り返る。無数の扉がふわふわと浮かび、静かに上下している。もし、その扉が本当にダミーなんだとしたら、一体どこに繋がっているのだろうか?そう思ったが、これ以上考えるとまた面倒なことになりそうだという予感があったので、扉を開く。


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