第七話
(不味い……)
警視庁公安部公安第一課の宮元警部補は、煙草に火を着けるなりそう思う。
彼は煙草をある種の測定器のように考えていた。
あまり知られていないが、煙草は吸い方によって味が変わる。
優しくゆっくりと丁寧に吸うと甘さとコクが出るが、スパスパと勢いよく雑に吸うと苦味や辛味が出てくる。
イライラしている時に吸う煙草が不味いのはこのためだ。
宮元はこれを、自分自身の精神状態を測る道具として利用している。
公安の人間にとって大敵の、自分自身ですら気づいていない焦りや苛立ちに味の変化で気づかせてくれる。
とはいえ、今彼が苛立ち、焦っている理由は彼自身もよく分かっている。
そもそもの始まりは、航空会社の人間が警備に関する情報を外部に漏らしている疑惑から始まった。
もっともそれ自体は驚くほどのことではない。
航空会社の人間の中には、機長組合をはじめとして警察を目の敵にしているような者もいるし、金に目が眩んで外部に情報を漏らす人間ような者もいる。
それそのものは想定内の出来事だ。
問題は、漏れた情報を受け取った人間の尻尾が掴めないということだ。
武装した警察が空港を警備することが害悪だと思い込んで、理屈も何もないような内容を大声を叫んで悦に浸っているような自称平和主義団体等が相手ならまだいい。
だが、今回の相手は公安の調査で尻尾すら掴めない。
明らかにその道のプロが相手だということだろう。
容疑者として真っ先に候補に挙がるのは、成田空港問題の際に空港関係者や一般人の殺害、空港建設の妨害活動等、さらに はテロリストによる空港関係者・一般人殺害、 迫撃砲による空港への攻撃などテロ行為を行った前科のある、左翼テロリスト達だろう。
もちろん海外の政府組織やテロリストが、重要防護施設である空港の警備状況を探っているという可能性もある。
そのため先程まで公安部外事課や警察庁の警備局国際テロリズム対策課など、関係各部署との情報交換を行っていたのだが、成果と言えるものは皆無であった。
(こうなったらスカイマーシャルと航空会社の合同訓練に賭けるしかないな……)
空港警備隊と違い、航空会社も含めて外部に一切の情報を開示していないスカイマーシャルの情報を手に入れる数少ない機会だ。
どこぞのテロリストにせよ政府機関にせよ、必ず情報源になっている航空会社の人間に接触し、何かしらの動きを見せるだろう。
(その時に必ず尻尾を掴んでやる…!)
クシャっと煙草を揉み消し、再び調査の現場に戻るのだった。