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街の外側近くにある木造建ての一軒家、それが悠夜がこれから暮らす家だった。
「さあ上がって、ここはもうあなたの家なんだから遠慮しないでね」
「ありがとう、母さん」
悠夜はこの雪子という女性をすんなりと母親として受け入れることができた。
光夜は元々豪快で闊達な性格で、今もそうなのだが、母が亡くなって以来、時節どこか影のある表情を見せていた。しかし、今の光夜からはそういったものを感じなかった。それは間違いなくこの人のおかげだろう。
「兄さん。家の中案内するから着いてきて!」
雪菜が悠夜を急かす。
「ひとまず一葉を」
部屋へ。と言おうとしたところで後ろから反応があった。
「……んうぅ…………」
背中で一葉がもぞもぞと体を動かす。
「あ、起きた?」
悠夜が振り向くとちょうど一葉と目が合った。
「ん……ゆうや…………って、えええええぇ!?」
なにやら寝起きで混乱している様だ。
「どうした?」
「どうしたって、なんで私おんぶされてるの!?」
「一葉が足挫いて歩けないようだから、僕が背負ってやったら、そのまま寝ちゃったんじゃないか。」
どうやら自分の状況を思い出したらしく、顔を真っ赤にして悶える一葉。
「とっ、とにかく降ろして!」
「無理するなよ。それにこんなの昔はよくあっただろう?」
一葉は昔から無鉄砲でよく怪我もしていた。
悠夜と一葉が出会ったのも、一葉が小学三年の頃、中学生にいじめられていた同級生を助けようと、三人の中学生相手に一人で喧嘩を売り、逆にやられていたところを悠夜が助けに入ったのがきっかけである。
「今は違うのっ! それに無理するなとか悠夜にだけは言われたくない!」
確かに、悠夜も一葉に負けず劣らず、いや一葉以上に無鉄砲なこともしていたが、それはまた別の話。
本当は泣き虫のくせに普段は、はねっかえりな性格は今も変わっていないようだ。
そんな悠夜と一葉のやり取りを雪子は微笑ましい、雪菜は拗ねた目で見つめていた。
そんなことを話しているうちに光夜が家に帰って来て、悠夜への質問が始まった。
「じゃあ聞くぞ。まずお前は、いつこっちに来て、今までどこにいた?誰に魔法を教わった?」
それは四人に共通する最大の疑問。
「ここに来たのは一年ほど前で、ずっとあの山を一つ越えたところにある森で、サバイバルやってた。魔法は我流、強いていえば森の魔獣から教わった」
そして、その疑問に対する悠夜のなんでもないといった感じの回答は、とんでもないものだった。
悠夜が、「あの山」と言って指差した窓の向こうにあるのは、先ほど光夜たちが、悪鬼に襲われていた森を抜けたところにある山で、その山を越えたところにある森とは、この街の近辺とは比べ物にならないほど強力な魔獣が生息し、「死の森」と恐れられる超危険地帯である。
「…………冗談だろ、あそこは最低でも第五級以上の危険生物で埋め尽くされた魔境だぞ」
光夜がうめくような声を上げる。
「その第五級ってのは?」
これには雪子が答えた。
「魔獣は一から十の階級で危険度が付けられているの。第五級以上の魔獣はそのほとんどが強力な魔法をつかえるわ」
「魔法を使えない生物まで、魔獣って呼んでるわけ?」
「人にとって危険な生物は、全て魔獣と呼ばれているわ。駆け出しの狩人一人にでも倒せるのが、第十~九級指定危険生物で、そこから徐々に階級が上がっていくの。八が中堅、七が手練れ、六が達人レベルの人間でないと勝つのは難しい魔獣、それ以上は単独で勝つのは現実的でない。第一級指定危険生物ともなれば、それは災害みたいなもので立ち向かうという発想自体存在しない。まあ、さすがにそんなのは滅多に姿を現さないし、私も見たことないけど。ちなみにあなたが倒した悪鬼は単体で第六級指定危険生物、群れの場合は第五級に格上げされるわ」
これを聞いて悠夜は愕然となった。
「……マジで?世界の裏の住人弱すぎない?」
「お前が強すぎなんだよ。それに、お前が今身に着けてる装備は何だ。無茶苦茶ヤバそうな気配がするぞ」
「装備?」
「どういうこと?」
一葉と雪菜がそろって首を傾げる。
魔獣の素材には、その魔獣の持つ魔力が宿っており、高位の魔獣の素材から造った装備には、身に着けた者の魔力を上昇させたり、体力を消費しづらくしたり、と様々な効果が付与されていて、見るものが見れば、悠夜の装備がただならぬ代物であるということが、気配で分かるのだ。
光夜が悠夜に、人目に着かないようにして家に帰るよう指示したのもこれが理由である。
一葉と雪菜は気づいていないようだが、光夜と雪子は、悠夜の装備が放つ尋常ならざる気配に気付いていた。
「ああ、これはね―」
悠夜が、現在身に纏っているのは今まで倒した魔獣の戦利品で、思い出の様な物だ。そのため悠夜は得意げに自分の装備がどんな魔獣から手に入れた物かを説明した。