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悠夜は、到底人間に出せるとは思えない速さで山を駆け下りる。木々の間を縫う様に走り、時には木々を足場に跳躍を行う。大した時間もかけずに悠夜は目的の場所のすぐ近くまで辿り着く。
すると人間のものらしき声が聞こえてきた。
悠夜は俊駆を解除し別の魔法を発動させる。
隠密系統魔法 絶影
これは自分の気配を限りなく感じにくくさせる魔法であり、この魔法を使用して身を隠している間は、感知系の魔法でも使わない限り術者の気配を感じ取ることは、ほとんど不可能である。
悠夜は素早く、それでいて静かに余波のする所へ移動し木の影から様子を窺う。
「…………嘘だろ」
そして目を疑った。
悠夜の視線の先では人間の集団と魔獣の群れが戦っていた。しかし驚いたのはそこではない。戦っている人間の中に見知った顔がいたのだ、それも二人。そして、その片方に一匹の魔獣が飛び掛かるのを見た悠夜は木の影から飛び出し魔法を発動させた。
属性系統魔法(風) 首刈り鎌
鋭い刃となった風が魔獣の首を斬り落とし、鮮血が宙に舞った。
「久しぶりだね。一葉、父さん、こんなところで逢うとは思わなかったよ」
「ゆう、や……?」
「そうだよ、色々と話したいこともあるけど……」
悠夜は、突然仲間がやられ棒立ちとなった六体の悪鬼に目を向ける。
「まずは邪魔な奴等を片付けるとしようか」
その目には、少女に対して向けていた優しげな雰囲気は微塵もなく、身内を傷つけようとした敵に対する濃厚な殺意が宿っていた。
「待て!こいつらは―」
父親の風霧光夜が止めようとしたとき、既に悠夜の姿は消えていた。
強化系統魔法(肉体強化) 俊駆
一瞬で光夜の横をすり抜け、敵に肉薄した悠夜は、抜き放った長刀で一体目の首を撥ね、返す刀で二体目の胴を薙ぐ。
悠夜が手にしている長刀の性能と、悠夜の技量を持ってすれば、こんな甲殻すら持たない魔獣の肉体など豆腐も同然。巨大蜥蜴を倒す際に使用した武器の斬れ味を増幅させる魔法
強化系統魔法(武装強化) 刃輝
を使うまでもない。
「ギシャアアア!!」
自分達がとんでもない化け物の逆鱗に触れてしまったことを悟り、逃げ出そうとする悪鬼。
だが、そんなことは悠夜が許さない。流れる様な動きで三体目の喉を掻き切り、四体目の胸を串刺しにする。悠夜が長刀を引き抜くより速く、五体目が好機と見て背後から襲い掛かるが、悠夜はそれが分かっていたかの様に長刀から左手を離し、振り向きざまに魔法を放つ。
変性系統魔法 徹錐
悠夜の左手から打ち出された尖った円錐状の魔力塊が、五体目の頭部を吹き飛ばす。
最後の一体は、果敢にも応戦を試みたが、悠夜の剣速に全く反応できず撫で斬りにされる。
それはこの世界の常識からあまりにも逸脱した光景だった。
悠夜は、血糊を掃って長刀を鞘に納め、今だに茫然としている二人の少女に歩み寄った。
「一葉と……キミは誰だか知らないけどもう大丈夫だよ。」
少しでも安心させてやろうと二人の頭を撫でてやると勢いよく抱き着かれた。
「ぐすっ……ゆうやぁ、こわがったよぅ!」
「えぐっ、にぃさぁん!」
「一葉は相変わらず泣き虫だな、あと兄さんっていうのはなんのこと?」
悠夜が率直な感想を口にしていると、光夜に声を掛けられた。
「悠夜、お前悠夜なのか?」
「ああ、四年ぶりぐらいかな?急にどっか行ったと思ってたらこんなところにいたんだね」
「ははっ、間違いねぇ本物の悠夜だ。お前もこの世界に来てやがったか」
「まぁね。ところでこの子とその女性は?」
悠夜が尋ねると、光夜は少し照れ臭さそうな顔をして言った。
「おう、紹介が遅れたなこの人は雪子、俺の妻でお前の新しい母さんだ。それで今お前に抱き着いてるのが雪菜、お前の義理の妹だ」
「初めまして悠夜君、光夜さんからあなたのことは聞いているわ。あなたの母親の雪子です。」
先ほどまで沈黙を保っていた女性が悠夜に微笑み掛けた。
「え、えええええええええぇ!?」
そして、滅多なことでは動じない悠夜の絶叫が森に響き渡った。