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「なんとか、勝った……」
蹴りに全力を込めることのみを考えていたため、ほとんど受け身も取れず地面に落ちた悠夜は、そのまま手足を大の字に投げ出した。
ずいぶんと妙な所にきてしまったものだ。そんなことを考えながら夜空を見上げると、満天の星空が輝いていた。
「こんな星、空田舎でも見れないだろうな……」
そもそも星を見ようなどと考えるのは、子供のころサバイバルに関する本を読み漁っていた時以来だな。などと思っていると、ふと違和感を覚えた。
「おいおいこれって」
今まで星の数ばかりに目がいって気が付かなかったが、よく見てみると空には悠夜の知る星座が浮かんでいた。それに月の形も悠夜が元いたところと全く同じものだ。
「……ここは地球の日本なのか?」
困惑する悠夜。地球に存在しない動植物、魔法としか思えない現象、それでいて星の位置は地球の日本から見るのと同じ、まったくもって不可解だ。
「おもしろい」
だが、こんな状況にもかかわらず悠夜は好奇心をむき出しにしてわらっていた。
悠夜がこうも簡単に現状を受け入れているのは、元居た世界に未練がなく。悠夜自身がこのような状況になることを心の底で望んでいたからかもしれない。
そして悠夜の関心は今、自分がいるこの不可解な世界全てに向けられていた。
「この世界のこと、徹底的に解明してやろうじゃないか!」
…………
そして月日が流れ、一人の少年がこの世界に来てからもうすぐ一年が経とうとしていた。
「よし、こんなもんか」
この世界に来たときより身長が伸び、顔も精悍になった悠夜は、そう言って目の前の成果に納得する。
そんな悠夜の手には、鋭い光を放つ幅広で肉厚な一本の長刀が握られている。そして、悠夜の眼前には、全身が黒光りする分厚く、頑丈そうな鱗に覆われ、獰猛な牙と爪を持ち、さらにその口からは高温に熱せられた岩塊(ほとんど溶岩みたいなものだ)を吐き出す、全長が20メートル近くある巨大な蜥蜴が頭部を正面から真っ二つにされた姿で倒れていた。
これは、悠夜がつい最近編み出した刃物の切れ味を上昇させる魔法を使用した武器で、試し斬りを行った結果である。悠夜はこの魔法を「刃輝」と名付けていた。
悠夜がこの世界に来てから最初に取り掛かったのが魔法の研究である。
この世界に来てすぐに遭遇した猪が使った魔法を見た時に薄々感じていたが、ここに来てからずっと自分の中から湧き上がっていたなにかは魔力と考えて差し支えないものだった。
まず初めに、悠夜脳裏にはっきりと焼き付いている猪の使っていた魔法陣を思い浮かべそれと同じものを再現させようと、体の中にある魔力を手探りで操作し始めた。最初は今まで持っていなかった未知のものを使うということもあり四苦八苦したがなんとか再現することに成功した。しかし、効力は猪が使ったものにはまるで及ばなかった。
その後、他の生物(以後魔法を使う獣ということで魔獣と呼ぶことにした。)の使う魔法も観察してみると魔獣によって使う魔法は千差万別で、似たような効果を持つ魔法でも使う魔獣によって魔法陣は全く異なるものだった。しかし、そんな幾つもの魔法と魔法陣のなかにも一定の法則があることに悠夜は気が付いた。
悠夜はその法則を魔法の法則=魔法則と名付け、魔法陣は術式と改名。そして法則の解析、さらに自分が使うための魔法の開発を始めた。
研究、開発、実験、そして実戦。
この森には悠夜が元いた世界の生物を凶暴で巨大にしたものから、鬼や竜など元いた世界では架空の存在だったものまで、様々な魔獣が生息しているが、これらを繰り返す内にこの森の魔獣は全て倒せるようになっていた。
「もうこの森からも出るとするか。」
この森は周りを低い山に囲まれ、中心に近づくほど凶暴な魔獣が生息しており、中心から離れるほど生息する魔獣は弱い物になる。悠夜が初めに居た場所は中心からかなり離れたこの森で下級程度の力を持つ魔獣の生息地帯だった。
最初に遭遇した猪は下級の中でも下位の魔獣で、それにギリギリで勝つのが精一杯だった悠夜が、今身に纏っている装備は……
・頭部に刀のような角を生やし、それ以外は恐竜のティラノサウルスに似た体躯を持つ魔獣の角で造った長刀。
・サーベルタイガーにライオンの鬣をくっつけたような魔獣の牙を削って造った大型ナイフ。
・先ほど倒した巨大蜥蜴の皮で造ったレザーコートとズボン。
・レザーコートの下には鋼のような甲羅と一軒家ぐらいの巨体を持つ亀の甲羅で造った胸当て、籠手、脛当て。
これらは全てこの森の中心、その中でも上位の魔獣の素材から造った装備である。
今ではすっかりこの森の生態系の頂点に君臨する存在となった悠夜は、これ以上この森から学べるものはないと考えていた。
「さて、そろそろ人を捜すか」
普通の人間の感覚であれば真っ先に、この考えに至るだろうが悠夜の場合は(この世界に僕以外の人間が居るのかどうかなんて分からないし、居たとしても意志疎通が可能かどうかも分からないから後回しでいっか。それより魔法だな!)
などと考え命の危険も顧みず興味を持ったことに没頭するあたりが、いかに悠夜の価値観が常人とズレているかを物語っている。
元々持ち物などは今身に着けている装備と、この近くの洞窟(元々は大蛇の魔物が住んでいたが立ち退いてもらった)にストックしてある薬草、食糧、魔獣の素材ぐらいでいつでも取りに帰って来るのが可能なため、悠夜は手早く準備を済ませると森の外へ向かって歩き出した。
一日掛けて森を抜け、森を囲む山へと入る。ここまで来ると魔力を持っていても魔法を使えない魔獣(これは魔獣と言っていいのだろうか?)や使えても大した威力を持たないものばかりなので悠夜にとっては、いてもいなくても同じようなものである。
しばらく山を登り、さして高くもない山の頂上に立った悠夜は魔法を発動させる。
強化系統魔法(感覚強化) 遠視
悠夜の両目に術式が浮かび上がり、視力が猛禽類並みに上昇する。
「おっ!」
そして悠夜は目当てのものを発見する。山の下には悠夜が先ほどまで居た森とは違う種類の木々から成る森が広がりその森を抜けた所に街らしきものがあった。
とりあえずあそこへ行こう。そう思い歩きだそうとしたところで悠夜は森の中から複数の魔力の余波を感じた。魔力の余波とは、魔法を発動させるため術式に魔力を通す際、術式に入りきらなかった余分な魔力が空気中に流れ出すことで生じるものであり、悠夜の鍛え上げられた魔力感度はかなりの広範囲における魔力の余波を感知することができる。しかし、今回の場合は悠夜の魔力感度が優れているというより、単に魔力の余波が大きく感知しやすかっただけである。
「一体どれだけ効率の悪い魔法を使っているんだ……?」
少々気になったので、悠夜は寄り道することにした。
強化系統魔法(肉体強化) 俊駆
速力を強化した悠夜は、次の瞬間にはその場から消え去っていた。
悠夜が森で過ごした一年間は、今後少しずつ補足を加えていく予定です。
感想の中に何件かあった「こんな森の中でどうやって武器なんか造ったの?」的な質問にも、今後の会話や回想の中で答えていくつもりです。