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世界の裏の魔法則  作者: 初日
第六章 編入
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 学校の図書室の奥の方にある一つの部屋。

 その中には、それほど広くもないスペースに陳列棚が半ば強引に設置された。

 ここも一応、図書室の一部であるはずなのだが、ここだけ人に使われた形跡がほとんど感じられない。


非公開研究資料保管室


 それが、この部屋の名称。

 この学校には、この世界のありとあらゆる物事についての研究資料が保管されている。

 ありとあらゆるというのは、街の図書館に置かれているような書籍化されたものだけでなく、未完成なもの、実証されていないもの、途中で研究が打ち切られたものなども含んでいる。

 元々この学校の図書室は、先人達が後学のために、現存する研究資料を成功したものから失敗したものまで、可能な限りかき集めたことによってできたらしい。

 たとえ評価されなかったり、失敗とみなされた研究資料であっても、そこから学べることが少しでもあれば、と。

 だが、そんな先人達の思想とは関係なく、人というのは成功したものや評価されたものを好む生き物だ。

 たいていの場合、調べたいことがあるならきちんと評価された研究資料だけを参照し、わざわざそれ以外の研究資料にまで手を出そうとはしない。

 インターネットなんて便利なものが存在しないこの世界では尚更だ。

 結果、評価されなかった研究資料はほとんど見向きされることもなく、扱いもだんだん雑になり、こうして図書室の奥で埃を被ることとなる。


 まあ、非公開研究資料とは、言葉だけならなんだか凄そうな感じがしないこともないかもしれないが、実際のところは単なる失敗作でしかなく、ここはそのはき溜めみたいなものなのだ。

 相当な物好きでもない限り、ここに保管されている研究資料を閲覧しようとする者はいないだろう。

 最近では閲覧者のあまりの少なさから、この部屋の資料の破棄を提案する者までいるくらいだとか。


 そして、そんな失敗作とみなされた研究資料に興味を持つ相当な物好き、というか変わり者が一人。




ズポッ―――ムワッ


「うわっ、汚っ」


 ギュウギュウ詰めにされた資料の一つを引っ張り出した途端、盛大に舞い上がった埃が小規模な煙幕となる。


「ゲホッ、ゲホッ…………年単位で掃除されてない……。掃除当番だの清掃員だのは何やってるんだよ」


 悪態をつきながらも悠夜は風魔法で煙幕を散らす。図書室の中は確か魔法の使用が禁止されていたはずだが、まあ誰も見ていないし、悪用するわけでもないので別にいいだろう。

 そうして確保した視界の中で、引っ張り出した資料に目をやる。


 ………………ネズミに齧られたらしく、全体の四分の一近くが消失していた。


「おいおい」

 

 灰色の煙幕を追加で発生させながら、他にもいくつか資料を引っ張り出してみるが、虫に喰われていたり、ひどく色あせていたり、カビが生えていたりと、あまりにも杜撰な保存状態だった。


「…………読みたい資料以前に、読める資料を探すことから始める必要がありそうだな」


 保管とは名ばかりで、見たところ紐で留めただけの紙の束が狭いスペースに無造作に詰め込まれているだけだ。

 

 悠夜は溜息をつきながら、まずは積もりに積もった埃の絨毯を排除すべく、掃除用具箱を探し始めた。




 掃除を始めてしばらくすると、陳列棚の中に詰め込まれた資料の隙間には、様々な生物が生息していることが分かった。

 ネズミ、ゴキブリ、クモ、ムカデなどなど、人―――特に女の子―――によっては悲鳴を上げて逃げ出しかねない嫌われ者たちがわんさかと。

 しかもこの世界で独自の進化を遂げたのか、ネズミは体毛が長くなっていたり、ゴキブリは二回りほど大きくなっていたり、クモは脚の数が増えていたり、ムカデは横幅はほとんど同じだが、長さがやたらと伸びていたりと、とにかく見た目がおぞましい。


「(こりゃあ人が寄り付かないわけだ)」


 ネズミとゴキブリを追い払い、クモの巣をかき分け、ムカデを資料まで燃やさないよう火力を調整した火魔法で的確に焼き殺しながら、悠夜は内心納得する。

 ここは、こういったカサカサする感じの生物が嫌いな者にとっては魔境のようなところだ。

 その上、汚いし、保管?されている資料は状態のひどいものばかり。

 確固たる目的でもなければ、ここで資料を漁ろうとは思わないだろう。




「とりあえず、こんなもんか」


 予定になかったボランティア清掃活動を終え、きちんと原形を保っている資料とそうでないものを選り分け、さらにその中から、自分の目的に合致した資料を選び出して、ようやく悠夜は一息つく。


 現在図書室の椅子に座る悠夜の前には、紙の束に穴を開けて紐を通しただけの、パッと見ただけでは何の資料なのか分からないものがいくつか積まれている。

 これらは、全て魔法理論に関する資料だ。


 悠夜は狩人育成学校の編入試験を受けるにあたり、その筆記試験に備えて、それまでは全く興味を持つことのかった一般に普及している魔法理論や魔法の歴史に関する勉強を春休み中にやっていた。

 興味のないことに対してほとんど関心を示さない悠夜は、最初のうちは、図書館に置いてあったそれらに関する書物や借りた教科書の重要そうなところを機械的に暗記していただけだったのだが、途中で気になることが出てきた。


 どうにも魔法開発の歴史は、何人もの研究者が幾つもの魔法理論を打ち立てたが、実用化に至った魔法は極わずかしかなく、その中の実用化に成功した数少ない魔法を研鑚、洗練、改良していった結果、現在使われている魔法が出来上がったらしい。


 ここで悠夜の中に一つの疑問が生まれた。


 当時実用化に至らなかった魔法理論は、本当に実用化不可能だったのだろうか?


 当時提唱された魔法理論の実証テストを行った者が、悠夜のような魔力密度や魔力精度を向上させる訓練を積んでいたとは思えない。


 魔力の質が並みの人間には不可能でも、使用者を魔力の質を上位の魔獣並みに鍛え込んでいる悠夜に限定すれば、実用化可能な理論もあるかもしれない。


 普通の人間にとっては役に立たない理論でも、悠夜にとっては役立つものが眠っているかもしれない。


 故に悠夜は、一葉からこの部屋の存在を聞いたときから、編入したら一度行ってみたいと思っていた。(この学校の生徒でなくとも、許可さえ取ればこういった資料を閲覧することはできるが、手続きが面倒な上に目立ちそうだったので、ここの生徒になるまで待つことにした。)


 そして、悠夜は晴れてこの学校の生徒となった。

 今日は入学式ということもあり、生徒は皆さっさと帰宅しており、今の図書室には悠夜しかいない。

 いつでも来ることができるにもかかわらず、今日来たのはこれが理由だ。

 これらの資料は持ち出し禁止なので、図書室内で閲覧しなければならない。だが、こんなマイナーな資料を引っ張り出していれば嫌でも目立つ。

 妙なやつだと思われる程度なら別にかまわないが、詮索されるのは面倒だ。


 明日からは平常授業なので、ここも悠夜の貸し切り状態とはいかなくなるだろう。

 人目がないうちに可能な限り目を通しておこうと、悠夜は資料の一つに手を伸ばし―――止める。

 視線を机の上に置かれた紙の束から離して、図書室の中をぐるりと見渡すが、今の悠夜の位置から見える範囲に人影はない。

 気配も感じない。

 しかし、自分が何者かに見られていると直感が告げていた。


 悠夜は瞬時に体内の魔力を活性化させ、魔力感度を引き上げる。

 だが、それでも悠夜の索敵に引っ掛かるものは何もなかった。

 この状況には覚えがある。

 かつて「死の森」で何度も経験した。

 隠密系統の魔法で気配を消した魔獣が、身を潜めて自分を狙っているとき、それとよく似ている。


 これ以上の精度で索敵を行うには、探知効果を持った多式魔法を使うしかない。

 本来なら、こんないつ誰が来るかも分からないところで多式魔法を使うのはタブーだ。

 しかも、今は誰かが自分を見ているという確信がある。

 しかし悠夜は迷わなかった。


強化系統魔法(感覚強化) 音追いおとおい


 聴覚を極限まで強化して周囲を探る。

 そして、人間としての領域を逸脱した悠夜の聴覚は、二つの規則的な鼓動を聴き取った。

 人間の心音だ。

 一つは自分から発せられるもの、もう一つはここから数えて三番目の本棚の後ろから発せられているもの。


「(っ!?近い!)」


 気配がないとはいえ、これだけの距離に近付かれるまで気付かなかったことに驚愕するが、理由はすぐに分かった。

 この相手には自分に対する殺意がないのだ。

 だから危機管理能力による発見が大幅に遅れた。

 だが、向こうに殺意がないからといって放っておくつもりはない。

 悠夜は流れるような動きで、ほとんど音を立てることなく椅子から立ち上がり、魔法を切り替える。


強化系統魔法(肉体強化+感覚強化) 闘氣とうき


 臨戦態勢を取った悠夜は、それほど長くもない距離を瞬時に詰める。

 さきほど聴き取れた心音は人間のものだった。

 しかし、ここまで巧妙に気配を消すことができる人間を悠夜は自分以外に知らない。

 自分以外にこんなことができるとすれば、心当たりは一人だけ。


 そして、一瞬で音源に辿り着いた悠夜の眼前には、


「また会ったのう、少年」


 予想通りの人物が立っていた。




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