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「悠夜、梓、こっちこっち」
悠夜がこの世界の職員室に対して偏見に近い感想を抱きながら武闘館へ向かうと、武闘館の入り口の近くで一葉が見知らぬ少女と一緒に悠夜達を待っていた。
「待っててくれたのか」
「まあね、一端教室によって来たから、たいして待ってないけど。そっちは案外早かったわね」
「ああ、幾つか諸注意受けただけだったからね。それと、職員室がヤクザ事務所みたいになってたんだけど、あれは?」
「!?……え、えっと、あれは、その……」
悠夜はなんとなく聞いてみただけだったのだが、一葉は目に見えて狼狽え始めた。
「確かにあそこは、強面な人がいっぱいるよね~。一葉なんかさぁ、初めて職員室行ったとき―――」
「わぁああああ!?」
慌てて一緒にいた少女の言葉を遮る一葉。
「その人は友達?」
その人というのは、一葉の隣にいるオレンジ色の腰あたりまで伸びたポニーテールと紫水晶のような瞳を持った少女のことだ。
「ま、まあ、そんなところ、ほら、自己紹介しなさいよっ」
なにやら無理矢理話を逸らすかのように、一葉が隣の少女の肩を押す。
そのとき悠夜には、一瞬少女が一葉のことを、捕えた鼠をいたぶる猫のような目で見た気がした。
「うん、あたしは渡瀬玲奈。一葉とは入学以来の付き合いで、今年も同じクラスだよ、よろしくねっ」
見たところ、明るくハキハキとした感じの話しやすそうな少女だ。
「へえ、じゃあ僕らとも同じクラスだね。僕は風霧悠夜、一葉から聞いてるかもしれないけど、渡り人で一葉とは幼馴染、今は義理の兄でもある。以後よろしく」
「オレは風霧梓。オレのこともよろしくな」
悠夜は丁寧に、梓は手短に自己紹介をする。
「ふーん、きみが悠夜くんかぁ」
どうも玲奈は悠夜に興味があるらしく、顎に手をあて、なにやら品定めをするような視線を向けてくる。
「(ふむ、あんまり目立つ容姿って訳じゃないけど、素体はかなりいいし、十分イケメンに分類される顔ね。それにこの年で第三級狩人なら、将来はほとんど約束されてるようなのもだし、どんな性格かはまだわからないけど、見た感じでは人も良さそう。
一葉、こりゃあ、競争率凄いぞ~)」
「どうかした?」
「ん、なんでもないよ、ただ一葉の想いび、ぐうぅっ!?」
「な、なに言おうとしてんのよ!?」
玲奈が何かを言うより早く、一葉が背後からチョークスリーパーを掛けてその首を締め上げる。
「どうしたんだ?なにか言われるとマズイことでも?」
「なんでもないから!」(グイ)
「~~~~~!」
「重い?とか言ってた気が―――」
「ほんとに、なんでもないんだってば!!」(グイグイ)
「~~~~~~~~~~!!」
顔を真っ赤にしながら否定を重ねる一葉。
そうしている間にも一葉の腕の中では、玲奈がなんだかヤバそうな顔で、必死に自分の首に回された一葉の腕をタップしているのだが、一葉はそれに気付くどころか、むしろグイグイと玲奈の首をきつく締め上げる。
「そうか、わかったから、とりあえずその子放してやったらどうだ?このままだと、もうじき意識が飛ぶよ?」
「あ」
一葉は悠夜に指摘されてようやく、自分のチョークスリーパーによって玲奈が絞め落とされかけていることに気付き、すぐに玲奈を解放する。
「ゲホッ、ゲホッ…………、か、かじゅは……ひど、い」
ようやく気管と頚動脈の圧迫から解放され、満足な空気を肺に取り込むことができた玲奈は、むせ返りながらその場にへたり込み、恨みがましい視線を一葉に向ける。
「ご、ごめん。……って、元はといえば、玲奈が余計なこと言おうとしたからでしょ!」
「ケホッ……あたしは、ウブな一葉へ、気の効いた援護射撃をしてあげようと思っただけなのに」
「それこそ余計なお世話よっ!そもそもアンタは、おもしろがってるだけでしょうが!!」
イマイチ内容が理解できない会話を繰り広げる二人を見て、頭の上にクエッションマークを浮かべる悠夜。
会話の内容をきちんと理解している梓は、そんな唐変木を見て溜息をついていた。
「(けっこう空いてるな)」
入学式開始直前になっても、武闘館の在学生用の座席は空席が多かった。
武闘館の観客席の一角には壇上が設置されていて、新入生用の座席は壇上を半円状に囲むような形で設けられ、在校生用の座席がその後方に設けられている。
四人は後方の在校生用の座席の中でも、比較的後ろの方に座っていたので、そのことがよく分かった。
ちなみに座席は自由となっており、左から梓、悠夜、一葉、玲奈の順で座っている。
ここでも多くの―――主に男子の―――視線を集めたが、当然悠夜は気にしないし、他の三人も同様だ。
「一葉、入学式の参加者って毎年こんな感じ?」
「うん、一応全員参加ってことになってるけど、ここの人達は実質主義で、こういう形式だけの行事にはあんまり興味ないんだよね。教師側も出席とったりしないっていうか、ほとんどサボるの黙認しちゃってるから、真面目な生徒と新入生に弟や妹がいる生徒はともかく、不真面目だったり、面倒臭がりだったりする生徒はまず来ないわ」
「カワイイ新入生がいないかとかチェックしに来てるのは別だけどね」
一葉の言葉に補足を加えた玲奈は、前々から聞いていた一葉の家族―――主に悠夜―――を見るのが目的で学校に来ただけであり、それがなければ今頃は自宅のベッドの中だっただろう。
「あっちの世界でもやってるから、とりあえず、こっちの世界でもやっておこう、みたいな感じかな?」
この世界には、親が子供の入学式や卒業式に参列する風習はない、と光夜が言っていたので、あまりこういった行事は定着していないようだが。
「まあ、そんなところなんじゃねぇか。つうか、悠夜だって雪菜が新入生の中にいなかったらサボってたんじゃねぇの?」
「たぶんね」
「あ、やっぱり悠夜くんも出る理由がなかったらサボるんだ」
「「も」ってことは、渡瀬も?」
「もちろん、あと二人ともあたしのことは玲奈でいいよ。あたしの方も下の名前で呼ぶつもりだし」
「わかった」
「オレら全員苗字同じだしな」
四人が身も蓋もない会話をしているうちに入学式開始の時間となり、観客席の一角に設けられた檀上に、白く染まった長い髪を持つ、いかにも魔法使いといった感じの老人が姿を現した。
悠夜が以前、川の畔で出会ったあの老人だ。
以前会ったときは、飄々としていて掴みどころのない、風に揺れる楓のような雰囲気を纏っていた。
しかし、今纏っている雰囲気はまるで違う。
威圧感や圧迫感といったものはないが、その代りに凄まじい存在感がある。
そしてどう考えても、全盛期はもちろん老兵の範疇すらとっくに通り越しているはずにもかかわらず、「老い」というものが一切感じられない。
むしろ、大地に深く根を張り、天をも貫かんとする大樹の如き力強さがある。
この場には、腕っぷしに自信のある者も少なからずいるが、そんな彼等ですら、目の前の圧倒的な強者の貫録を持つ老人には勝てる気がしなかった。
たった一人の例外を除いて。
老人はまだ一言も言葉を発していないが、老人が姿を現した時点で全ての生徒と教職員が壇上に注目し、それまでざわついていた武闘館の中はシンと静まり返っていた。
老人はぐるりと辺りを見渡す。
そのとき、一瞬ではあるが確かに悠夜と目が合った。
また会ったのう、少年。
そう言われた気がした。
そして老人は、ゆっくりと口を開く。
「おはよう、諸君。私はこの街の狩人育成学校長の九曜源馬だ」
こうして、渡り人風霧悠夜と賢者九曜源馬は再会した。