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「…………は?」
思わず間抜けな声をだす悠夜。
しかしそれも無理はないだろう、ついさっきまで多少田舎っぽいとは言え、ちゃんと舗装された道を歩いていたはずの自分が、いつの間にか鬱蒼とした森の中に立っているのだから。
さらに、さっきまでの不快感は消えたものの依然として、体の中にはなにかが湧き上がってくるような感覚が残っている。
「ここはどこだ? 僕はいったいいつこんなジャングルの中に足を踏み入れた?」
あたりを見渡してみても視界に入ってくるのは巨大な木々ばかりで、元いた場所の面影などどこにもない。
「とりあえず川でも探して下流を目指すか」
パニックを起こすでもなく、取り乱すでもなく、自分でも不思議なくらい冷静に悠夜は行動を開始した。元々図太く、何事にも動じない性格の悠夜だが、これは少々異常かもしれない、本人に自覚はないが……。
「やっぱりこれも似てるようで違うな」
子供のころに一度、サバイバルに興味を持ったことがあり、そのとき得た知識の中には食べる事が可能な植物に関する物もある。
月明かりで夜にもかかわらず、ある程度確保できる視界を頼りにしばらく進む内気が付いたことだが、この森の植物は悠夜の知らないものがほとんどで、たまに知っているものがあると思えば、よく見てみると微妙に違ったりする。
「これは本格的にここが地球かどうか怪しくなってきたな」
悠夜がそう言った時、がさがさと茂みが揺れ、そこから巨大な猪が出てきた。
「ここが地球じゃないのは決定だな」
そう言って、悠夜はいつでも動けるように重心を低くし、敵意むきだしの相手を見据える。
目の前の猪は高さが2メートルを超え、全身が毛皮ではなく、岩の様な質感を思わせる甲殻に身を包んでいる。明らかに地球には存在しない生物だ。
「オオオオォン!!」
「なっ!?」
猪が雄叫びを上げ、ほとんど予備動作なしで突進してきた。
その速度はまるで弾丸の様で、さすがの悠夜も驚愕に目を見開く。
猪を生で見るのは、これが初めてではない。昔、父親に修行の一環で相手をさせられたことがある(なんのための修行なのかは分からない)が、地球の猪はこんなバカげた速さでは走れない。咄嗟に横に跳んで躱すと背後で轟音が響く。振り向くと悠夜の後ろにあった猪の横幅と同じ位の幹を持つ木がへし折れていた。いつでも動けるようにしていなければ、良くて重症、最悪即死もありえただろう。
背中に冷たい汗が流れるのを感じながらも悠夜は素早く立ち上がり、手近な木から手頃な枝を一本むしり取る。当然こんなものが、あんないかにも堅そうな甲殻に効くとは思わないし、悠夜もそんなことをしようとは思っていない。猪が再びこちらを向き突進を仕掛けてくる。悠夜は、またこれを躱し猪が二本目の木をへし折ってから、方向転換を行い、動きが止まったほんの一瞬の間に、猪の右目にとがった木の枝を突き刺した。
普通の人間では、一度見ただけで方向転換から突進までの合間に生じる一瞬の隙を見つけることは難しい、仮に見つける事ができてもその一瞬の隙に攻撃を仕掛けるのは並大抵の度胸ではできない。手にしているのが細い木の枝で、眼球という小さい的に攻撃をあてなければならないとなれば尚更である。しかし、悠夜はそれをなんの躊躇もなく実行し、しかも成功させてみせた。
「グオオオオォン!?」
最初とは違う種類の鳴き声を上げる猪。今ので戦意を喪失してくれると良かったのだが、どうやらそうはいかなかったようで、猪は悠夜に凄まじい殺気を向けてくる。さらに猪の正面に幾何学的な模様 まさしくRPGに登場する魔法陣のようなものが現れる。
「まさか魔法とかっ」
再度突進してくる猪、速度自体はさっきまでと同じなので躱すことはできたが、突進の威力は同じではなかった。今までとは違い猪の突進を受けた木は幹がへし折れるのではなく粉々に砕け散っていた。
「ヤバい威力だけど、スピードがそのままなら!」
悠夜は、猪との距離を詰めるべく全速力で駆け出す。元より逃げるという選択肢はない。こんな足場の悪い上に、障害物だらけの状況で、障害物を無視して、自分よりもずっと速く移動可能な相手から逃げ切るのは不可能だ。この場で仕留めるか、追い払う以外に生き残る術はない。
悠夜は猪から見て右 潰れた目の死角に入る様に接近する。そして、猪が悠夜を視界に入れようと残った左目を悠夜に向けた瞬間、悠夜は全力で跳躍し、さらに太い木の枝を掴んで体を
引っ張り上げ、猪の視界から逃れる。そして悠夜の姿を見失って驚いている猪の右目、正確にはそこに刺さっている枝に向かって全体重を乗せた蹴りを放つ。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
枝はそのほとんどが見えなくなるまで深々と突き刺さり、どうやら脳まで達したようで、猪は断末魔をあげると地面に倒れ伏した。