9
違う世界から来たということもあり、魔法の知識がそれほど豊富でない光夜と一葉は早々にギブアップして、「なんだか凄そうなこと言ってるな~」みたいな顔をしていたが、雪子と雪菜は魔法の知識が豊富にあり、悠夜の言っていることがある程度、理解できたため、「開いた口が塞がらない」といった顔をしていた。
「これが、僕の発見した魔法の原理と法則だ。僕はこれらのことを、魔法則と呼んでいる。」
「ふぅ」と悠夜は長い説明を終えて一息ついた。
「よく分からんがお前の魔法はすげえみたいだな」
「悠夜は住む世界が変わっても悠夜なのね……。」
「…………」
「…………」
光夜と一葉は、悠夜の興味を持ったものに対するのめり込み具合が、まるで変っていないどころか、重症化していることに呆れている様だが、雪子と雪菜は驚き過ぎて物も言えない様子だ。
「ちょっと二人ともっ」
それに気付いた一葉が、二人を揺さぶる。
「「……はっ!」」
どうやら戻ってきたようだ。
「二人とも大丈夫?なんか茫然って感じだったけど。悠夜の話ってそんなに凄かったの?」
「凄いなんてものじゃないよ。これじゃ確かに、わたし達の魔法が原始的って言われても仕方ないね」
「そうね。魔法の歴史が、根底から覆されかねないわ」
「そんなにっ!?」
二人の言葉に一葉が声を上げ、光夜が目を見開く。
雪子は、この世界の中でもかなり魔法に関する知識を持っているし、雪菜も雪子には及ばないが、同年代の中ではかなり魔法に詳しい方だ。
その二人が、これほどの評価を下すとは思っていなかった。
「そうね、悠夜の魔法と、私達の魔法を武器に例えるのなら、研ぎ澄まされた名刀と、道端に落ちてる棒切れぐらいの性能差があるわ」
「棒切れだと!?」
光夜が、素っ頓狂な声を上げる。
「じゃあ、この魔法を広めれば、魔獣との戦いもずっと楽になるんじゃないの!?」
興奮した様子で、身を乗り出す一葉。
しかし、雪子は首を横に振った。
「それはやめた方がいいわ」
「え。どうして?」
「悠夜の魔法は進み過ぎているの。私は魔法についてかなりのことを知っているつもりだったけど、それでも理解できない部分がたくさんあった。ほとんどの人間にとって、悠夜の理論は何を言っているのか、さっぱりでしょうね。それに……」
口ごもった雪子の言葉を光夜が引き継いだ。
「こういったことのお偉いさんは、頭が固いと相場が決まってる。
かつて地動説を唱えたガリレオは裁判で有罪判決を受け、ガリレオの理論が正しかったってことが証明されたのは、かなりの時間が経ってからだったしな。
この弱肉強食の世界において魔法は、生き残る上で最も有効な手段で命綱だ。そんな世界の住人に、「あんたらの使っている魔法は時代遅れで非効率的だ」なんて言って、いったいどれだけの人間がその言葉を信じる?
仮にそれが、証明されたとしても、それを受け入れることができるか?」
「しかもそれを言ってるのが、一年前まで魔法の存在しない世界に住んでた、十代半ばの子供となればねぇ……」
悠夜もこの魔法を公にする気はなかった。
悠夜はこの世界に来て一年足らずで、この世界の魔法の歴史に、追い付き、追い抜き、突き放した。
そんなこと信じる者がいるとは思えない。
信じたとしても、異端として扱われる可能性が高い。
ガリレオのような目に合うのは御免だ。
それに、たとえそういった事態にならなくても、目立つのは避けられないし、面倒事に巻き込まれるのは確実だ。
「それじゃあこの魔法は……」
「秘密にしといた方がいいな」
光夜の言葉に全員が頷いた。
{雪子}
「(光夜さんと一葉から、話には聞いていたけど、予想以上にとんでもない子だったわね……)」
夕食を終え、後片付けをしながら雪子は、リビングで二人の娘と会話している悠夜を見た。
雪子が光夜と一葉から聞いた悠夜の人物像は、
・興味を持ったことには、ひたすら没頭し、一切の努力を惜しまない。
・逆に、興味のないことには、ほとんど関心を示さない。
・戦闘と分析に、非凡な才能を持っている。(元いた世界では、光夜の営んでいた実戦剣術道場で類い稀な才能を見せ、10歳の頃には師範である光夜を超えたとか。)
・気まぐれで自分本位だが、不思議と人望がある。
・鈍感!朴念仁!唐変木!(全て一葉の言葉。)
以上が、主なものである。
今回は、一つ目と、三つ目が、重なったのだろうが、それにしてもこれは常軌を逸している。
第二~五級危険指定生物によって、生態系が成り立っている「死の森」は、「黄泉の谷」、「魔の湿地」、「飛竜山脈」、「恐獣高原」を含めて全部で五ヵ所存在する最上級危険指定区域の一つなのだ。(まあ、人間が把握できているのは、街の周辺にある限られた地域だけであり、人跡未踏の地など、ざらどころか、いくらでも存在するのだが……。)
そんなところで、一年近くもサバイバル生活を送り、あたかも生態系の頂点に立ってしまうなど、到底人間に可能な所業ではない。
悠夜は間違いなく、現時点で人類最強の存在だ。
もしも悠夜がその気になれば、街一つ壊滅状態に陥らせることだって、できてしまうだろう。
それほどに圧倒的で危険な力なのだ。
「でも、そんなことはありえないわね。とても良い子みたいだし」
雪子の視線の先では、三人が楽しそうに談笑していた。
幼馴染の一葉はともかく、初対面の雪菜もすっかり打ち解けていた。
雪菜は昔から、頼れる兄というものに憧れを持っていたので、悠夜にとても懐いているようだ。見ていてとても微笑ましい。
「それに、光夜さんの苦悩も消えたし」
この「世界の裏」に来てからずっと光夜は、悠夜を一人元の世界に置いて来てしまったことに責任を感じていた。
しかし、もうそれを気にする必要はなくなった。
「これからは、今までより、ずっと賑やかになるわね」
そう言って、雪子は微笑んだ。