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「―以上が僕の装備だ」
悠夜の装備についての説明を聞いて、今度は光夜達の方が愕然となった。
どれもこれもが、第二~三級指定危険生物の素材であり、一つでも手に入れようと思えば(そんなことをしようとする者は滅多にいないだろうが)、相当な戦力と犠牲が必要になる。売り払えば、とんでもない額になる代物ばかりだったのだ。
愕然とする一同を置いて、悠夜はずっと気になっていた話題を切り出した。
「僕の方からも聞きたいんだけど、この世界で普及しているのは、一体どういう魔法なんだ?」
これは素朴な疑問だった。
もしもこの世界に住む人々が、悠夜と同じか、それに近い魔法を使うことが可能なら、少なくともこの近くの森で悠夜が戦った(あれは一方的な蹂躙だったかもしれないが)、悪鬼ぐらい、ある程度の実力があれば倒せるはずなのだ。それができないということは、つまり……。
「……魔法については、私が説明するわ。そうね、まず魔法っていうのは―」
ようやく驚愕から立ち直った雪子から、この世界の魔法についての常識を教えられ、雪子が得意とする水魔法(雪子は水魔法以外にも氷魔法が使え、雪菜は氷魔法、光夜と一葉は強化魔法を使えるらしい。)を実際に見せられた悠夜の感想は
「…………なんて原始的な魔法なんだ」
この一言に尽きる。
「げ、原始的……」
魔法の専門家や研究者には、到底聞かせられないセリフに顔を引きつらせる一同。
しかし、これが悠夜の嘘偽りない本音なのだ。
まず、魔力についての理解が浅すぎる。
世界の裏の人々にとって魔力とは、「全ての生き物が持っている生命エネルギー」程度の認識でしかなく、量に違いがあることは分かっていても、密度に違いがあることは分かっていない。魔獣の使っている魔法を人間が真似をして使っても、うまくいかないのは、魔力の密度ではなく量が足りない、または、人間と魔獣では魔力の質が違うからだ、と思い込んでいる。(悠夜の開発した、魔力を圧縮する術式を使えば、効率は悪いが魔獣用の魔法を人間が使ってもそれなりの威力を発揮できる。)
更に驚きなのが、人間に扱える魔法は全部で七つ存在する系統のうち属性系統魔法と強化系統魔法の二つみで、それ以外の系統の魔法は、人間には使用不可となっているのだ。(属性系統魔法と強化系統魔法以外の系統の魔法が、使えないと思われているのは、それらが属性系統魔法と強化系統魔法よりも、高い魔力密度、または特殊な流れの魔力回路を必要とするからであり、悠夜の開発した術式を使えば問題ない。)
その上、使用可能とされている属性系統魔法と強化系統魔法にしても、属性系統魔法は火、水、氷、雷、風、土、の六つまでしか使えず、光と闇の属性は扱いの難しさから使用不可。
強化魔法に至っては、肉体強化で体力の総合値を底上げするだけで、悠夜の感覚強化や武装強化のような使い方はもちろん、『俊駆』のように特定の能力のみに強化を集中させることすらできないときている。
そもそも、魔法を発動させるための術式の構造が単純過ぎる。
悠夜が、悪鬼の一体を倒す際に使用した魔法。『首刈り鎌』と一般的な風魔法を比較すると、まず『首刈り鎌』の術式は、魔力を風に変換する工程、風を刃の様に鋭い形にする工程、精製した風の刃を高速で飛ばす工程、主にこれら三つの工程の組み合わせによって成り立っていて、組み合わせを変えることで、これ以外にも様々なバリエーションの風の魔法に変化する。(元々は、魔力を圧縮する術式も組み込まれていたのだが、悠夜は自身の魔力密度を上昇させる鍛錬法を編み出し、今では上位の魔獣並みの魔力密度を持っているため、この術式は取り除かれた。)
それに対して、一般的な風魔法の術式は、魔力を風に変換する工程を含んだ術式が一つ存在するだけでバリエーションなどない。
単に風を発生させるだけで、その後、風に形を与えるのも、形を与えた風を敵まで届かせるのも、全ての処理を術者が己のイメージと技量で行わなければならないのだ。
そんなことをしていれば当然、余分な魔力を消費するし、威力も下がる。一つの分野を極めるのにも相当な鍛錬が必要になるだろう。
この世界では二つの属性を習得しているだけで、かなりの実力者とみなされるらしい。
(全属性どころか、全系統習得してる僕は一体どうなるんだ……?)
「こりゃあ、あんな雑魚にも勝てないワケだ」
悠夜は溜息混じりにつぶやいた。予想はしていたが、この世界の魔法の性能は、その予想すら遙かに下回るものだった。
「いや、私達にとっては、かなりの脅威なんだけど……」
「これでも俺と雪子は、それなりに腕の立つ狩人なんだぜ……」
「原始的は、言い過ぎだと思うわ」
「兄さんの使ってる魔法は、わたし達のとはどう違うの?」
悠夜の、この世界の魔法に対する評価に、四人から批判的な視線が向けられるが、悠夜はこんな粗雑な魔法の評価などこれで十分だと思っていた。
「いいか、まず魔力っていうのは……」
それから悠夜の魔力、術式、魔法に関する講義が始まった。
悠夜は死の森で研究し発見したことを事細かに、実演も含めて説明した。
まず、魔力は程度に違いがあれどこの世界の全ての生命が持っている。
しかし魔力単体ではなんの意味もなく、魔力は術式を介することで初めて魔法という一つの現象になる。
術式とは魔力という実体のない、しかし確かに存在する力を動力にして魔法を発動させる、いわばプログラムのようなものであり、術式の組み方次第でどのような魔法になるかが決定する。また、不完全だったり、誤りを含んだプログラムを動かすとエラーが発生するように術式も組み方に無理があれば魔法は発動しない。
次に魔力には、
魔力量、魔力密度、魔力精度、魔力感度、魔力回復速度
の五つの要素が深く関わっている。
魔力量:
それぞれの個体が所有する魔力の量。残りの魔力量が少なくなると疲労を感じ、これが尽きると動けなくなるほどに疲弊、しばらくの間魔法が使えなくなる。体力同様、時間と共に回復する。
魔力密度:
魔力の濃度。魔獣によって濃度には濃淡があり人間の魔力密度は魔獣に比べてかなり低い。
魔獣の術式を人間である悠夜が使っても大した効果が得られなかったのはこのためであり、人間が魔獣の魔法と同等の効力を持った魔法を発動させるには術式に魔力を圧縮する工程を組み込んでおくか魔獣より遙かに多くの魔力を術式に通さなければならない。
魔力精度:
魔力の操作精度。これが低いと術式が上手く起動しなかったり、魔法が暴発する場合がある。また発動した魔法を自分の意志に沿って操作するためにも必要で、発動に必要な魔力が多くなるか、術式が複雑になる程、高い魔力精度が要求される。
魔力感度:
自分や周囲の魔力を感じ取る能力。これが高い程、魔法の構造や特性を理解しやすく、ある程度であれば相手の術式を見るだけで魔法の効力を分析できる。また魔力感度が高いと術式に魔力を通す際余分な魔力を消費しづらくなる。
魔力回復速度:
消費した魔力が元の量に戻る速さ。
そして、術式と魔力の二つが揃って初めて使えるのが魔法である。(術式+魔力=魔法)
魔法は大きく分けて属性、強化、変性、干渉、隠密、眩惑、無の七つの系統に大別される。
属性系統:
火、水、氷、雷、風、土、光、闇の八属性から成り魔力をこの八属性の内のどれかに変換する。もしくは元から存在するこの八属性の内のどれかを操作する魔法。(光と闇の属性は他の六つの属性より扱いが難しいが、悠夜の術式を使えば、人間でも使用可能。)
強化系統:
自身または自身の近くにある物の持つ能力を強化する魔法。
身体能力や自然治癒力などを上昇させる「肉体強化」。
五感や動体視力などを上昇させる「感覚強化」。
武器の切れ味や防具の耐久力など身に着けている物の能力を上昇させる「武装強化」。
これら三つに分類できる。
変性系統:
魔力に形態と性質を持たせる魔法。
魔力を鋭い刃にして攻撃したり、緩衝剤のようにして攻撃を受け止めたりと応用範囲が広い。
干渉系統:
自分の周囲に存在するものやその性質に干渉する魔法。
隠密系統:
自身の気配や魔力を隠蔽する魔法。
眩惑系統:
魔力を実体の伴わない幻影として出現させる魔法。
無系統:
上の六つの内どれにも属さない特殊な魔法。
これら七系統の魔法は、系統毎に適切な術式さえ用意すれば、人間でも全て使用可能となる。
以上が悠夜の発見した魔法の原理と法則。通称魔法則である。