第4話
階下の居間でのん気に食事を取る祖父と真菜穂。
今日の朝食は、白米にわかめと豆腐の味噌汁、鯵の焼き魚に大根の漬物。何とも和風で質素な朝食だろうか。
だが、日常における会話というものは希薄で、食事中は私語を謹んで食べるというのが祖父の教えのひとつだ。真菜穂はそれに習い、黙々と食べ続ける。
ふと箸を置く。沈んだ暗い孫の顔が祖父の目の前にあった。祖父はそれについてとやかく言うことはなかった。
「緋雨…、大丈夫かな……」
不安を口にしながら食事を口に運ぶ。祖父は「うむ」とだけ返し、再び黙々と食べ続ける。
もし緋雨が自分に牙を向けてきた時、真菜穂は『言霊』という『敵意』を向けられるのだろうか。何年も一緒に生活してきた『相棒』に対して、攻撃できるだろうか。
それがどうしようもなく不安だった。本来、式神は決して主主に牙を剥くことはあり得ない。しかし、今の緋雨は『呪』を負っている。普段は起こりえないことが起こる可能性の方が高いのだ。
「ほれ、どんどん食べんか。早く食べんと冷めて不味くなる。―――大丈夫じゃ、緋雨はしっかりしておる」
珍しく食事中に祖父が口を開き、発した言葉は真菜穂への励ましの言葉。普段は滅多に励まさないのだが、これ程までに沈んだ顔をした孫を見たことがなかったのだろう。
不意に出た祖父の言葉は、ゆっくり真菜穂の心の奥に染み込んでいく。そんな事がある訳はないと、ようやく言い聞かせることができた。
「そう、だよね…」
祖父に諭され、再び箸を進める。今日の鯵は少しばかりしょっぱかった。その時、祖父がポツリと零した小言。
「この鯵、少しばかりしょっぱいわい」
真菜穂はそれを小耳に挟み、分からぬように苦笑する。
数分後、食器の中をからりと空け、キッチンに下げる。そして緋雨に食べさせようと今の菓子盆から取ったのは、熟れはじめたミカン。狼の癖にミカンが大好物なんてどうかしていると思いながら、足早に部屋に向かった。