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卒業シーズンの思い出

作者: 柳田陽

受験を目前に控えた中学3年のとある冬のことである。


 学習塾から放課され家に帰るため僕は電車に乗った。お年玉で買ったウォークマンの電源を入れビートルズのリボルバー(だったと思う)を聴きながら窓の外を眺めていると、チラチラと雪が降り出した。

外気との気温差によって出来た窓の曇りにドラえもんやオバQを指で書きながら目的の駅に到着するまでの時間を弄ぶ。

1つ、2つ、3つ、4つ規則正しく線路の継ぎ目が音を立て特に個性のないド田舎の駅は僕の家とは逆方向に走り去っていった。


 目的の駅が間近に近づいた頃、窓に張り付いた漆黒を覆う白いキャンパスにはドラえもんやオバQに紛れて中学2年の時のクラスメイトの名前が描かれていた。

授業中ノートの隅でもしょっちゅう見かけた名前。急に恥ずかしくなって慌ててダッフルコートの袖で窓を漆黒に染めた僕は、席を立ち寒気に身をさらす覚悟を決めた。


 改札を出て外を見ると雪は想像していたよりもはるかに強く、傘を持たずに一歩目を踏み出すことにためらいを感じたが、止みそうにない雪を眺めていても仕方が無い。

意を決してフードをかぶり両手をポケットに押し込み黒と白のコントラストの中に足を踏み入れようとした時だった。

 

「あっくん傘ないの?」

急に背後から声をかけられた。振り返るとそこにはノートの隅でお馴染みの彼女の姿があった。

「うん、今日傘忘れてきた」

そう答えた僕に彼女は言った。

「じゃあ一緒に傘入る?」

その言葉に対してドギマギしていることを隠すように、危うく不機嫌とも取られそうなほど低く小さな声で僕は

「うん」

とだけ答えた。


 見慣れた町に敷き詰められた白く新しい絨毯の上に大、小2種類の足跡を描き互いの進路のこと、勉強のこと、今のクラスのこと。

当たり障りのない会話を空転させながら僕はいろんな言葉を飲み込んだ。

同じクラスの時たくさん話したこと、別々の高校になってしまうこと、最近彼女が毎日一緒に下校している僕の男友達のこと・・・


 夢のような時間はやはり夢のようにあっさり終わりを迎え、それぞれの目的地に分岐していく交差点に辿り着いた。

別に引き止める理由もなく「じゃ、気をつけて帰ってね」と僕が切り出す事になんの不自然も認められなかった。

「うん、じゃあね」

挨拶を済ませ歩き出した僕に彼女が最後にこう言った。

「あっくんさっき電車でドラえもん描いてたね」・・・


 名前を描いていた所まで見られていたのかどうか、結果的に僕らの会話はそれが最後になってしまったため今となっては分からない。

輪郭のはっきりしない落ち込み気分を胸に再び取り出したイヤフォンから聞こえた「Tomorrow never knows」がやけに慰めクサく感じた青春の1ページである。


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