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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
番外編 バカな犬ほどかわいい
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サプライズ・プレゼント/前編

 アーティスは仕事帰りのシャレムを掴まえて部屋に引き入れると、声をひそめて言った。


「ものは相談だが」

「誰を殺します?」

「違う! そうではなくて、おまえを見込んで訊きたいことがある」


 途端にシャレムは面倒くさそうに大きくあくびをした。


「僕、眠いです。疲れてます。宮殿(ここ)にはちょっと用があったから寄っただけで、早く家に帰ってご主人さまの膝枕でゴロゴロお昼寝したいです」


 聞き捨てならないことを言う。

 アーティスは眼を剥いて訴えた。


「なにっ。ミレの膝枕で昼寝なら私だってしたい!」

「だめです。ご主人さまのむっちりふわふわ膝枕は僕のものです。犬の特権です」


 シャレムは得意そうに胸を張る。

 アーティスは少なからず衝撃を受けて固まった。

 ごくり、と唾をのむ。


「ミレのむっちりふわふわ膝枕……」


 想像するとニヤけてしまう。

 ところがアーティスの妄想をばっさりとシャレムが斬った。


「ご主人さまの極上の太腿は僕枕です。誰にも譲りませんから」

「いや待て。それはどうだろう。恋人であり婚約者であるこの私をさしおいて犬がミレの膝をひとり占めしていいものか? いや、よくない。よくないだろう。私は断固抗議するぞ!」

「抗議しても無駄です。うるさいです。他に話がなければもう行きます」


 シャレムはクルッと踵を返すと、すたすたと部屋を出て行こうとした。

 あわててアーティスが引き止める。


「話はある」

「なんです」

「もうすぐ(セインティス)ドレジーだろう。ミレを驚かせて喜ばせたい。なにかよい贈り物はないだろうか」


 (セインティス)ドレジーとは、アーティスやミレを含むカッセラー人の七割が教えを信じるシリン教徒の重要な祭典で、(セインティス)シリンの降臨を祝う年に一度の降臨祭だ。

 シリンは善悪・生死・現世来世を司る神で、その教えは明快である。


「善を為すも悪を為すもよし、生きるも死ぬもよし、但し、現世の行いは来世に及ぶものである。この範疇において、なにびとも他者の心を曲げてはならない」

 

 (セインティス)ドレジーはシリンの降臨を家族や愛する人たちと共に祝い、互いに愛を贈り合う大切な日だ。一般的には常緑樹ジョエルの木にシリンを象徴する天秤を飾り、聖なる飲み物で祝杯をかわし、額にキスをし合う。

 アーティスは腕を組んだ。思案顔で指で顎を摘み、唸る。


「散々考えたのだが、どうもいまひとつピンとこなくてな。おまえはなにかミレの驚くような、泣いて喜びそうな贈り物に心当たりはないか?」


 するとシャレムは犬らしく、こてんと首を傾げた。


「あってもどうして僕があなたに教えてあげなくてはいけないんです? そんな親切行為を強いられたら僕びっくりして思わずナイフで刺しちゃいそうです」

「刺すな!」

「まだ刺してないです。ちょっと危なかったですけど」

「ナイフをチラつかせるな! まったく、油断も隙もない恐ろしい犬だな」

「ありがとうございます」

「褒めた覚えはないっ。私はおまえの主人の恋人だぞ!? ミレの恋人である私がミレを喜ばすために犬のおまえに知恵を貸せと言っているだけだろう、それでどうして刺すという発想に繋がるんだ!」

「だって邪魔なんですもん」

「もんとか言うな。それも嫌々面倒くさそうに実感を込めて言うな! あとその弄ぶナイフはなんだ!?」


 シャレムは二本のナイフをおもちゃのようにひゅんひゅんと空に回転させて投げ、落ちてきたものを受け止めてまた上に投げ、を繰り返しながら、不意にキラッと眼を輝かせた。


「そうだ、僕いいことを思いつきました。これならご主人さまも泣いて驚くかも」


 アーティスは弾かれたように顔を上げ、嬉々としてシャレムに訊ねた。


「そうか! よかった、ぜひ教えてくれ」

「名案です。僕って偉い」

「名案か! それで、どのような贈り物だ?」


 ウキウキ、ワクワクと眼を輝かせるアーティスに、シャレムはにっこりと笑って言った。


「僕があなたの延髄をちょっと刺して仮死状態にした上で死体を偽装して棺桶に納めて見せたら、きっとご主人さまもびっくりして飛び上がりますよ」

「卒倒するわ!」

「請け合いです。どうです、いい案でしょう。僕って素晴らしい」

「どこがだっ。なんで私が(セインティス)ドレジーの祝いにわざわざ半死体で転がらねばならんのだ。ふざけるな! 下手をすれば愛想尽かされるではないかっ」


 シャレムはぼそっと呟いた。


「それもいいかも」

「なにか言ったか!?」


 カッカと憤るアーティスにシャレムが平然と嘯く。


「冗談です」


 アーティスは疑り深そうに言った。


「……本当に冗談なのだろうな?」


 シャレムは両手にナイフを構えて研ぎ澄まされた刃を眺め、アーティスにチラッと伺いを立てるような一瞥を投げて寄こす。


「実は、ちょっとやってみたい気はします」

「冗談にしておけ!!」


 心底ぞーっとしてアーティスはシャレムから退き、さっさとナイフをしまえ、という手振りをした。

 シャレムは残念そうにナイフを袖口に隠すと、肩を竦めた。


「ご主人さまが驚くような、泣いて喜びそうな贈り物なんて僕にはわかりません」


 アーティスは肩を落として落胆した。


「そうか……」


 失望の溜め息をつく。

 アーティスはソファにドサッと座って頭を抱えた。


「ミレは普通の女性のようにドレスや宝石を喜ぶクチではないからな……かといってドナドナ(オウム)の他に生きものをこれ以上勝手に増やすのもどうかと思うし、やはり美術品の類か或いは珍書でも探すか……」


 ブツブツ言うアーティスを半眼で眺めて、シャレムは踵を返して扉に向かった。


「帰るのか」

「帰ります」

「では気をつけて帰れ。今日は引き止めてすまなかった」


 アーティスが気遣いを見せると、途端にシャレムはピタリと足を止めて肩越しに振り返り、ものすごく嫌そうに顔を顰めた。


「……僕は希代の暗殺者ですよ。泣く子も走って逃げる国家の(ダベル・ダラス)のこの僕に、気をつけて帰れなんて言う奇特な人間はいません。あなたぐらいのものです」

「別にいいだろう。愛犬のおまえが襲われでもして怪我を負えば、ミレが悲しむ」

「まあそうでしょうけど」

「だから私がおまえの身を心配してなにが悪い」


 そう告げると、ますますシャレムは苛々した表情を浮かべ視線を逸らした。


「……です」

「は? なんだと、聞こえない」


 アーティスが訊き返すとシャレムの低い声が俄かに通って部屋に響いた。


「ご主人さまは甘いものに眼がなくて、おいしいものが大好きです」


 憮然とした口調でそう言い残し、シャレムは帰っていった。


「甘くておいしいもの……」


 助言に違いないだろう恋人の愛犬の一言を口の中で何度も繰り返し、考え込んだ末に一つの案が閃いた。


「これだ!」


 アーティスは短く叫んで立ち上がると、脇目も振らずに厨房へと急いだ。



 後編は25日に更新予定です。

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