八 見つかりました
ミレの下僕(犬)登場
七
次の日。
昼食後、ミレは庭園の片隅でぼーっと休息をとってからユアンのもとへ行った。
「お待ちかねですよ」
ヴィトリーが「さあどうぞ」と扉を大きく開いて招き入れてくれた。
既に定位置となりつつある寝台傍の椅子にミレが腰かけると、ユアンが顔を上げた。
本を閉じて、おもむろに口を利く。
「考えたのだが、『よい話し相手』というものは、つまり、『退屈しない相手』だ」
「はい」
「だから、相手の関心を惹くことが、まず基本になる」
「はい」
「相手に対して興味を持つことが肝心で、それと同時に、自らを意思表示して、相手にも興味を持ってもらう。要は、えーと」
ユアンが言葉に詰まり、口ごもって黙る。
適当な単語を言いあぐねているところへ、ユアンの脇に待機していたヴィトリーが口元に手をあてて助言した。
「相互理解」
ユアンは、言われなくてもわかっている、という眼つきでヴィトリーを見たあと、
「相互理解の姿勢が大事なのだ」
と偉そうに言った。
ミレはちょっと考え、神妙に頷いて見せた。
「おっしゃることは、わかりました」
「そうか、よかった」
ほっとしたようにユアンが笑うと、子供らしく、頬にえくぼができた。
「ただ……」
「なんだ」
ミレは困ったように溜め息を吐いた。
「私には難しいです。そもそも、私は人間に興味がありません。世間もよく知りませんし、普通のひととの接点があまりないので、会話自体が成り立たないことの方が多いのです」
「それは……人間嫌い、ということか?」
「よくわかりません」
ユアンとヴィトリーが顔を見合わせて怪訝そうに首を傾げる。
「ですから、殿下のお話し相手は私ではない別の方がいいと思います」
ミレは立って、ペコリと一礼した。
「ちょっ、ちょっと、待ってくださいよ! そんな一方的に辞退なんて――」
焦るヴィトリーを手で制して、ユアンがまっすぐにミレを見つめ、訊ねてきた。
「……おまえは、私が嫌いか?」
「好きでも嫌いでもありません」
「私もそうだ。だけど少しだけ、興味はある」
ユアンは横柄な態度を崩さずに続けた。
「おまえはいままで私が相手をした中でも、とびきり変な奴だ。こんなにわけがわからない女には会ったことがない。王子であるこの私に対しての無礼三昧、暴言三昧、勝手三昧。ちゃっかり兄上にも近づいて、気に入られて、面白くないったら」
ミレは口をヘの字に曲げた。
アーティスの件でなにか大きな誤解があるようだ。
「近づいていませんし、気に入られてもいません。遊ばれているだけです」
「私だって遊ばれてみたい」
「殿下、お言葉が不適当かと」
すかさずヴィトリーがたしなめる。
ユアンは自分が言ったことを反芻し、真っ赤になると、ちょっと吃った。
「とっ、ともかくだ」
「はい」
「好きでも嫌いでもないのなら、どちらかに傾くまで、ここにいろ。私は退屈しているし――おまえのような変な女でも、いないよりはましなのだ」
「でも」
ミレが無意識に一歩下がろうとしたところを、ユアンの手が伸びて、グッと掴まれる。
「私がいろと言っている!」
碧眼の瞳が真剣にミレを引き止めていた。
ミレは握られている手をじっと見た。
細い指の小さな手だ。熱い。
ミレは、これまで誰かに、こんなふうに存在を求められたことがなかったので、ひどく困惑した。
数日滞在しただけだが、ここは自分が役に立てる場所ではないし、必要とされるとも思えなかった。勅命には応じざるを得なくて来たものの、やはり場違いで、怒られたり、からかわれたり、疲れて気が滅入る毎日だった。
早く帰りたい、そう思っていた。
だけど――。
ミレはゆっくりと椅子に座り直した。
「……では、殿下が私に飽きられるまで、もう少しだけいることにします」
「それでよい」
ユアンが露骨に安堵の表情を浮かべる。
ヴィトリーも胸を撫で下ろすしぐさをした。
空気が和んだ、そのときだ。
ノックもなく、いきなり扉がバタンと開いた。
そこにいたのは、やや長めの灰色の髪をひとつに括った一際背の高い男。
黒のブーツを履き、黒手袋を嵌め、長袖、立ち衿の黒い衣装を纏っていて、ミレを見つけるなり、灰色の瞳にぶわっと涙を潤ませて叫んだ。
「ご主人さまああああ――!」
こんばんは、安芸です。
とうとう奴が登場。この物語で最も危険かつ鬱陶しい男。
次話、ミレと犬の微笑ましい? 再会の巻。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。