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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
番外編 バカな犬ほどかわいい
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犬と主人・<シャレムの日記 一部抜粋>

 忠犬日記。


      三


 犬としての訓練は過酷だった。

 礼儀作法からはじまり、学力を身につけるための勉強、他に、社会構造を知るため政治、経済、司法、貴族について一から叩きこまれる日々がはじまった。

 ミレはシャレムと離れるのを泣いて嫌がった。そしてキャスは娘にとても甘い父親だった。ミレの涙には全面降伏、日中二人を引き離すことは早々に諦め、どの科目も共に学ばせた。当然、食事も散歩も昼寝も二人仲よく一緒だ。

 また、シャレムはミレの命令を忠実に実行に移した。


「おて」


 ミレの指先をすくって軽く握る。


「おすわり」


 片膝をつき、片手を地面につく。


「ふせ」


 頭を垂れる。


「おまわり」


 身体の向きを変える。


「まて」


 動作を止める。


「とってこい」


 指示されたものを取りにいく。


「ごあいさつ」


 ミレの犬だと名乗り、名前を言う。


「しゃれみゅ、すごいねぇ。えらい、えらい」


 ミレに頭を撫でられる。

 シャレムはおとなしく撫でられるがままになっていながら、考えた。


 そうか、すごいのか。えらいのか。

 こんなことでほめてもらえるのか。


 ……いいかもしれない。


 シャレムの賢さと従順さをミレは喜んだ。ミレが喜ぶとシャレムも嬉しくてついつい笑顔になってしまう。するとミレも笑顔になる。シャレムは自分が笑えばミレも笑い、自分が喜べばミレも喜ぶのだと気づいたとき、なにかがふっきれた。


「しゃれみゅ、だいすきー」


 ミレにぎゅっとされるたび、シャレムはぽわんとなった。


 ……いいかもしれない。


「しゃれみゅ、しゃれみゅ」


 なにも用事がなくても名前を呼ばれる。

 そんなことが、ただただ嬉しい。


「ご主人さま!」


 シャレムは「甘える」を覚えた。


 それから、シャレムはキャスより贈り物をもらった。


「日記帳だ。文字の練習も兼ねて日々あった出来事を書き残しなさい」

「……なにを?」

「なんでもだ。君の見たこと、思ったこと、感じたことを、素直に書けばいい」


 日記帳は厚く装丁が紺のビロードの立派なもので、鍵付きだった。

 シャレムはさっそくこの日の夜から『日記』をつけることにした。




<シャレムの日記>


 ご主人さまははみがきがヘタだ。はみがきのときは「いーっ」てやって、口のまわりは泡でブクブク、いつも変な顔になる。でも変な顔のご主人さまも好きだ。

 

 ご主人さまはニガイ野菜がキライだ。僕は魚がキライ。だけど好き嫌いはいけないみたいだから、キライなものが出たときは「あーん」をする。ニガイ野菜をしょっぱい顔で食べるご主人さまも好きだ。

 

 ご主人さまは僕に毎日本を読んでくれる。僕はご主人さまにくっついて「ふせ」をしながらお話を聞く。時々、読んでいる途中でよだれを垂らしながら「ぐうぐう」寝てしまうご主人さまも好きだ。


 ご主人さまはどこへでも僕を連れていく。お風呂も「おいで」と言われたから一緒に入ろうとして服を脱いでいたら、いきなりキャス様が飛び込んできて僕だけ剣で串刺しにされそうになった。なんで。僕よりもびっくりしたご主人さまは泣いてしまった。でも泣いているご主人さまもかわいくて好きだ。


 ご主人さまが迷い猫を拾った。人懐こい猫でご主人さまはミルクをあげたり、ごはんをあげたり、かいがいしく面倒をみていた(僕はちょっと面白くない)。そのうちご主人さまにヒゲをむしられそうになった猫はご主人さまの額を蹴ってどこかへ行ってしまった。ボーゼンと取り残された顔のご主人さまも好きだ。


 ご主人さまは僕を隣に寝そべらせてよく庭でゴロゴロ昼寝する。陽射しの強いある日、日向ぼっこをしていたらすっかり赤黒くなってしまった。キャス様は慌てていたけれど、僕はまだらもように日焼けした顔のご主人さまも好きだ。


 ご主人さまがベッドから落ちた。手を繋いでいた僕も一緒に落ちた。ちょっと痛い。でもご主人さまは起きない。大の字になったまま「しゃむにゃ」ともぐもぐ口を動かして寝言を言うご主人さまも好きだ。


 ご主人さまに怒られた。僕がご主人さまを庇って階段を落ちてケガしたことがダメだったらしい。それも僕のお仕事なんだけど、でもダメなんだって。変なの。でも変なご主人さまも怒るご主人さまも好きだ。




 シャレムの留守を見計らい、シャレムの日記を手に持ち眼を通していたキャスはページをめくるごとに微妙な顔をして、眉間の皺を深くした。


「……これが日記か? ただのミレの観察記録だろう」


 キャスは途中で読むのをやめ、呆れて呟いた。子供らしい丸っこい字で、たどたどしくも一生懸命に書いたあとがある。

 日付の記載もなく、ミレにはじまり、ミレで終わる。

 どれもすべて「ご主人さまが好き」で締め括るとは慕うにも度を越している。疑うべくもないくらい、シャレムはミレに忠誠を尽くしているようだ。


「……」


 キャスはシャレムの日記を閉じて鍵をかけ直し、元に戻した。


 この日の夕食はとても豪勢でシャレムの好物の肉料理がずらりと食卓に並んだ。


 甘える犬の巻。

 次話もたぶん、日記part2。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

 *拙宅安芸物語 Hallowe'en仕様中。

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