おまけ
主人公×犬×婚約者×オウム二羽。
ある夜の話。
「ご主人さま、好きー」
「はいはい」
「ご主人さま、好き好きー」
「はいはい」
「ご主人さま、好き好き大好きー」
「はいはいはい、私も大好きです」
いつもの如く、ミレの膝には犬が寝転がっていた。うとうとと眠たげで、ミレに優しく頭を撫でてもらっている。
夕食後、就寝前のひととき、ミレはシャレムと共にソファで寛いでいた。ソファの横には専用台に錬鉄製の鳥籠が二つ鎮座して、オウムが二羽休んでいた。アーティスの飼い鳥ドナとミレの誕生日に贈ったドナドナ(ミレが命名)だ。
猫足の優美な肘掛椅子には今夜一晩宿泊予定の(残念ながら部屋は別だ)アーティスが歴代の裏総帥の手記をゆっくりと捲りつつ、ミレと他愛のない会話をしていた。
ふと話が途切れ、心地よい沈黙が訪れた。
アーティスは手記から眼を上げた。
髪をおろして素顔でいるミレにこっそり見惚れながら考える。
せっかく夜遅くまで一緒にいられるのだから、犬を退けて恋人を甘やかしたい。問題は犬をどううまく退かすかだが……。
そのときムニャムニャと犬が呟いた言葉が冒頭である。
アーティスはあまりの衝撃にすぐには動けなかった。
ミレはシャレムの髪を耳にかけ、唇を頬に寄せて軽くキスしている。
「……」
アーティスは手記を閉じて小卓に置き、ガタリと音を立てて腰を上げた。
ミレの前に立ち、指で自分の顔を指して「……」と無言の問いをかける。
――私は?
と、訊ねたくても声が出ないのは、今更ながら衝撃的事実を目の当たりにしたためだ。
「なんですか」
ミレが訝しそうに首を傾げる。
アーティスは喉を鳴らして息を呑み、眩暈に堪えるよう額に手をやった。
「なんですか、って……ちょっと待ちなさい。い、いま気がついたのだが、私はまだ君に『好き』と言われたことがない」
「そうでしたっけ」
「そうでしたっけ、じゃないだろう。これは由々しき問題だ!」
「おおげさです」
「私にとっては大問題だ」
大真面目に言う。
声が緊張を孕んでいたため、敏感にそれを察したドナとドナドナが同時にビクリと眼を醒まし、「ギャアギャア」と羽ばたき、騒ぎ立てる。
「で?」
アーティスは腕組みし、不機嫌面でミレに迫った。
「はい」
ミレは無意識のままシャレムを撫でている。犬は気持ちよさそうにぐーっと寝入って「ゴハンオカワリ」と寝言を漏らしている。
「私にも『好き』って言いたまえ」
ミレはアーティスをじっと見返して言った。
「私も『好き』なんて言われたことがありません」
アーティスは怯んだ。眼が曖昧に泳ぐ。
「そ、それとこれとは」
「同じです」
まったくだ。
「……」
「……」
アーティスもミレもモジモジした。
非常に気恥ずかしい心地でいっぱいで、互いにそう感じているのがわかった。
「……また次の機会にしよう」
いざとなると、二の足を踏んでしまうのはなぜだろう。
アーティスが残念至極の気持ちで諦めてそう言うと、ミレはホッとしたように微笑し、「はい」と短く答えた。
……かわいい。
アーティスは、こんなにかわいいひとが恋人だとはなんて幸運なのだろう、と深く感動するあまり猛烈にデレてしまった。
ついうっかり、
「……してる、んだけどなぁ」
本音が漏れてしまい、慌てて口を塞ぐ。
それを嘲笑うかのように、ドナがけたたましく鳴いた。
「ミレ、アイシテルー」
また同調連鎖するかの如く、ドナドナが甲高く鳴いた。
「アーティス、ダイスキー」
間。
間。
間……。
アーティスとミレは気まずそうに顔を合わせ、照れてしまい、同時に俯いた。
秋の夜長、たまにはこんなこともある、そんな一日の終わり。
これにて本当に、完
ありがとうございました!!




