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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第四章 王子殿下の花嫁
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最終話 告白・6

 連続投稿、あともう一話続きます。

「カルネアデスの板か」


 シャレムの視線に警戒と緊張を感じる。かくいうミレも心臓がドキドキしていた。これは算数術には関わり合いのない問題だが、ダリアンの見解を持ってすればルール違反ではない。

 答えがひとつではない問題だ。

 だがミレの欲しい答えは決まっている。

 アーティスはズバリと言った。


「板を捨てる。三人仲良く海に沈む。ひとりを犠牲になどしない。それくらいならいっそ皆で死んだ方がましだ」


 それはミレの望む答えだった。


 ――欲しい。


 このひとが欲しい。


 こんなふうに強烈に心を揺さぶられることなど、一生のうちにそう何度もあるものではない。

 アーティスはミレがぼんやりしているので訝しそうだ。


「ミレ?」

「あげます」


 唐突に、ミレは自分の持っていた0首飾りを全部外してアーティスの首にかけた。

 アーティスはわけがわからないという顔できょとんとしている。


「これは?」

「殿下の勝ちです。私の負けです」


 そう告げて、そのままミレは鮮やかに身を翻し、ダッと走りはじめた。


「シャレム、お父さまを探して」

「怖いひとなら、こっち」


 ミレはシャレムに先導されるまま、木陰の天幕の下で優雅に寛ぐキャスのもとへ全力疾走で駆け込んだ。


「お父さま」

「どうした、そんなにあわてて。ゲームはもう終わりかね?」


 今日は薄い灰色の貴族服に薄紫のハンカチーフをアクセントにしている。

 空気のように気配を消した墓掘り人を二人つけていたが、手をひと振りして下がらせた。


「遅くなったが十七歳の誕生日おめでとう、ミレ」

「ありがとうございます」

「それで、用件は?」


 空いている椅子に着席するよう促されたがミレは首を振り、キャスの前に手を組んで立った。


「私はユアン殿下と婚約はできません。他に欲しいひとがいます」

「アーティス殿下かね」

「はい」

「私はダメだと言ったはずだが」

「それでもです」

「どうしてもアーティス殿下でなければいけないと?」

「はい」


 ミレはこっくりと頷いた。


 ――他にはいない。


 シャレムとミレが一蓮托生であるように、自らも運命を共にすると言ってくれるひとは。


「アーティス殿下を私にください」


 暗に国家の(ダベル・ダラス)を差し向けるなと牽制する。

 キャスにかかれば邪魔なものを排除するなどひと声命じれば済む話だ。それが次期王位継承者であろうとためらうまい。

 させない、と眼に、手に、身体に、心に力が入る。

 キャスにアーティスを殺させてなるものか。


「お願いします」


 ミレは頭を下げた。

 そのまま数秒が過ぎて、キャスの深い降参した気配の溜め息が聞こえた。


「顔を上げなさい」

「お願いを聞いてくださるまで嫌です」

「わかった。今日はおまえの誕生日だ、願いをかなえよう。すべておまえのいいようにするといい」

「よかった」


 安堵し嬉しがるミレを横目に、キャスは不気味なほど愛想のいい微笑を浮かべて言った。


「せいぜい私の機嫌を取るように言い含めておきなさい。バカは嫌いだが舅を大事にする婿ならばかわいがってやらないこともないと」


 かわいがらなくていい、とミレは思った。

 アーティスは全力で辞退するだろう。キャスにかわいがられるなど、考えるだけでも嫌すぎる。


「……」


 ミレはキャスの片頬にキスした。


「ありがとう、お父さま」


 あとは本人の承諾を得るだけだ。

 ミレは逸る気持ちをそのままに審査員席へとひた走った。



 正当な実力ではないものの、ともかく無礼講論戦大会の決勝まで残ったアーティスだったが最後の論戦で惨敗した。

 優勝者は咽び泣きながら優勝賞品を受け取り、会場の悲嘆と羨望の両方を一身に浴びた。

 アーティスもまた健闘を称えられ、満座の拍手を浴びて満更でもない気分で歓声に応えながら舞台を下りようとしたところ、審査員席に片肘をついて手首に顎をのせ、ふんぞりかえっていたダリアンから呼び止められた。


「あなたはいったいどうやって、あの難攻不落のミレを射止めたんだ?」

「どうやってもなにも、まだ口説いている最中だが」

「あーあーあー、さっきのアレね。言いかけておいて、寸止め。愛の告白ひとつもまともにできないのか、兄王子殿下は。弟王子殿下に負けているぞ」

「あなたが横から茶々をいれて私の邪魔をしたんだろうが!」

「ひとのせいにするとはますます人間の器が小さいなあ。本当にこの残念な男でいいのかい、ミレ?」

「あまり苛めないであげてください」

「誰が苛められて――え? なぜ君がここに」


 いつのまにかミレがすぐ背後に立っていた。

 髪は乱れドレスもよれて、いささかくたびれているが、それでもかわいい、とアーティスはひそかにニヤける。

 当のミレは身なりには頓着しないいつもの平然とした口調で言った。


「お父さまに許可をいただきました」

「なんの」

「結婚です」


 一瞬でアーティスは殺気立ち、血相を変えたまま問い詰めた。


「誰と」

「あなたと」


 間。

 間。

 間。


 アーティスはあんぐりと口を縦に開いた状態で、まじまじとミレを見つめた。


「え? え? え? わ、私?」


 驚き顔で戸惑うアーティスの頬に、爪先立ちしたミレの唇が「ちゅっ」と甘い音をたてて軽く触れる。


「な、な、な、な、いきなりなにを――うわあっ」


 アーティスは派手にひっくり返った。

 舞台の上にて無様な尻もちをついてアーティスは茫然と固まっている。

 ミレはアーティスの傍に座り、膝に肘をついて頬杖をつき、ニコリと笑って求婚した。






「私と結婚してください」










 次話、エピローグです。

 最後までよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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