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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第四章 王子殿下の花嫁
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十六 告白・5

 連続投稿いきます。

 


 言いたくない。

 教えたくない。

 だが「逃がさない」と言わんばかりにアーティスの指が肩に食い込んでいる。


「……婚約させられそうになったんです」


 ミレが渋々答えると、アーティスの眉尻がぴくりと持ち上がった。


「ユアンと?」

「はい」


 表情が険しさを増す。


「なぜユアンと? まさか……」

「邪推しないでください。殿下と私はなんでもありません」

「ではどうして」


 詰問にミレは嘆息を添えて応じた。


「父が私のためと思ってしたことです」


 アーティスはミレの髪に指を潜らせ、慈しむようにゆっくりと梳きながら口を開いた。


「君の相手は、私だ」


 今度も言いきった。


「……私でいいだろう」


 押しつけがましいとわかったのか、やや語調を抑えた物言いでアーティスはミレの顔を窺った。偉そうに振る舞うくせに心配なのか、ミレに触れる指先は緊張のため強張っている。

 アーティスの眼がミレをとらえたまま切なげにギュッと細められた。


「私は君のことが……」


 それきり黙ってしまう。

 ミレは焦れた。

 先に待ちくたびれたのはなりゆきを静観していたダリアンだった。


「あ―。煮え切らない男にはイラッとする。ミレ、いまからでも遅くない。ユアン殿下の求婚を受けた方がいいんじゃないか? 押しの強さも引き際も見事だったし、あれはいい男になる。将来有望だ。考え直してみてはどうだね?」

「なっ……」


 挑発的なそのセリフにアーティスはカッとしたらしく、怒りまかせに眼を吊り上げ、拳をきつく握ってダリアンを睨んだ。

 あわや取っ組み合いのケンカになるか、という寸前、昼の休憩終了のラッパが鳴った。いよいよ論戦大会がはじまる。

 切り替えの早いダリアンは合図を聞くと同時にアーティスへの興味を失い、クルッとミレを向いた。 瞳がイキイキと輝いている。

 背中にダリアンから強烈な激励の一発を見舞われた。


「さあ、勝っておいで!」

「はい」

「あ、そうそう。言い忘れていた。ちょっと耳を貸しなさい」


 素直にミレが耳をそばだてるとダリアンから不可解な囁きをもたらされた。


「……意味がわかりません」


 ダリアンは意味深にふっと笑い、片手を上げた。


「わからなければわからないでもいい。ま、頭のいい君のことだ、すぐに気づくと思うけどね。じゃあ私は弟子の奮闘ぶりを壇上から高みの見物といくか。またあとで」


 ミレはアーティスを見た。

 正直、さきほどの続きの言葉が気になって仕方ない。

 だがいまは諦めるしかなさそうだ、とミレは肩を竦めた。

 時間は限られている。ひとつでも多くの0首飾りを集めるためにはひとりでも多く論破しなければならない。

 ミレはアーティスに会釈しドレスの裾を翻した。

 学徒服姿でないのが残念だ。途中、着替えに戻ればよかったと悔やんでも遅い。

 しかし、算数術は崇高な学問だ。装いなど二の次、注目すべきは理論と研究。それも独自の見解と研鑽、閃き、緻密な計算が物を言う。

 ミレは余計なことを頭から追い出し、自らの矜持(プライド)と学者魂をかけて論戦に臨む同胞たちの中へと果敢に突入した。


 集中――。


 しなくても、結構いけることがよくわかった。人間、雑音の中でも物は考えられるようだ。これは新たな発見だ。あまり嬉しくもなんともないが。

 なぜなら、シャレムと一緒にアーティスまでついてきた。

 そのうえ、シャレムはおとなしいがアーティスは口喧しい。小言が絶えず、非常に鬱陶しい。

 おまけに、驚いたことにアーティスが0首飾りを所有していた。訊けば、いくら寄付をしようとも算数術会に所属する会員とならなければ一切の要請に応じかねると言われたらしく、即時入会したそうだ。

 意外なことに、それなりに算数術に通じ弁も立つ。

 挑戦され、二人断り、二人に勝ち、現在三つの首飾り保有者だ。


「……ゲームに参加されるのでしたら、私にかまわず、どうぞ遠慮なく」


 アーティスは断固として首を振って述べた。


「いーや。私は君から離れんぞ。どうしても私を追っ払いたければ、私でいいのか悪いのか、はっきり答えてもらおうか」


 ミレは六人目に論戦を挑まれ、これをあっさりと論破した。


「……悪い、と言ったらどうするんです」

「言うな。悪くてどうする。私でいいだろう。いいと言いたまえ。それともなにか? 私でよくない理由があるのか? たとえば、別の男に目移りしているとか、あるいは言い寄られているとか……?」


 とんだ妄想だ。

 ミレは苛々した。あまのじゃくかもしれないが、そんなふうに答えを強要されると無性に反発したくなる。

 アーティスを無視して、ミレは今度は自分から挑み、激論の末、敗北を認めさせた。

 この間ずっと、アーティスは傍にいた。

 鬱陶しくて苛立たしい反面、喜びを感じる。

 ミレは内心浮かれていた。一緒にいられることが嬉しかった。やきもきし、嫉妬し、説教され、心配されるたびにドキドキが加速していった。

 シャレムも迎合しているのがわかる。

 ミレは素直になりたかった。そのためのきっかけが欲しかった。


 なにか。

 なにか、ないか。


 ミレは独走状態だった。不思議なほど頭が冴えて、負ける気がしなかった。次から次へと論破し、気がつけば首が重い。


「参りました」


 二十人目に快勝する。勝ったのはミレなのに、なぜかアーティスの方が得意気で思わず笑ってしまった。

 するとアーティスが相好を崩して強烈な微笑み返しをしてきた。


「君の笑顔は世界一かわいい」


 どうしよう。本気で言っているようだ。


「頼むから他の男に見せないでくれ。私以外には笑いかけるな。もうひとりも敵を増やしたくないんだ」


 そんなことを言われても、困る。

 困るけど、独占欲が嬉しいなんてどうかしている。

 ミレは胸の動悸を隠すように首から下げた首飾りをいじった。

 ふと、さきほどダリアンに言われた言葉が頭をよぎる。


 ――論戦のテーマは個人の自由だ。問題はひとつでも答えはひとつじゃないこともあるだろう。なにをもって議論とするか、それも個人の裁量に任せている。


 ミレはアーティスをじっと見つめた。


 ――訊いてみたい。


 訊けばいい、と思ったときには言葉が口を衝いて出ていた。


「殿下に挑戦します。受けていただけますか」


 アーティスは一瞬きょとんとしたものの、すぐに表情を改めた。


「受けよう」


 ミレはシャレムの腕に手を触れて軽く頭を凭れかけた。


「もしも私とシャレムと殿下が大海原に放り出されたとします。薄い一片の板があって、掴まって生き残れるのは二人だけだとしたら、どうしますか」


 どうか最後までお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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