七 捕まりました
兄王子との低次元な攻防。
*当物語はあらすじ注釈をご覧の上、あっさりとお愉しみください。
六
ユアンのもとを退出し、食堂で夕食を終える。
そして部屋に戻る道すがら、ミレはばったりアーティスと出くわした。
五、六名の側近か誰かと会話をしながら、向こうからやってくる。
ミレがアーティスに気づくのとほぼ同時に相手もミレに気づいたようだ。
ミレは素早くまわれ右をした。一生懸命走って逃げたのに、あっという間に追いつかれ、ガシッと両肩を掴まれてしまう。
「……道もあけず、私の顔を見て逃げ出すとはいい度胸をしているじゃないか。一言も挨拶もないのかな? ん?」
「こんばんは。さようなら」
だが挨拶をしても放してもらえない。
クルリといとも簡単に身体の向きを変えられ、不敵な眼をしたアーティスと否応もなく対面する。それどころか、強引に肩を抱かれて窮屈な体勢に拘束された。
すぐ近くにあるアーティスの顔に冷笑が浮かぶ。
嫌なひとに会ったなあ、とミレは思った。
アーティスの片眼が細められ、口角がうそ寒い形に持ち上がる。
「……いま、嫌な奴に会ったなあ、と思っただろう?」
そのものズバリだ。
「……」
ミレはヒクッと口元を歪めて、眼を泳がせた。
アーティスの碧眼が意地悪にきらめく。よくない兆候だ。
「君の非礼を罰してあげたいのは山々だけど」
ツン、と長い指で額を小突かれる。
「……あいにく、まだ仕事が残っていてね。残念だけどかまってあげられないんだ。君で愉快に遊ぶのは次の機会にしよう」
アーティスの腕の力が弱まり、ミレはほっとして気をゆるめた。
その一瞬の隙を衝かれた。
大きな手に後頭部をグッと支えられて、斜めから唇を奪われる。一度きつく舌を吸われたため、背筋がビリっと感電したかのように痺れた。
アーティスは「ふ」と呼吸をひとつ漏らしてから、ミレの唇を遠ざけた。
「……続きは、また今度」
あくまでも爽やかに、揚々とした口調でアーティスが言った。
ミレはむずがるようにアーティスの腕から抜け出した。口を指で拭いつつ、ぶっきらぼうに訊ねる。
「……私にこんなことをして、楽しいのですか」
「楽しい」
即答されて、さすがにミレは困惑する。
「私は楽しくないです」
「私が楽しいからいいんだ」
アーティスはヒラヒラと手を振りながら、彼を待つ皆のもとに行きかけて、思いついたように肩越しに振り返った。
「甘い唇のお礼に、あとでなにか飲み物でも届けよう。なにがいい?」
「水」
ミレの言葉に、アーティスはなにがおかしかったのか、「クッ」と噴き出した。短い髪を無造作に掻き上げて笑う。
ひとしきり「ははははは」と笑声を転がし、俄かに笑いをおさめると、アーティスはニヤニヤしながら言った。
「……君は本当に面白い子だね。わかったよ、では、大人の水をお届けしよう。就寝の用意をして、少し待っていたまえ。おやすみ、ミレ殿」
大人の水。そんなものが王宮にはあるのか。
と、ミレはひそかに感心しながら、言葉にしてはこう返答した。
「おやすみなさい」
アーティスとその連れの姿が完全に見えなくなるまで見送って、ミレはどっと疲れた身体を押し、今度こそ無事に部屋に戻った。
こんばんは、安芸です。
不意打ちキスの巻。
次話、三番目の溺愛者、登場。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。