十五 告白・4
ユアンの公開告白です。
左斜め後方に珍しく謹厳な顔をしたヴィトリーが控えている。右斜め後方には、おそらくユアンに連れてこられたのだろう、訝しそうな様子のアーティスと側近を務めるソーヴェがいた。
「誕生日おめでとう」
ユアンに白い花束を差し出される。
「ありがとうございます」
ミレが受け取ろうと手を伸ばしたところ、手首を強く掴まれてするりと懐に潜り込まれた。ユアンの幼くも整った顔がごく間近に迫る。意表を衝かれたミレが動けないでいると、ユアンはキリッと表情を改めて大きく声を張り上げた。
「好きだ! 好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ、大好きだ!! あなたが、欲しい! 私を好きになれ、ミレ!!」
ミレは不覚にも一瞬だけクラッとした。余計な言葉のないまっすぐな告白に圧倒されてしまう。思わず「はい」と答えてしまいそうになるくらいの勢いだ。
そこへ「待った」をかけるように、ずい、と割り込んだのはアーティスだった。
「……」
柔和でいつもムダに愛想のいい美貌が強面に変わっている。周囲を凍らせるほどの氷点下の冷気を放ちつつ、アーティスは無言でミレに触れているユアンの指を一本ずつ外し、ミレを自分の背後に押しやった。
「ミレ殿はダメだ、ユアン。諦めなさい」
かまわずユアンは叫ぶ。
「私を好きになってくれ、ミレ!!」
するとアーティスが怒鳴りつけるように遮った。
「ダメだ! ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ、絶対にダメだ!! おまえにも誰にも、ミレは決して渡さない!!」
ユアンが負けじと言い返す。
「兄上には関係ありません! 私はいまミレと話をしているのです」
アーティスもすごい剣幕で更に言い返す。
「関係ある! ミレが欲しいだと? 好きになれだと? 勝手を言うな。そんなことはこの私が許さない。かわいい弟の願いなら他のどんなことでもかなえてやろう。だが、ミレだけはだめだ。もう一度言う。諦めなさい、いますぐだ!!」
「どうして!」
「ミレは私のものだ!!」
言いきった。
公衆の面前で。恥ずかしげもなく。
叩きつけるようにアーティスの口から怒声が迸り、兄弟王子が眦を決して睨み合う中――ミレはこの不測の事態に、呆気にとられていた。
……なにがどうしてこうなった。
いつのまにかミレの横に立っていたヴィトリーがハラハラと気を揉みながら、裏事情をダダ漏れ気味に吐いている。
「殿下がキャス殿よりあなたとの婚約話を持ちかけられ、受諾したのはひとえにあなたのためですよ。断れば他の男に話が流れるだろうからと、そうなればあなたの意思だけでは破談にするのも難しいだろうから、ひとまず受けるのだとおっしゃって……なんとも健気ですよねぇ」
ミレは昨日キャスと連れ立って現れたときのユアンの浮かない顔を思い出した。
なにか物言いたげに、でも結局最後まで黙っていたユアン。
「……それが本当なら、私の盾となり庇ってくださったんですね……」
ヴィトリーはむきになり、腕を振りまわして力説した。
「本当ですとも! だからああやって大勢の前で振られ役を買って出ているじゃありませんか。恥も外聞もなく、すべてあなたへの恋ゆえに、ですよ」
ユアンとアーティスの言い争いはだんだんと低次元化していった。
対して周囲は完全なヤジ馬と化している。
ヴィトリーが頭を掻き毟り、気落ちした声で懺悔した。
「殿下に……玉砕覚悟で当たって砕けろと言ったのは私です。見ていられなかったんです。殿下は聡い御方ですからあなたの気持ちがご自分にはないことをちゃんと知っていらして、黙って身を退くおつもりでした」
ここでヴィトリーはハンカチを取り出し、眼元を押さえた。
「しかし、なにもそこまで我慢せずともよいでしょう! 初恋ですよ!? だめでもともとぶつかってみることこそ本懐、成就してもしなくても一生懸命恋することに意義がある――と、私は殿下に申し上げましたっ」
クッ、と呻いてヴィトリーはハンカチを握り潰した。
「そりゃあ確かに、確かにそう言いましたとも。でもこんなド派手に公開告白なさらなくてもいいでしょうに! これじゃあ私の殿下は世間のいいさらしもの――しばらくゴシップネタにされること請け合いです。ああああああ」
ワッ、とヴィトリーは両手で顔を覆い、さめざめと嘆きはじめた。
ミレは考えた。
この場をどう収拾つけよう。
ミレも関係あることなのに、どういうわけかミレの意思は尊重されず、勝手な応酬が続いている。聞くに堪えがたいほど恥ずかしいセリフばかりだ。
本来、王子殿下両名に望まれ、取り合いされるなど身に余る栄誉、とても畏れおおいことなのだろうが……。
「……」
あいにくと、ちっともときめかない。
どうも完全に放置されている気がする。
そこへ他五名の審査員のもとへ挨拶まわりにいっていたダリアンが戻ってきた。持ち前の炯眼で状況を一瞥し、だいたいの事情を把握したように「フン」と鼻を鳴らすとミレの腰に手を添えた。
「今日というめでたい日に主役を放っておくバカ男共なぞ、かまうんじゃない。来なさい、そろそろゲーム開始時刻だよ。準備はいいかね?」
いつもながら鮮やかな場捌きだ。
ダリアンにかかれば貴族だろうと王子だろうと心構えの足りない輩はきれいさっぱり排除される。豪傑と言われる所以である。
ミレの心の天秤が、アーティスとユアンよりダリアンに著しく傾いた。
ミレはうっとりと魅せられ、ダリアンについて行くことにした。
ところが、
「ミレ! 待てっ」
ミレが踵を返そうとしたそのとき、ユアンの鋭い声に制された。
身体を捻り振り向くと、ユアンがアーティスより前に進み出て吃と唇を結び、立っていた。
「……求婚の返事が欲しい」
幼いながらも真剣そのものだ。
「いまここで、ですか?」
酷だろう、とさすがにミレもためらった。
「いまここで、だ」
だが当のユアンが覚悟を決めているようだった。
ミレはじっとユアンを見つめてから、深く頭を下げた。
「……父には私から話します。先日のお話はなかったことにしてください」
「断る理由は、私が子供だからか?」
ミレは即座にかぶりを振った。
「いいえ。殿下はすてきです、とても。はじめてお会いしたときとは別人のようです。見違えるくらい大人になられました。どうか自信を持ってください」
ユアンが微笑する。すっきりした表情の中に一抹の悲しみが滲んでいた。
「……ヴィトリーが申すには、男は報われぬ恋をしてやっと一人前になるらしい。恋に敗れても好きになった相手の幸せを祈ることができてこそ、いつか自分だけの相手に巡り会えるのだと」
ユアンから白い花束をあらためて差し出される。
今度はきちんと受け取ることができた。
「私はあなたの幸せを願う。心から、願う。前に言ったとおり、結婚は好きな相手とするべきだと思うから、だから私は……」
語尾が震えた。
ユアンはミレに背を向けた。
「あなたを応援する」
飾りのない、偽りのない、ユアンのひとつひとつの言葉がミレの心に沁みた。
気丈にも泣き顔を見せまいとするユアンのいじらしさに胸を打たれる。
ミレはユアンの寂しげな後ろ姿に向かって礼を述べた。
「ありがとうございます」
手の甲で眼元の涙をサッと拭い、ユアンは拳を天に突き上げて言った。
「頑張れ」
爽やかな感動を残してユアンがヴィトリーを引き連れて去った後、外野はいっそう騒々しくなった。
そんな中、ミレはアーティスにがっちりと肩を掴まれ捕獲された。
気配が怖い。
獰猛な獣が敵を見出し、爛々と光る眼で隙なく様子を窺っているようだ。
アーティスは黒い微笑をひらめかせながら、優しく訊ねた。
「……『先日のお話』とはいったいなんのことだね? 聞かせてもらおうか」
次話、ミレとアーティス。
なんとか告知通りに収まりそうです。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




