十二 告白
いよいよラストエピソード開始です。
四
「誕生日です! おめでとうございます、姫さま!」
ビスカが元気よく言った。
起床後、ミレは手ぐすね引いて待っていたビスカに問答無用で裸にひんむかれた。そしてあれよあれよという間に、下着、ドレス、髪、化粧、履物、香水の順で飾り立てられた。
「完っ璧ですわ! なんて美しいんでしょう」
ビスカが胸の前で指を組みながら陶酔して叫ぶ。
姿見に映るミレは全身バラ色、華麗かつ可憐に美細工されている。
自分の仕事に満悦したビスカが扉を開けると、廊下に待機していたシャレム、大商人、闇騎士、芸術家、聖職者がぞろぞろと入ってきた。
大商人はミレを見るなりピュウッと尻上がりな口笛を吹いた。だぶついた袖に片手を突っ込み、口を紐で結んだ小さな革の巾着を取り出す。
「うひょー。びっじんだなぁ、姫さん! 十七歳だって? おめでとうさん。これ、誕生日祝い。『どこでもコロリ』、どんな奴でも瞬殺可能なスグレモノだぜ」
闇騎士は飄々と笑いながら、腰のベルトにさしていた愛用の短剣をおもむろに引き抜いてミレに差し出した。
「姫、誕生日おめでとうー! 悪ィな、な―んも用意してねぇんだわ。代わりといちゃあなんだけどさ、これやるよ。護身用に肌身離さず持っていてくれよな」
芸術家は大商人と闇騎士を押し退けてミレの正面に立った。ためつすがめつ、見られる。なんだかものすごく不満そうだ。
「……またそんなにブサイクにされて。どうしてわからないかなあ。あなたはあなたのままでいい。人間、顔じゃないんだよ。心の美しさがものを言うんだ。上辺だけよく見せたって見ために騙されるアホウが集まるだけさ。そんな奴らは相手にする必要ないだろう。だから手間暇かけてブサイクになるなんてばかばかしいよ」
ブサイク、と謗られているにもかかわらず、おかしなことに正論に聞こえないでもない。
ビスカもそう思ったのか、いったんは振り上げた拳を下ろしてしまう。
「……あんたって、結構ものを考えていたのねぇ」
「あたりまえさ。僕は美を愛する芸術家だよ。美に関してはうるさいのさ。まあ今日のところは眼を瞑るとして、だ。ところで」
芸術家はなにを思ったのかいきなり跪き、ミレの手を持ち上げて金の指輪を嵌め、それに口づけを落とした。
「誕生日といえば結婚! 結婚といえば求婚! 求婚といえば、そう僕さ! というわけで、お嬢さんは僕の妻になりなさい」
意味がわからない。
芸術家は芝居ががかったしぐさをして、べらべらとまくしたてた。
「僕はお買い得だよぉ? 見ためよし! 味よし! 懐よし! 一生安泰! さあ、いざ行かん! 二人のめくるめく愛の世界へ――ぐえっ」
芸術家がミレにキスしようと覆いかぶさった途端、集まっていた全員の手で袋叩きに遭った。
それもかなり本気でぶちのめされている。ミレが途中で止めなければ撲殺されていたかもしれない。
芸術家は傷めつけられ、床に大の字に伸びながら呻いた。
「あいたたたたた……うう、痛い。ひどい、ひどいや、皆……脅すよ?」
懲りていない。
再び制裁を加えられそうになった芸術家を、ミレは身を呈して庇う。それから芸術家を睨んで言った。
「むやみにひとを脅すのはよくないです」
「平気平気。僕、友達はたまにしか脅さないから」
たまにでも脅しは悪いだろう。
だが芸術家の非常識な思考回路を正すのはいまでなくてもいい。
ミレは強引に押し付けられた金の指輪を外すと、掌にのせて芸術家に返した。
「これは受け取れません」
すると芸術家はへにゃりと半泣き半笑いをした。
「僕、これでも本気なんだけどなぁ」
「わかってます。でももらえません」
芸術家は指輪を掴むといかにも悔しそうに愚痴をこぼした。
「……やっぱり遅かったかあー。残念。お嬢さんを幼妻にし損ねちゃったな」
それからミレを見つめた。一秒前とは全然違う底光りする眼だ。
「……指輪がいらないなら、他の情報をあげよう。兄王子君と弟王子君の耳より話があるけど、どっちを聞きたい?」
芸術家の豹変っぷりはいまにはじまったことじゃない。
免疫のあるミレは動じなかった。
気になるのはアーティスだが、知りたいのはユアンだ。
そこで迷うことなく「ユアン殿下」と答えた。
芸術家は「ふふふ」と胡散臭く笑って、後ろ手をつき、むくりと起き上がった。
「お嬢さんは本当に面白いよね。どうして僕の思惑通りにいかないかなぁ。まあいいや、今日はおめでたい日だし、ここは奮発してどっちも教えちゃおう」
もったいぶった割に、芸術家はさくっと言った。
「弟王子君に第一王位継承者の内示が出て、兄王子君は我らが主から裏の顔の次期後継者に指名されたよ」
衝撃的な知らせにミレは唖然とした。
どういうことだ。キャスはアーティスを見限ったのではなかったのか。
ミレは父キャスの真意を測りかねた。
いつもそうだが、キャスは肝心なことほど口を噤む。特にミレ自身のことについては、たいていの場合、道は示されても選択は任される(無論、例外はある)。
今回、王子殿下の話し相手の件にしても、王宮に放り込まれはしたものの驚くほど自由だった。たいした制約もなく過ごせたのはひとえに父キャスの力があったからだろう。
キャスはアーティスのことを「失望した」と評した。
だがそんな人間を組織の後釜になど据えるだろうか?
わからない。
わからない……。
ミレは相当気難しい顔で黙り込んでいたのだろう。シャレムが膝を折り、心配そうに擦り寄ってきた。
「ご主人さま」
つぶらな瞳で見つめてくる犬はかわいい。
ミレはシャレムをぎゅっと抱きしめた。
アーティスの手に助けられなければ、シャレムはシャンデリアに潰されていまごろは墓石の下だったかもしれない、そう考えてミレはブルッと身震いした。
「姫さま」
おずおずと声をかけてきたのはビスカだ。
「昨夜のことですけど、私達全員キャス様に召集されて余計な口出し、手出しは一切無用と釘を刺されてしまいました」
闇騎士が「そうそう」と相槌を打ち、お手上げだ、というように手を広げる。
「だから俺達からはなーんにもできないわけよ」
大商人が不敵な微笑を浮かべた。
「だけど姫さんの『お願い』なら聞けるぜぇ?」
聖職者がシャレムを無視し、ミレに手を差し伸べてゆっくりと立たせた。
「……守ることもできる」
呟いて、聖職者は自分の首に下げていたシリン教の聖職者を示す天秤の形の首飾りを外し、ミレの首にかけた。
「これで貴様は私の貴女だ。いついかなるときも私を呼べ。従ってやる」
聖職者が珍しく微笑した。ムダに顔がいいだけに破壊力は抜群である。
メンクイではないミレも不意を衝かれて、一瞬ぽーっと見惚れてしまった。
そんなミレにシャレムはひとりいじけて、膝を抱えメソメソぼやく。
「……どうせ僕はご主人さまにあげられるものなんて命の他にはなにもないし、四六時中傍にいられるわけでもないし、お仕事しか能がないよ……」
「シャレム」
「恰好よくもないしさ……」
「シャレムは恰好いいよ」
ミレは犬の頭を撫でて後ろから強く抱きしめた。
「大好き」
大切な存在。なくてはならない、大事な家族だ。
だから。
「ギャア」
昨夜アーティスからもらったオウム(まだ名前はない)が籠の中で騒ぎ立てる。
だから、シャレムを大事にしてくれるひとでなければダメなのだ。
ミレは言った。
「ユアン殿下とアーティス殿下に、会わないと」
ビスカが時計を見た。
「ちょうど、お時間です。参りましょう。もう皆さま、お揃いだと思いますよ」
ミレは訝しげに訊き返した。
「……皆さま?」
ミレと仲間たち。パーティのはじまる前。いかがでしたか?
次話、ミレとダリアン+α&アーティスです。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




