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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第四章 王子殿下の花嫁
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十 なにかおかしい・5

 ユアンがちょっぴり大人になりました。


 キャスはダリアンとユアンに交互に話しかけ、談笑しながらゆるゆるやってきた。傍に護衛の姿はひとりも見あたらない(おそらく距離をおいてついてきているのだろう)。


「ミレ」

「お父さま」


 キャスは薄いグレーの貴族服に漆黒のハンカチーフを胸にさしていた。仕立ては上等だが控えめな身なりなのに、相変わらず周囲を圧倒する空気を纏っている。

 我が父ながら、怖すぎる。

 とはいえ会うのは久しぶりで、ミレはキャスの顔を見て気をゆるめた。


「なにか変わりは」

「ありません」

「そうか」


 淡々と会話が進む。いつも通りだ。


「ようやく面倒事の片がついたのでね、おまえを迎えに来たのだよ」


 やはりユアンの話し相手とは別にミレが知らされていない裏事情があったらしい。

 ただ、その『面倒事』の内容までは明かされない。キャスの仕事に対して一切探らないことは暗黙の了解となっている。


「待たせてすまなかった。家に帰ろう」


 ミレは視線を落とした。


 ――家に帰れる。


 また研究三昧の日々に戻れるのだ。

 読書を我慢することなく、日がな一日、好き放題に本を捲り、数字の世界に没頭できる。もう対人関係に悩まされることもなくなる。


 だがどうしてだろう。思ったほど嬉しくない。

 キャスはミレの浮かぬ顔を無視して話を続ける。


「と思ったのだが、明日、両殿下がおまえのために宴を催して祝ってくださるそうだよ。せっかくだから、ご招待にあずかろうじゃないか。どうだね?」


 明日、ミレは十七になる。

 教えたわけでもないのにアーティスもユアンもミレの誕生日をちゃんと知っていて、二人でわざわざ祝ってくれるという。


「……ありがたく、お受けします」


 答えつつ、ミレは地面を見つめたまま考えた。

 王宮(ここ)にいられるのも、明日が最後。

 そう思うと胸がギュウッと糸で縛られたように苦しくなった。


「眉間に皺」


 と指摘され、額を人差し指でツン、とつつかれた。

 ミレの敬愛する師、ダリアンだ。

 薄茶の髪を短く切り揃えた長身のダリアンは、片眼鏡をかけ濃紺の学徒服に身を包み、ほれぼれするほどの美形っぷりを発揮している。

 鬱々とするミレを眺めて軽く眼を瞠り、「おやおや」と揶揄するようにニヤニヤ笑って言った。


「少し見ないうちにすっかり恋する乙女の顔じゃないか」

「からかわないでください」

「からかってやしないさ。愛弟子が急にきれいになってびっくりしているんだ」


 きれい?


 ミレは耳を疑った。


「君がきれいになったのは誰のためかな?」

「誰のためでもないです」


 だがダリアンはミレの言うことにはちっとも耳を貸さない。

 ずらりと居並ぶ面々に向け、無造作に親指を傾ける。


「で、本命はどれ?」


 どれときたものだ。

 ミレが返事に窮しているとダリアンは片眼を細めて思案顔で顎を撫でた。そんなしぐさも恰好いい。


「……まあいいか。かわいい君を悩ませるなどろくな男じゃなかろう。もし進退きわまり、私の手が必要になるようだったら呼びなさい。成敗してあげるから」


 腕に覚えのあるダリアンが言うとしゃれにならない。

 キラッと獰猛に光る瞳孔が危険なことこの上なく、それでいてミレを気遣うような優しい光が浮かんでいる。


「受け取りなさい」


 差し出されたのは銀鎖の首飾り。算数術の聖数字0がかたどられている。


「……これは?」

「明日一日、決して首から外さないように。いいね、頑張るんだ」

「意味がわかりません」

「いまはわからなくてもいい。明日になればわかるから」


 意味深なセリフだが訊いても答えてはくれなさそうだ。


「さあて、用は済んだし、私はこれで失礼しようかな。明日またね、ミレ」


 手を上げると、ダリアンはさっさと踵を返した。颯爽と去っていく。

 謎の首飾りと共に残されたミレは、とにかく明日もダリアンと会えるらしい、ということだけ理解した。

 そして、


「ミレ殿」


 ユアンの呼びかけに背中を強張らせながら振り返る。

 ミレは黙ったままドレスを摘み、膝を曲げて一礼した。

 最近のユアンはグッと大人びた。まず顔つきが違う。短気を抑え癇癪を起こすことがなくなり、相手の立場になってものを考え、話すようになった。虚弱体質も少しずつ改善されているらしい(ちょっぴり背も伸びたようだ)。

 ミレを見つめる眼は以前に比べて深みを増した。あどけなさは拭われ、憂いを帯びた熱を秘めている。とても十歳の少年のものではない。


「元気がないみたいだが、なにか気に病んでいるのか?」

「いえ、別に」


 顔を見ず、もぐもぐと口を動かす。

 家に帰れるのに喜べないとは言いづらい。


「……」

「……」


 間が重い。

 ガーデン・デートのあと、ユアンは変わった。

 告白され、求婚まがいのセリフや結婚観をぶつけられてからというもの、ユアンはそれらしき言葉を一切口にしなくなった。

 勉強量、運動量、食事量を増やし、敬遠していた社会活動に参加するようになった。政治の世界にも眼を向けはじめ、いっそう勉学に身を打ち込んでいる。

 ミレとも他愛のない会話は減り、近頃は算数術を教えるようになっていた。

 これはすごくいいことだ、とひそかに感心していた。数字を理解することは治世に役立つ。ユアンのためにも、民のためにもなるだろう。

 ふと気づけば、見つめられている。

 アーティスと同じように。同じ眼で。同じくらい、真剣に。


「……」

「……」

「……ミレ殿」

「……はい」


 やむをえず、眼を合わす。


「……私は……」


 ユアンは言い淀み、拳を握った。

 そのまま、再び黙る。

 代わりに、それまで静観していたキャスが口を利いた。


「ミレ」

「はい」

「おまえの結婚相手を決めたよ」


 キャスの眼は俯くユアンをとらえた。


「既にユアン殿下には内諾いただいた。おまえに異存がなければ正式に話を進めたい。異存はあるかね?」



 告知より遅れて更新。ダメ作者ですみません。

 次話、夜、アーティスがミレを訪ねて……?

 

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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