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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第四章 王子殿下の花嫁
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七 なにかおかしい・2

 ついに……?

 確かにアーティスとは途中で別れた。

 だが気が楽になったのも束の間で、エントランスの中央に差しかかったところで「ミレ!」と声高に呼び止められた。

 間違えようもない声。アーティスだ。


「……」


 振り返るのも億劫だ。

 それでも渋々ながら足を止めたとき、トコトコとミレのすぐあとを軽快についてきていたシャレムが背後から顔を近づけて言った。


「ご主人さまは先に行って。僕が奴の相手をする」


 ミレの気鬱な表情を見て察したのだろう、利口で忠実なシャレムはアーティスを遠ざける役を買って出てくれた。

 ミレは聖職者に促され、一旦はこの場をシャレムに預けようとしたものの、十歩も歩かないうちに「やっぱりだめだ」と思い直した。

 万が一にもシャレムがアーティスを噛んだりしたら大変だ。噛まないまでも引っ掻いたり、蹴ったり、踏んだりするかもしれない。王族相手にそんな非礼をはたらけばいくらシャレムが首輪付きでも処分の対象になるかもしれない。


「シャレム――」


 ミレの呼びかけにシャレムが肩越しに振り返る。その向こう、アーティスが不服そうに佇んでいる姿が垣間見えた。

 突然、ギッ……、と上から異音が響いた。

 次の瞬間、天井からシャンデリアが落下してきた。

 よりによって、シャレムの真上に。

 一秒後、凄まじい音をたててシャンデリアが砕け散った。大量のガラスの破片が降り注ぐ。宮殿が揺れるほどの大衝撃に見舞われる。

 ミレは聖職者が盾となり、彼の腕と胸に囲われて完全に守られた。


「……怪我は?」


 頭から血を流しながらも自分のことにはかまわず聖職者が訊いてきた。ミレの身を案じているためか、顔が普段よりも厳しい。

 ミレは蒼褪めながらかぶりを振った。怪我はない。ミレ自身は無事だ。


 無事ではないのは――。


 急にガクリと力が抜け、ミレは床にへたり込む。


「……立てるか?」


 聖職者に手を差しのべられてもミレは床に座り込んだまま動けなかった。足に力が入らない。全身が震えている。眼がかすみ、前がよく見えなくて……。

 うろたえた。ミレは這いずるように前進して、シャレムの姿を探し求めた。


「シャ、シャレ……シャ、シャレム……?」


 いない。

 まさか直撃を受けたのだろうか。

 一気に目の前が真っ暗になった。


 ――死。


 その一語がミレの脳裡を掠めて絶望し、ほとんど失神しかけたそのとき、聖職者の腕にふわりと抱きあげられた。


「向こうだ、見ろ。犬は生きている。だが……」


 聖職者の視線の先を辿ってミレが見たものは、信じられない光景だった。

 シャレムは無事だった。

 両手を身体の横において尻もちをついている。呆気にとられた様子が緊迫した場にそぐわない。ポカンと眼を丸くして、自分の身に起こったことが理解不能という顔で、ぼんやりと足元を眺めている。

 はじめ、ミレの眼にはシャレムしか映っていなかった。


「シャレム!」


 聖職者に運んで降ろしてもらい、シャレムの首に両方の腕を伸ばして無我夢中で抱きしめた。力強く脈打つシャレムの心臓の音を聞いて、胸に安堵の波が広がる。

 ミレは眼に嬉し涙を浮かべて告げた。


「よかった、無事で」


 だが、シャレムの反応は鈍い。


「……うん、僕は大丈夫。庇って、くれた、から……」


 庇った?

 シャレムを?


「誰が」


 訝るミレに、シャレムは困惑を隠さず無言で足元を指差した。

 アーティスが全身血まみれで倒れていた。

 傍ではソーヴェが必死の形相でアーティスの救命処置をしていて、たちまち辺りは怒号と悲鳴に溢れかえった。


 それからあとの細かい出来事は憶えていない。

 駆けつけた救護隊の担架にのせられ、アーティスはただちに集中治療を受けた。

 ミレはソーヴェの要請により、アーティスの手を軽く握った状態でずっと声をかけ続けていた。

 さいわい直撃を免れていたし、出血も頭部を除いてはたいしたことはなかった。シャレムを突き飛ばした拍子に無理な体勢だったため肋骨にひびが入り、片足を挫いているものの、命にかかわるような大怪我ではないと診断され関係者を安心させた。

 ただ、破片の一部が額を深く抉っていたので縫合痕が残るという。

 ミレは麻酔が効いてまだ眠ったままのアーティスの枕元に座りながら、ぼんやりと考えていた。


 ……どうしてシャレムを、身を呈して庇ったのだろう。


 どちらかと言えば、仲の悪い二人だ。腑に落ちない。

 だいたい、正統な王位継承者たる身で国家の(ダベル・ダラス)の命を救うなど本末転倒だ。決してあってはならないことで、眼を醒ましたあかつきにはこっぴどく叱責されるに違いない。

 だけど、アーティスはためらわなかった。

 ためらっていたら、間に合っていないはず。シャレムは即死だっただろう。


 ……シャレムを助けてくれた。


 理由はともあれ、それが事実だった。


「……」


 ミレはじっとアーティスの静かな寝顔を見つめた。

 この瞬間から、トクン、と心臓がいつもと違う音を響かせて動きはじめた。


 次話、アーティスが眼を覚まします。


 ひとことエール募集中。

 気が向かれた方、ぜひ。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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