六 なにかおかしい
ミレ視点です。
アーティス視点の続き。直後です。少々短め。
二
ミレがいいというのに、アーティスは「部屋まで送る」と言ってきかない。
部屋は隣なのだ。それでどうしてついて来るのだろう。
さきほどまでの高圧的でちょっとトチ狂った言動からして、アーティスはおかしい。「熱はない」らしいが、だったらどうして熱に浮かされたような眼で見るのだろう。
自分で無茶苦茶にしたくせにしおらしく髪を撫でつけたり、よれた胸元を直したり、足をすくい履物をはかせて、しょんぼりしたまま黙ってミレの手を取り立ち上がらせた。
「……」
アーティスはミレと眼を合わせないまま、もじもじしていた。
葛藤があるのか、ちらちらとミレを見てなにか言いかけては、無言で口を閉じる。
「もう帰っていいですか」
「あ、いや、待て、まだ私は、か、肝心なことを君に言ってなくて……」
ぞわっと悪寒がミレを襲った。
前回会った折に「逃がさない」と脅迫されたことを俄かに思いだした。
いま跪かれて正式に求婚されたらとても困る。
そもそも王子の求婚を面と向かって断るなどできないことだ。いくら世事にうといミレとてもそのくらいはわかっている。
貴族の結婚は両家合意のもとの契約でもある。花婿側の格が上位の場合、花嫁側は正当な理由でもなければ断ることはなく、通常はこれを受ける。
恋人でもいれば話は別で逃げる(丁重に求婚を辞退する)こともできるだろうが、あいにくミレにはそんなものはいない。
それどころか、内々に父キャスの承諾を得た求婚だったらミレは断れないばかりか、さっきの行為の続きに及ばれてもおかしくはない。
「……」
逃げたい。
いまならまだ間に合う。手遅れにならないうちにさっさと退去しよう。
そう思い、握られている手を引っ張ったものの、逆に引っ張られる。
「なぜ逃げる」
不本意にも、アーティスの腕の中に転がり込む。
耳元で囁かれた声は尖っていて、怒っている。
ミレが顔を上げると、アーティスの無作法を詫びたばかりとは思えない険のある眼に射竦められた。
「逃げるな。私を二度と避けないと約束しろ。いや、してくれ。頼む」
威圧が過ぎたと気づいたのか、途中からアーティスの語尾が和らぐ。殊勝な顔つきにミレは詰めていた息を吐いた。
どうやら、求婚の心配は取り越し苦労だったらしい。
「わかりました」
「本当に?」
「はい」
「本当の本当に?」
鬱陶しい。
ミレが睨むとアーティスは一瞬怯んだものの、「絶対だぞ」と念を押した。
気のせいだろうか。このところのアーティスの言動がユアンに似ているような気がする。
はじめの頃に感じたようなのらりくらりとした印象は払拭され(完全にではないものの)、感情が素直に言葉や態度にあらわれている。
「では、部屋まで送ろう」
「隣です」
「隣まで送ろう」
「具合が悪いのでは」
「もう治った」
アーティスのうきうきした様子を不気味に思いながらミレは空いている方の手の甲で唇を拭った。
これを見たアーティスは相当ショックだったらしく殴られたようによろめいて、壁に頭から激突し、痛みに唸って額を押さえつつ口をパクパクさせている。
「……」
やはり脳の一部が故障しているらしい。
ミレは鈍くさいアーティスにはかまわず、すたすたと扉に向かった。
なんだか無性に外の空気が吸いたい、とミレは思った。すぐに部屋に戻らず中庭にでも行こう。シャレムを連れていれば夜の散歩も問題ないだろう。
アーティスの部屋の外にはシャレムと聖職者とソーヴェがピリピリした様子で待機していた。
ミレの姿を見るなりシャレムが「ご主人さま!」と満面笑顔で飛びついてくる。
「大丈夫? 変なことされてない?」
「うん」
と嘯いておく。こう言わなければシャレムはナイフを振り翳しアーティスを襲って輪切りにするかもしれない。怖すぎる凶行だ。
「外に散歩に行きたい」
「いいよ。僕、お伴する」
シャレムは二つ返事でミレに従う。
「……」
無言で聖職者もミレの護衛につく。そしてなぜかアーティスもついてくる。
ミレは足を止め、嫌そうに振り返った。
「どうして殿下までついてくるのですか」
「私のことは気にするな。行き先が途中まで一緒なだけだ」
疑わしい。
だがついてくるなとも言えず、ミレはシャレムと聖職者を同行させ、アーティスと渋面のソーヴェも後方にくっつけて、エントランスへ向かった。
前回告知場面、次話持ち越します。すみません。
若干壊れ気味なアーティスをくっつけて、続きます。
安芸でした。




