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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第四章 王子殿下の花嫁
69/101

五 会いたくない・5

 アーティス視点、会いたくない 終了です。

 声にならない。

 アーティスはきつく眼を瞑った。強い気持ちだけが喉元まで込み上げてアーティスの顔をくしゃくしゃにした。いまにも心臓が弾けそうだ。

 ミレのふんわりした乳房をアーティスの胸が押し潰しているため、激しい動悸は直に伝わっているはずだ。傍から見れば女性を押し倒して襲いかかっているように見えるだろうが、いまこのときのアーティスにやましい気持ちは微塵もなかった。

 ただ、口にはできないこの想いがなんとか伝わらないものかとアーティスなりに一生懸命だった。


「どうすれば私を……っ」


 好きになってくれるのか。

 好きになってくれ、なんて傲慢だろうか。


 アーティスはミレの細い首筋に顔をうずめた。ミレが身動ぎしたので、反射的にミレの両方の手首を頭の上でまとめて押さえつけてしまった。


「重いです」

「だから?」

「退いてください」

「退いたら君は逃げるだろう」


 どこまでも冷めた瞳を覗き込む。

 だんだんと、アーティスは腹が立ってきた。

 自分ばかりが関係の改善に必死で、こんなにも無様な醜態をさらしているというのに、ミレときたらちっとも手応えがない。無関心を隠しもせず、まるで他人事のように構えている。

 アーティスは片手でミレの手首を拘束したまま、もう片方の手は滑らかな白い頬をゆっくりと撫でてから、顎先を指でつまんで上向けた。

 至近距離でいやでも眼が合う。


「ミレ」

「はい」

「君は怠惰で面倒くさがりやで無防備で非常識で社交性を著しく欠いていて、それに加え、口下手で怖がりでひとの気持ちに対しておそろしく鈍くて、食べ物につられる傾向があるうえ危機管理もなっていないときている」

「帰っていいですか」

「帰るな。最後まで聞きたまえ」

「……」


 ミレの口がいかにも不満そうにへの字に曲がる。

 アーティスの遠慮のない罵詈雑言にさしもの天然鈍感なミレも機嫌を損ねたようだ。

 アーティスはそっとミレの唇を指でなぞった。


「……だが、かわいい」

「……」

「とても……かわいい」


 呟きながら、なんて恥ずかしいことを言っているのだろうとアーティスは顔から火が出る思いだった。自分でも頬が紅潮しているのがわかる。気が昂って、緊張のあまり頭がおかしくなりそうだ。

 案の定、ミレはアーティスの正気を疑った。


「熱でもあるんですか」

「ない」

「あれだけ私を罵倒しておきながらお世辞など言われても嬉しくないです」

「世辞ではない」


 アーティスはむっとして言い返した。

 珍しくミレもむきになっているようで、眼に怒気を含んだまま反論してきた。


「私は別に殿下に無理に褒められなくても結構です」

「無理に褒めているわけではない! というか、ちょっと待ちなさい。では誰ならば褒められたいというのだね。まさか他の男に媚を売るわけではないだろうな」


 そんな男がいるなら殺してやる。


 と、アーティスの眼が嫉妬に狂って険しくなったことに気づいた様子もなく、ミレの返事はあくまでも素っ気ない。


「殿下に関係ありません」

「関係ある」

「ありません」

「ある」

「ありません」


 アーティスは癇癪を起して喚いた。

 もうほとんど唇が触れんばかりの距離で言葉をぶつける。


「あるったらある。なぜわからない! 私は君のことではなにひとつ無関心ではいられないのだ。君のことが大事で心配で気にかかって、寝ても覚めても頭から離れない。それに、ええい、くそっ、何度でも言うが、君はかわいい。かわいくないところがかわいい。私にとってはこの世の誰よりもかわいいのだ!」


 ほとんど自棄である。

 アーティスの迫力に気圧されたのか、ミレは途中から黙ってしまった。

 褒めちぎられ感銘を受けて嬉しがるどころか、非常にうさんくさそうな眼つきでじろじろとアーティスを眺めている。


「……」

「……」

「……」

「……どうも」


 明らかになおざりなミレの相槌にアーティスの堪忍袋の緒が切れた。


「……君ってひとは、本当にかわいくない女性だな」

「かわいくなくてかまいません」


 ツン、と厭味ったらしく顔を背けられてアーティスは逆上した。


「っ、だから、私は……っ。もういい、その減らず口を叩く唇を塞いでしまえ」


 アーティスはミレの口にかぶりついた。

 優しく唇を重ねる、なんて生易しいものじゃない。噛むように奪った。そしてたちまち夢中になった。


「……」

「……」

「……」

「……っ」


 下手をすると、いや下手をしなくてもこんなことをするから怖がられるのだ、と自制心を働かせやめようとしたものの、ミレの唇の甘さに抗えない。


「ミレ」

「……」

「ミレ、ミレ」

「……」


 抵抗らしい抵抗がなかったことも、キスがやめられなかった理由のひとつだ。

 キス以上を堪えたのは、日頃の辛抱と理性のたまものだろう。

 アーティスは一時の欲望に負けた自分を責めた。我に返ると同時に後悔した。

 恥じ入りながらミレを丁寧に引き起こし、乱れた髪やドレスを整え、履物をはかせる。


 とてもではないが、顔を見られない。


「……ら、乱暴をして、すまない……」


 と、ひとこと心から謝るのが精いっぱいだった。


 次話、ミレ視点。

 この出来事の直後、主人を待っていた犬のもとへ戻りますが、部屋に戻る途中に……?


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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