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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第四章 王子殿下の花嫁
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三 会いたくない・3

 続きます。


「そう簡単にいくものか」


 ソーヴェの楽観的な発言を真に受けるほど初心(うぶ)ではない。

 とにかくミレは手強いのだ。

 口説いても口説いてもそうとは気づかず、かなりきわどく迫っても身の危険に怖気づくというよりは、単純に怯えている。

 怖がらせたいわけではないのに。

 だがミレはアーティスに対し、ほとんど逆らわない。常に逃げ腰で(実際何度も逃げられた)、臆面もなくひとを嫌がるくせに完全には拒まない。

 だから、迷う。

 どこまでだったら近づいていいのか。

 境界線が読めない。

 それがミレに対しあと一歩踏み込めない理由のひとつだ。

 アーティスは嘆息し、適当に着替えながら、やり場のない不満をぶちまけた。


「だいたい私が誠心誠意言葉を尽くすより、期間限定の高級な甘い菓子でも大量に用意して贈った方がミレの気を惹くには手っ取り早いだろう」


 ソーヴェは一笑した。


「そんなばかな」


 アーティスは真顔できっぱりと言った。


「事実だ」


 空気がきまずいものになる。

 ソーヴェはなんとか場を取り繕おうとしたがうまい具合にいかない。


「……」

「……」

「……」

「……よせ。憐れみのこもった眼で私を見るな」


 自分で言っておきながら結構深く傷つく。

 アーティスは意気消沈し凹みながら、とぼとぼと入浴に向かった。


 それから二週間が経ってもアーティスの悪戦苦闘は続いていた。

 まだミレに会えていない。

 早朝、朝、昼、夕、夜。

 とにかく時間をつくって訪ねるものの、ミレの取り巻きに阻まれる。

 正攻法では無理だと踏んだアーティスは、偶然を装い、呼び出しをかけたり、手紙を書いたり、ユアン訪問中の隙を衝いたり、食べ物の差し入れを試みたりとあの手この手で会おうと力を尽くした。

 しかし努力は報われず、現在に至る。

 いまもミレが部屋に在住なことは確認が取れているのに、外で待機する大商人に取り次いでもらえずにいた。


「ミレに会わせてくれ」


 辛抱強くアーティスは繰り返した。


「だーかーらぁ、クソ殿下、あんたを姫さんには会わせられねぇのよ。もういいかげんに諦めてくれよー」

「ミレに会わせてくれ」


 大商人は「はーっ」と大仰に溜め息をついて指を髪に突っ込み、バリバリと頭を掻いた。


「あー、くそ。かったるいぜ、まったく……何度言ってもわからねぇ男だなぁ。姫さんはあんたに会いたくねぇって言ってんの。俺が嫌がらせをしてるわけじゃねぇの。あんたは引き下がるしかねぇの。わかるー? ってか、わかれ」

「ミレに会わせてくれ」

「はははははー」


 乾いた笑声を廊下に響かせながら、大商人のこめかみにはピキッと憤怒の青筋が浮かび上がる。職業上、もう少し忍耐強くありそうなものだが、そうでもないらしい。

 大商人はおもむろに左の袖に右手を突っ込み、小瓶を取り出した。角柱状のガラスの容器で、コルク栓で密閉されている。


「……俺を怒らせるなよ? あんまりうぜぇと、やっちまうぜ……」


 悪党らしく凄んでみせる。

 大商人の指はコルク栓をいまにも捻りそうだ。中身は無色透明の液体が入っているようだが、それがなんなのか訊くまでもないだろう。

 商人は商人でも、死の商人。名うての毒収集家でもある。


「殿下」


 背後で気を揉みながら静観していたソーヴェが退き時だ、と声をかけてくる。

 アーティスはグッと指を折って掌に爪が食い込むほど強く握り締めた。悔しかった。大商人の背の向こうを凝視する。たかが扉一枚。されどこんなにも遠い。


「……」


 怒号を放ちたい。大声で喚きたい。ミレを責め立てたい。

 だけどそんなことをしてなんになる。いっそう避けられるだけだ。

 苦しい……。

 本当に苦しい。

 心臓がよじれるような錯覚さえおぼえる。

 会いたいひとに会いたくても会えないことがこんなにも辛いとは思わなかった。


「……では、私が会いたがっているとミレに伝えてくれ」

「あんたは」


 大商人が手の中で小瓶を弄びながら憮然と言った。


「俺たちが姫さんの傍にいる意味をわかってんのかよ?」


 言葉づかいは乱暴だが声に悪意は感じられない。

 値踏みされるような辛辣な眼つきは気に食わなかったが、一方でアーティスの身を案じるそぶりを窺わせた。


「わかっているとも」


 アーティスは素っ気なく応じた。

 だが反応の薄さが気に入らなかったようで、大商人は苦み走った顔で鼻に皺を寄せ食い下がってきた。


「本当にわかってんのかよ?」

「二度も同じセリフを言わせるな。私にとっては新たな使用人が増えるだけのことだ。たいした問題ではない。だが、使い勝手が悪ければ捨てる」


 アーティスが温情のかけらもなくそう告げると、大商人は意表をつかれたようにやや眼を丸くし、ついでニヤリと口角を持ち上げて腕を組み顎を撫でた。


「……へーぇ。言ってくれるじゃねぇか。お上品な生まれのあんたに薄汚ねぇ俺たちが使いこなせるとでも?」


 今度はアーティスがせせら笑う番だった。


「私を誰だと思っているんだ? 生まれも育ちもこの王宮、どす黒い悪意の巣窟で百戦錬磨のおべっかつかいや大嘘つきどもと長年暮らしてきたのだぞ。この身が清廉潔白なわけがあるまい。とうにこの手は汚れている」


 自慢にもならないが汚れ仕事など日常茶飯事だ。

 直接手を下さなくても命じれば同じこと。いままでだってそうしてきたのだ。これからだってそうだろう。ただ裏の仕事に直接介入することで、身辺ではより多くの血が流れるに相違ない。

 ミレを望むなら、ミレを守る彼らも引き受けると言うことだ。

 彼らの手綱を握る覚悟がない者にミレを妻に娶る資格はない。

 それは暗黙の了解。

 アーティスは軽く胸を反らし、ふてぶてしく微笑した。


「さいわい、私はひとを顎でこき使うのは大得意だ」


 大商人が片眼を眇めて低く唸る。


「……首を洗って待っていろってか?」

「まあそういうことだ」

「ふん。あんた、俺たちを相手にする前に姫さんをどうにかするのが先じゃねぇの?」

「だったらミレに会わせてくれ」

「ごめんだね。あんた忘れているようだけど、俺たちも一応姫さんに求婚中の身なんだよ。もっとも、てんでまともに相手にされちゃいねぇけどさぁ……」


 大商人はぼやいてかぶりを振り、「伝言は預かっておく」と呟いて、もう行け、と手を振った。その眼に一抹の同情がよぎったのをアーティスは見逃さなかった。

 目の敵にされているわけではないようだ。

 いくぶん気が楽になったものの、胸苦しさは変わらない。

 アーティスは未練がましく閉ざされたままの扉を見やりながら、悄然と踵を返した。

 


 

 連続更新中。

 次話、アーティスとミレ、遭遇。久々の会話です。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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