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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第三章 王子殿下の恋のお相手
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十五 止めます

 聖職者のちょっといいとこ見てみたい?

 

「……なにを、悩む?」


 青銅の瞳がミレを案じている。整った怜悧な美貌は一見無表情だが、自分を気遣ってくれているのがわかる程度には親交が深まっていた。

 ミレは聖職者、闇騎士、大商人、芸術家を順に眺めた。

 彼らの存在も疑問のひとつだったが、最近になって、もしかしたら単なる護衛ではなくて、父の意に染まない男性をミレの近くに寄せつけないための防壁もとい監視人ではないかと思うようになった。

 求婚者とは表向きで、常に誰かが傍にいる。

 シャレムが頻繁に留守するようになったその埋め合わせをするように。

 一時期は大勢の宮廷人に群がられたものの、いまではそんなこともなくなった。ユアンかアーティスが手をまわしたのか、それとも彼らが睨みを利かせたためかは不明だが、ミレを煩わせる者はいなくなった。

 裏を返せば、ユアンとアーティスは排除の対象ではないということだ。

 彼らが父の手のものである以上、それは父の意向に他ならない。

 ……会わせたかった? 

 それがミレを王宮へ送り出した理由だろうか。

 二人の王子。

 頭が痛いことに、どちらからも求婚まがいのことを告げられた。

 ミレにそのつもりはなくとも、父がその気になれば話は違う。一気に現実味を帯びてくる。

 王子妃――もしかしたら、王妃の座に就くことだってありうる。

 顔色を失くしたミレを聖職者がどう見たのか、不意に軽く抱き寄せられた。聖職者の腰に額があたる。黒手袋を嵌めたままの手が後頭部に添えられている。意外にも優しい手だ。


「……泣くな」


 驚いたことに慰められているらしい。

 だが、泣いてはいない。

 困ったなあ、と凹んだだけだ。

 ミレの顔が陰気に曇ったことに対し聖職者は明らかに不愉快そうだ。理由を口に出しはしないが、静かな怒りを痩身に滾らせたようにも見える。

 冷たい宝石のような眼が鋭い光彩を放つ。地を這うような低い呟きが漏れた。


「私が抹消してやる」


 誰を。

 ミレが問い返すより先に聖職者は銀色の髪をたなびかせて踵を返し、部屋を出て行こうとした。

 はっとする。相手は、まさか――いや、まさかじゃない。十中八九、ユアンとアーティスだ。

 ミレは跳ね起きて「だめ」と叫び、聖職者に体当たりでぶつかっていった。夢中で手を伸ばし、背中から腕をまわして渾身の力を込めて引き止める。


「やめてください」


 必死だった。

 聖職者がその気になれば王子二人の暗殺くらい朝飯前だろう。蚊を潰すくらい容易にやってのけるに違いない。

 阻止しなければいけない。

 二人を殺させてなるものか。

 ミレは衝動的に口走った。


「ユアン殿下もアーティス殿下も、私の」


 私の、なんだろう?

 ミレは数秒迷ってから言った。


「……友人です。殺さないで」


 本当に友人かどうかはさておき、他になんと言っていいものかわからず、とりあえずそういうことにしておこう、とミレは思った。

 聖職者が納得するまで離さない覚悟でミレはぎゅっと腕に力を入れた。


「……わかった」


 と、薄い唇から上擦った声が小さく落ちた。


「わかったから、離せ」


 なぜか、聖職者が珍しく動じている。硬直した身体に加え、ミレから眼を逸らして顔を見せまいとしていた。


「……離、せ」


 ミレが完全に腕の力を抜く前に後ろから二本の手がぐんと伸びて、腰をさらわれた。抱き寄せられる。 シャレムだ。

 ミレはぎくりとした。肌が泡立つ。顔が怖い。ミレの犬ではない。国家のダベル・ダラスの顔だ。


「……ご主人さま、他の男に抱きついたりしないでよ」


 激しく誤解している。

 ミレは戦慄しつつ、首を振った。


「抱きついてない」

「抱きついていたじゃないか。思いっきり。僕、ご主人さまが僕以外の奴に触るの、ちょっとでも嫌だ。我慢できない。殺してもいい?」


 眼が据わっている。

 シャレムは本気だ。

 ミレは即座に「お座り」と命じた。シャレムが反射的に跪く。その頭を胸に抱き寄せる。強く掻き抱く。それから優しくたしなめる。


「……抱きついていたんじゃない。聖職者がすぐにも王子殿下を殺しに行きそうだったから引き止めたの、ただそれだけ。変なふうに取らないの」


 シャレムは拗ねたようにくぐもった声でぶつくさ言った。


「行かせればいいじゃないか。あんな奴ら、生きていてもご主人さまの害になるだけだよ。なんなら僕が噛んできてあげる」


 シャレムの噛むは闇討ちに値する。物騒なことこのうえない。


「だめ」

「けち」


 いかにも残念そうに舌打ちしたシャレムだが、すぐにゴロゴロと擦り寄ってきた。


「あー、ご主人さまの胸は気持ちいいなあ。ふわっふわだー」


 一言余計だ。

 ミレはシャレムをゴン、とぶった。


「痛いですー」


 シャレムがシクシク泣き、両手で頭を押さえる。


「ざまあみろ」


 ケケケッ、と嘲笑ったのは大商人。


「いっぺん死に去らせ」


 闇騎士が問答無用で斬りかかってきた。


「犬君は役得が多いよねぇ……ちょっと脅しちゃおうかな。ネタはいっぱいあるから」


 芸術家がとぼけた顔で嗤う。


「……」


 シャレムと闇騎士が一戦交えはじめたので火の粉が降りかからないよう、聖職者が扉口までミレを避難させた。

 いくぶん態度がよそよそしい気がするのは気のせいだろうか?

 そこへノックがあり、ビスカがいい匂いとともに元気よく顔を見せた。


「姫さま、お待たせしましたぁ! もうまもなくビスカ特製パンが焼き上がりますよぉ。そろそろ厨房にいらしてくださぁーい」


 次話、ビスカ特製パンをいただきますの巻。

 そして……?


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。


 追記。拙作 まだ君は目覚めない 和カフェもの。まだ未読の方はお時間のあるときにでもお立ち寄りください。

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