十四 考えます
ビスカ、出番次話に持ち越し。
五
ユアンとのガーデン・デートから一週間が経過した。
あのあとユアンは体調を崩し(やはり全力疾走したのがいけなかったのだろう)、面会謝絶となった。
またミレもどうにも気分がすぐれなかった。
ユアンのことだけではなく、アーティスのことも考えて、すっかり寝不足である。
ここ数日、ミレは部屋に引きこもっていた。
父の思惑がわからない。
そもそもミレが人間嫌いということもあるが、父はミレをひとと会わせたがらない。特に若い男性には。学会関係者さえ例外ではなく、ミレの知らぬ間に門前払いを食った人間などどれくらいいるのだろう。リュドーのように。
そうかと思えば、『王子殿下のお話し相手』などと、どう考えてもミレにはまったく不向きな務めを引き受けたりなどして、父の真意が読めない。
ミレはソファにゴロンと横になった。
考えるのは性に合わない。
算数術の解を求めるのとはわけが違う。
だから人間は苦手だ。関われば関わるほど、心をもっていかれる。無関心ではいられなくなる。いまではもう、ユアンのことも、アーティスのことも、知らんふりなどできない。だからといって、どうすべきなのか、それもわからない。
そもそもミレは好意をもたれること自体に慣れていないため、好意を返すということがうまくできない。
ユアンも。
アーティスも。
好きか嫌いか、と問われれば、好きではないのだが嫌いでもない(後者は怖いひとだが悪いひとではないと知っている)。
だが、どうでもよい相手、ではなくて。
「……」
ミレは眼を瞑って寝がえりを打った。途端、ソファから転げ落ちた。
ところが痛くない。
すぐ傍にいつのまにか身を屈めて両腕を差し出したシャレムが待機していて、ミレはあっさりと受け止められた。
「よ、っと」
ソファに戻される。そしてまたシャレムは同じ姿勢で傍についてくれる。
「シャレム」
「なに? ご主人さま」
微笑むと、微笑みを返される。
ミレは手を伸ばしてシャレムの柔らかい髪を撫でた。シャレムはうっとりと眼を細めて、おとなしくされるがままになっている。
「大好き」
「僕も大好きー」
かわいい。
たまに手がつけられないほどの狂犬に成り果てるものの、シャレムはシャレムだ。忠実で強くて優しい。ミレの大切な犬だ。
「えー、コホンコホン」
わざとらしい咳払いをしたのは大商人だ。
「犬と二人きりじゃあるまいし、あてつけにベタベタ見せつけるのはやめてくれねぇかなあ」
「そうだよ」
と、相槌を打ったのは部屋の隅に陣取り浅く椅子に腰かけて、木炭を手にスケッチしている芸術家。手元の小卓にはパンを練った消しゴムが転がっている。
「やたらと動かないでくれたまえ。描きづらくて仕方ない。あ、犬君、さっきの腐った笑顔はなかなかよろしい。うーむ、この見事な出来栄え。やはり僕は天才だ!」
芸術家は悦に入っている。
……恐ろしいことに、どうもミレとシャレムが被写体のようだ。
「どれ」
好奇心をそそられたようで、闇騎士がわざわざ壁際を離れ、見に行く。
「……」
「どうだい。感動したかい?」
「……」
闇騎士は無反応。
そんなふうに黙られると気になって仕方がない。
ミレのイライラを察したのか、シャレムがすっと立ってトコトコ歩き、芸術家の傍まで行ってスケッチブックを覗き込む。
「……」
やはり無反応。
得意気に胸を反らせているのは芸術家だけだ。
「そうだろう、そうだろう。感動のあまり声がでないんだろう。ふふっ、いいとも。遠慮なく褒めたたえたまえ。なにを隠そう、この僕は千年にひとりの大家と――ああ!」
バリッと音がした。
シャレムがスケッチブックを二つに引き裂き、件の頁を破って丸めて水差しに突っ込んだ。
「もう二度と、ご主人さまと僕を描かないでください」
にっこりと微笑し、シャレムは袖口から引き抜いたナイフをこれみよがしに閃かせ、ぐっさりとスケッチブックを串刺しにした。
「ひどいよ―、犬君」
「ひどいのはあなたの絵の腕です。僕に殺されないだけマシだと思いなさい」
「……」
闇騎士がなにか言いかけたので、すかさずシャレムはその喉を絞め上げた。
「なにか? なにも言いたくないですよね? あなたはなにも見なかった。そうですよね?」
いったいどんなふうに描かれていたのだろう。
猛烈に気になる。肝心の絵は水にふやけてしまった。
だけど――シャレムがあれほど怒るのだ、奇妙奇天烈なものだったに違いない。
やはり見なくてもいい、とミレは気を変えた。ふっと斜め背後に立つ聖職者に気づく。
聖職者は物思わしげにミレを見下ろしていた。
長くなってしまったので、分割。
残り半分は見直しして明日上げます。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




