十一 笑ってます
久しぶりの更新になりました。
アーティス&ミレ +鳥です。
三
傍から見ると、奇妙な構図だ。
優美な猫脚の長椅子にくつろぐ、二人と一羽。
ミレとアーティスに挟まれて、オウムのドナがでん、と居座っている。
眼の前のテーブルには茶器一式と皿いっぱいのヒト型のクッキー。ジンジャークッキーだ。ほんのり辛く、香ばしく、サクサクした触感でとてもおいしい。
「ん」
アーティスがひとつ摘み、ミレの口元へクッキーを運ぶ。
「……」
ミレはパクッと食べ、もぐもぐしながら、ドナを見る。
「ギャア」
催促され、クッキーを掌にのせ、差し出す。ドナは嘴で上手につついて、ポイと口に放り込む。
「ん」
「……」
「ギャア」
アーティスがミレに食べさせる。
ミレがドナに食べさせる。
ドナはアーティスに甘える。
この繰り返し。
他人の眼にはさぞや滑稽に映るだろう。だがもう慣れた。ドナの世話のためにアーティスの部屋に通うようになり、ちょくちょくお茶に招かれ、その都度至れり尽くせりの歓待を受けた。
はじめのうちはこの行き過ぎた親切を薄気味悪く思い、落ち着かなかったが、慣れというものは恐ろしい。いまではアーティスに給仕してもらうことがあたりまえのようになっている。
アーティスがミレに訊ねる。
「飲み物は?」
「いります」
ふ、と笑い、アーティスはしなやかな指で氷の浮かぶ冷たいレモン水の入ったグラスを持ち上げ、ミレの口元に近づける。
「……」
グラスがそっと傾けられ、アーティスに見られながら、ミレは酸味のさわやかな水を飲む。
しばらくこうしてお茶とお菓子に専念したあと、満腹感にぼーっとする静寂に包まれる。
ドナも同じなのか、半眼になり、うとうとしている様子だ。
ミレは腿の上に手をおいて、長椅子に寄りかかり、急に襲われた睡魔と闘っていた。身体が自然と斜めになるところを、ハッとして持ち直す。
なにが楽しいのか、そんなミレを眺めてアーティスはかすかに微笑している。
最近、アーティスはよく笑う。
はじめに会ったときのように、整ってはいるもののうさんくさい微笑ではなく、血の通った、屈託ない笑顔だ。
気を許している、そんなふうな表情で、長い足を軽く開いて座り、やや前屈みになって両肘を両ひざにつき、指を組み、下から覗き込むようにミレを見つめる。眼は優しく細められていて、なにか眩しいものでも見るようだ。
ちょっと不気味なほど、機嫌がいい。
ミレは眼を擦り、眠気を払いながら言った。
「……なにか悪いものでも食べたのですか」
「どうして」
「顔が変です」
「君のその眼は節穴か! せめて嬉しそうとか楽しそうとか言いたまえ!」
憮然として言い放ち目尻を吊りあげたアーティスに、ミレは眼を瞬かせた。
首を捻って訊ねる。
「……嬉しくて、楽しいのですか」
「そうだ」
「なぜですか」
「君が傍にいるからだ」
わけがわからない。
ミレは渋面をつくり、なんの魂胆があるのだろう、と疑わしそうにアーティスを見つめ返した。
アーティスは手を振り、金髪に指をくぐらせ、ため息まじりに言った。
「……その嫌そうな顔はやめなさい。ブサイクだ」
「地顔です」
「そうか」
「そうです」
沈黙が流れる。
「……」
「……」
私が傍にいるから、なんだというのだろう。
ミレの心を読んだかのように、アーティスがニヤリと笑った。膝に片肘をついた恰好で、折った手首に顎をのせ、ちらりと視線を投げてよこす。
「君が傍にいれば、君のことだけを考えていればいい。君と離れていると余計なことに悩まされるからな」
「どんなことです」
「君が悲しんだり苦しんだりしていないか、他の男に色眼をつかわれたり口説かれたりしていないか、色々だ」
ますますわけがわからない。
ミレはいよいよ仏頂面をして言った。
「なぜ殿下が私のことをそれほど気にかける必要があるんです」
「それは――」
言いかけて、口を噤み、ふと真顔になるとアーティスは上半身を起こした。身体を捻って、眠気の醒めたミレと向き合う。
ミレは無意識のままドナの身体を撫で、アーティスが続きを言うのを待った。
「……」
アーティスは眉間に力を込め、グッと押し黙る。ここまで言ってなぜわからない、というように責めるような眼で凄まれて、ミレはちょっと身体を引いた。びくつく。怖い。
きつい面持ちであまりにも長く黙っているので、そこで会話を打ち切るのかと思いきや、アーティスは顔を床に背けた。まっすぐにこちらを見られないのか、余裕のない思い詰めた表情で、呟く。
「それは――私が、君を……」
声が聞き取りづらい。
ミレはやや耳をそばだてた。
アーティスの真剣さにあてられて、訝しく思考を巡らせる。
いったいなんだというのだろう。
「つまり、君を……」
緊張のためか、声が震えを帯びる。アーティスは組み合わせた指の爪が白くなるほど力を入れて手を握り締め、意を決したように、眼をギュッと瞑り、かすかに唇を動かす。
「君を……してる、からだ」
だが、声が小さすぎて聞こえなかった。
ミレはいったん後ろに下げた身体を元の位置より前にもってきて、問い質した。
「すみません、聞こえませんでした。もう一度言ってください」
するとアーティスは頬を紅潮させ、にわかに眼を剥いて怒鳴った。
「っ。こんなこと、素面で何度も言えるか!」
びっくりした。
鋭い叱責にドナも弾けるように跳び上がり、「ギャア」と鳴くと、バサバサッと翼を上下させて天井の辺りをくるくる飛びまわった。
「くそっ」
と、完全にふてくされて、むっつりとむくれ顔のアーティスはカッカしながら立って、酒を取りに行った。一杯呷り、ひと息つくと、まだ冷静になりきれていない顔でジロリとミレを睨んで言った。
「この話は、もういい。それで? ユアンとなにがあったのだね? 話せ」
本日、秋晴れ。さわやかです。
さて、いよいよ、アルファポリス様ファンタジー大賞も残すところ一週間あまりとなりました。皆様、ラストスパート、頑張ってください!
安芸のイチオシ、いや、ニオシ? ←そんな日本語はない をちょっとだけご紹介します。
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引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




