十 ガーデン・デート・おまけ
ユアンの一生懸命。
ガーデン・デートの帰り、どうしても部屋まで送るというユアンの申し出を受け、ミレは送ってもらった。
別れ間際、ユアンはミレの左手を持ち上げ、中指にそっと小さな唇を押しあててミレを見つめた。
「私はあなたが好きだ」
まっすぐに告げられる。瞳は切なげな光を浮かべていて、自分の感情を持て余しているようでもある。
「前に伝えたときよりも、いまはもっと好きだ……いつのまにどうしてこんな気持ちになったのか、自分でもわからないし、困るけど……私があなたに惹かれているのは本当なのだ」
声に震えが帯びる。ユアンの手が下りて、彼は俯いた。
「……すまぬ。迫ったりしないと約束したのに、私は守れない……」
「殿下」
「会いたいのだ」
切羽詰まった呟きがミレの耳を打った。
「ミレ殿に、会いたい。毎日毎日、顔が見たい。来てくれるとほっとする。別れるときは残念でならない。翌日また会う約束をとりつけることができれば嬉しいし、断られれば悲しい。どんどんひどくなるのだ」
「殿下」
「あなたのなにげない一言で一喜一憂し、あなたの微笑みひとつで天にも昇る気持ちになり、あなたが他の誰かに優しいと苦しくてたまらない。こんなことを言えばあなたは迷惑するに違いないのに、止まらない」
「殿下」
「私は頭がどうかしてしまったに違いない。きっとそうだ。あなたが好きで、いっぱいになりすぎて、心のどこかがおかしくなったのだ。みっともない、こんな、子供のような駄々をこねるなど……恰好悪い」
「殿下」
す、とミレは膝を折り、下からユアンの顔を覗き込んだ。
「見ないでくれ」
顔を背けられる。
ミレはかまわず続けた。
「私はお役目を返上した方がよろしいのではないでしょうか」
「な……っ!?」
ユアンが息を呑む。
痛々しい表情だ。ミレはすまない気持ちで眼を伏せた。
「殿下の御心を苦しめるなど、私の望むところではありません。お話し相手としてもヘタクソですし、このまま私がお傍にいてもいいことがないように思えます。どうぞ、帰れとおっしゃってください」
「ならぬ!」
ほとんど叫ぶようにユアンが声を張り上げる。
激しく動揺し、幼くも品よく整った顔がくしゃくしゃだ。
「絶対に、ならぬ! ど、どうしてそうなるのだ。いま私が言ったことを聞いていなかったのか?」
「聞いていました」
「だったらどうして! あなたに会えなくなったら私は自分がどうなるか想像もつかないのに――とにかく、だめだ。あなたはここに、私の傍にいるのだ」
そしてユアンはパッと身を翻した。ミレの返事を聞くまいと急いで離れていく。
咄嗟にミレは追いかけた。すぐ後ろでヴィトリーの「殿下、お待ちを! 走ってはなりません」と喚く声が余韻も鋭く響き、慌てふためく足音が続く。
意外に、足が早い。
ミレは説得に失敗したことを悔いていた。性急すぎたのかもしれない。だがあんなにも一途な眼で見られては、うやむやにごまかすなどできない。かといって、受け入れられるものでもない。相手は王子殿下なのだ。自分の出る幕ではない。
そう思い、諦めてもらうならば早い方がいいと――既に遅かったようだが――説得を試みたものの、どうも言葉が足らなかったようだ。
「……」
ミレはドレスの裾を捲り上げユアンの背中を見ながら爆走し、嘆息した。
もっと、こんな自分よりいくらでも相応しい姫君がいるだろうに。
なにがどうしてこんな事態に陥ったのか、つくづく疑問だ。
「追って来るな!」
ユアンが走りながら身体を捻って、怒鳴る。
ミレは息を詰めた。すぐ前は大階段だ。気づくのに遅れたユアンの体勢が前のめりに崩れる。ユアンとミレの口から、それぞれ小さな悲鳴が奔る。
「殿下!」
あわや転落――というところで、下から上がってきた人物の腕が宙を泳いだユアンをがっちり抱き留めた。
「……こらこら、前方不注意だ」
アーティスだった。
ユアンを軽々と抱き上げて、トン、と床に下ろす。
アーティスは安堵の吐息をつき髪を掻き上げて、ユアンを見据え、たしなめた。
「危ないだろう、気をつけなさい。いくら最近は体調がいいとはいえ、走るのは危険だ。急な発作でも起こしたらどう――ユアン、なにがあった?」
「別に、なにもありません」
「眼が赤い」
アーティスは長い指で弟の顎をしゃくった。指摘にユアンはカッとし、手の甲で強く眼元を擦るとアーティスの腕を振り払い、顔を伏せるようにして横を駆け抜けた。ヴィトリ―が今度は遅れまいと、すぐさま追走する。ミレは追わなかった。
「さて……」
アーティスの声が一段低くなった。階段を上りきり、ミレの前に立つ。
「なにがあったのか、話してもらおうか」
弟を溺愛する兄の眼だ。
既に問い詰める気が満々で、微笑を浮かべてはいるが、うすら寒い気配が漂っている。
ミレは冷汗をかいた。怖い。本能的に一歩あとずさったが、手首を掴まれて逃亡は阻まれた。
「私の部屋に来なさい。ちょうど一服するところだったのだ、君もつきあいたまえ」
嫌とは言わせないよ、という鋭い視線に射竦められる。
連れていかれたその先で、お茶と言う名の尋問が待ち構えていた。
ガーデン・デート、終了です。
おそらくユアンは初恋。さて、どーする、ミレ。
次話は悪い大人版、開始です。
ここでちょっぴり、ご紹介。
タイトル YOU -the song for death- れいちぇる様著作
がこのたび完結しました。カテゴリはホラーですが、怖いのも嫌いじゃないよ、というお方におすすめです。面白いです。じっくり腰を据えて、ご覧いただければと思います。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




