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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第三章 王子殿下の恋のお相手
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八 ガーデン・デート・3

 ミレの呼び方。

 芸術家=お嬢さん

 大商人=姫さん

 聖職者=?

 闇騎士=姫  

 芸術家と大商人は申し合わせたように目配せした。


「……さあて、と、弟王子君、少しばかりここだけの話をしようじゃないか」

「姫さんがいないうちにな」


 二人のその口ぶりは意図的にミレを遠ざけたと言っているようで、ユアンは怪訝そうに首を傾げた。


「……ミレ殿に聞かれたくない話なのか?」

「まあな。これでも気ぃつかってんだぜ? 姫さんはくだらねーと判断したら無関心になるからな、腰を上げてもらうにはあのくらいのバカ話がちょうどいい」


 ユアンはいくぶん緊張しながら、芸術家と大商人の顔を交互に眺めて訊ねた。


「ここだけの話とは、なんなのだ」


 芸術家は薄く笑い、袖から鎖状の知恵の輪を取り出していじりはじめた。

 そしておもむろに問う。


「弟王子君は、ミレお嬢さんのことをどう思っているのかな?」

「……好きだ」


 怯まず、ユアンは告げた。

 ユアンの背後にピタリとついて、後ろ手を組み、しっかりと聞き耳を立てていたヴィトリーが「うんうん」と首を縦に振りながら、しみじみと呟く。


「き・わ・め・て、ぞっこんですよねぇ」

「ヴィトリー」

「あ、はいはい。差し出がましい口を挟みまして、ご無礼を」


 更に芸術家は突っ込んでくる。


「結婚を真剣に考えてる?」


 ユアンはカッと赤面したが、きっぱりと頷いた。


「……考えている」

「ええ、ええ、わかっておりますとも。年上の妻! いやぁ、いいですねぇ」

「ヴィトリー」

「あ、はいはい。これまた、ご無礼を」


 芸術家は「へぇ……」と軽くユアンをいなしてから、「実はね」と切り出した。


「もともとのお嬢さんの結婚予定相手は、この僕だ」

「ぶーっ」


 豪快に唾を吹いたのはヴィトリーだ。


「ヴィトリー……」


 ユアンは眼に険を含み、ギロリと背後の側近を睨んだ。

 ヴィトリーは縮みあがってビシッと、姿勢を正す。


「わ、私はなにも聞いてはおりませぇん!」


 次に大商人が「わはは」と笑いながら冷酒を手酌で呑みつつ、口をひらく。


「で、俺と闇騎士が、(あるじ)指名の婚・約・者・候・補。聖職者はまたちょっとばかし立場が違うが、あれも主のお墨付きだぜ。姫さんが芸術家との結婚を渋っているもんだから、代わりに選ばれた、ま、いわば『あとがま』もしくは『婿予備軍』ってわけだ」


 ユアンは震える唇を結び、グッと拳を固めた。


「……あなたがたは、求婚者ではなかったのか」


 芸術家は器用な手つきで知恵の輪をひとつ、またひとつと外していく。


「婚約を内々に認められた求婚者、というのが正確な立場だね。お嬢さんが我々の求婚に応じてくれれば、即結婚さ。もっとも、僕はずーっと断られているんだけどねぇ。とほほー」


 大商人が杯の縁ごしに芸術家を見やり、鋭い一瞥を投げかけた。


「嘘をつけ。てめぇが本気で口説いてねぇだけだろう。いつまでもグズグズ煮え切らねぇ態度でいるから、俺たちにお鉢がまわってきたんだよ」


 なじられて、不本意そうに芸術家は俯いていた顎を持ち上げた。

 芸術家の口から流れ出た次の言葉に、ユアンは驚愕し、絶句した。


「だって君、お嬢さんが他の男を愛しているとわかっていて嫁に来いなんて、言えるかい? そんな求婚、邪道だろう。少なくとも僕はそんな道化を演じるのはごめんだね。美しくない」


 大商人は乱暴に杯をおいて、片手でバリバリと頭を掻いた。


「そもそも、姫さんの惚れた相手が悪ぃんだよ。絶対に報われねぇんだ、誰かが断ち切って丸ごと引き受けてやるしかねぇだろう」

「まあそういうわけで」


 と、いきなり芸術家はユアンに水を向けた。


「お嬢さんを結婚相手の対象とみるならば、多少面倒くさい事情があることは、おわかりいただけたかな?」


 ユアンはかぶりを振った。激しく動揺していたものの、彼らの前でみっともなく取り乱すことは王子としての矜持が許さなかった。

 爛々と眼を光らせ、やや前のめりになり、芸術家を真正面から追及する。


「ミレ殿が愛している男とは、いったい誰なのだ」


 芸術家は知恵の輪を全部ほどいた。

 薄笑いを浮かべ、そのうちのひとつだけ、指でピンっと遠くへ弾く。


「……わからないかい?」


 鎖の輪が飛んでいった先にいたのは――咽喉に焼印を持つ男。

 国益の名のもとに生かされ、国家の敵を闇に葬り続ける、暗殺指令の執行者アンダー・ジェレスター

 最強の国家のダベル・ダラス

 ユアンは額に手をあてた。突然のめまいに襲われ、視界が歪む。

 ミレは池に入り、シャレムと水をかけあい、無邪気にじゃれあっている。

 言葉を失うユアンの耳に、酒臭い息を吐いて大商人が囁いた。


「だけど、犬じゃあ結婚相手には認められないんだな、これが。主が絶対に許さない。姫さんもそれは最初から承知していて、人間の男を愛するようには愛していない」

「だから余計に性質が悪いのさ」


 芸術家はその場にひっくり返った。頭のうしろで腕を組み、ふてくされたように眼を閉じて、ぼやく。


「なんの欲もなく無償の愛情を注ぐなんて、僕はその方がむかつくね。なにをしてもなにをされても許され、許し合う関係なんて、気持ち悪いだろう」

「親子ならまだしもな。自分の女が他の男と、となると話は別だ。くそくらえだ!」

「たとえ結婚したところで立場は犬以下、夫とは名ばかりで、その他大勢のひとり。普通の男なら我慢ならないところだけど――兄王子君は、違うみたいでね」

「え?」


 ユアンは混乱の世界から一気に現実に引き戻された。


「それでもかまわない、犬を含めて、生涯一切合切の面倒をみるからお嬢さんに求婚したい――と主に申し出たようだよ」


 デート??

 ミレの知らないところで盛り上がっています。

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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