七 ガーデン・デート・2
まったり? と雑談中。
散歩のあと、天幕の下に広げられた食事は誘い文句にたがわず豪勢で、たっぷりと用意されていた。
そればかりか、ミレの隣に陣取ったユアンがかいがいしく給仕を買って出てくれていた。
「これとこれとこれと」
大皿に魚介類の山ができる。
「これもこれもこれも」
大皿に肉の山ができる。
「これにこれにこれに」
大皿に野菜の山ができる。
「これで――どうだ!」
なにがだ。
ミレの前には魚、肉、野菜のほかに、パンとパスタとパイがどっさり積まれた。
……これはなにかの挑戦だろうか、と考える。
この量。どれだけ大食漢でも食べきれるわけがない。
新手のいやがらせ、とも一瞬考えたが、相手がユアンではそれも考えにくい。
ミレがごちそうの山を不審そうに眺めていると、ユアンはなにがそれほど楽しいのか浮かれ切っていて、陽気な調子で続ける。
「デザートもあるからな。ボネやアーモンド入りヌガー、フルーツタルトにスコーン、プティング、ケーキ、ビスコッティ、なんでも好きなだけ食すとよい」
「……」
「そうだ、飲み物がまだだった」
そしてレモネード他十種類を用意してくれた。
「も、もし、ミレ殿さえよければ、私が食べさせてあげたいのだが――」
モジモジと指をいじりながらユアンが言いかけたことをミレは遮った。
「いえ、結構です。ひとりで食べられます」
そう断るとユアンはがっかりしたようだが、すぐに気を取り直して、意気揚々、食事しはじめた。いつのまにかヴィトリーがユアンの世話を焼いている。
ミレは肉をメインにシャレムに料理をとりわけた。シャレムは手渡される皿を次から次へと空にしていく。
「おいしい?」
「うんっ。ご主人さまの超個性的な危ない手づくりごはんには負けるけどねっ」
セリフの一部にひっかかりをおぼえるものの、一応ほめられたものと受け止めることにする。
ミレは手を伸ばして愛犬の頭を撫でた。シャレムはモグモグと口を動かしつつ、嬉しそうにされるがままだ。
この会話を耳にしてユアンが眼の色を変え、身を乗り出してきた。
「ミレ殿は――そのう、料理などするのか……?」
「たまにですが」
「私もミレ殿の手料理が食べたい!」
「それはやめておいたほうがいい!」
ミレが口を開くより先に必死の形相で待ったをかけたのは芸術家だ。
いつになく、真剣に訴える。
「悪いことは言わない。命が惜しければやめておきたまえ。あれは――人間の食べるものじゃない。犬君だからこそ、ギリギリ耐えられるというものだ。ちなみに僕は、昔一度、即死しかけたことがある」
大商人が骨付き肉にかぶりつきながら、ケラケラと笑い飛ばす。
「まじか。悪食のおまえが音を上げるなんざ、どんな料理だよ」
「あれは劇物だ」
「そいつはすげえや! 高値で売れそうだぜー。なぁ姫さん、ものは相談だがいっぺん俺にも食わしてくれねぇ?」
「よほど死にたいんだね? わかった、もう僕は止めない。大商人君、安らかに逝きたまえ」
おおげさな。
ムッとしてミレは反論した。
「シャレムはおいしいと食べてくれました」
芸術家はうろんげにミレを見つめて言った。
「七転八倒苦しみ、失神して、三日寝込んだ後で、だろう?」
「三日じゃなくて四日」
シャレムが細かい修正をいれる。
大商人は口にものを頬張りすぎてウッと喉詰まりをおこし、水を飲んで胸を激しく叩きつつ言った。
「まじか。俺のイチ押し毒薬スペシャルブレンド、これでサヨナラこの世から、を試して無事だった奴なんて数えるほどしかいねぇってのに、その数少ない生き残りのおまえが四日も寝込むなんてなぁ……やべぇ、毒収集家の肉が騒ぐぜ」
「血が騒ぐ、の間違いだよ、大商人君」
芸術家がチッチッと人差し指をメトロノームのように振って、すかさず訂正。
大商人はフン、と鼻を鳴らす。二本目の骨付き肉に手を伸ばす。
「血でも肉でもいーんだよ。ようは興奮してじっとしてられねぇってことなんだから」
「ふぅん。興奮、なんて……なかなかいい、ヒワイな言いまわしだねぇ」
「ばっ……! ばっかやろ、変な意味じゃねぇよ! ただ俺は姫さんのそのゲキマズ劇物料理をちょーっと試してみてぇな、って、ニヤニヤ笑うな! ヒワイなのはテメェのおかしな頭の中だろう、このヘンタイ芸術家!」
「僕はヘンジンだがヘンタイではない」
どうにも次元の低い言い争いがはじまった。
ミレは肩を竦めた。
ユアンは二人の会話を眼の前で聞いていたにもかかわらず、それでもぜひミレの手料理を食べたいと頑張ったが、ヴィトリーが断固として許さなかった。
食事が済む頃には気温も上昇し、暑さが増していた。
ミレはシャレムをつれて蓮池に行き、水を覗き込んだ。浅い。せいぜい膝ほどの水深しかない。
そこでユアンの了解を得て軽く水遊びをすることにした。
デート、か……?
お邪魔虫がおおすぎる。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




