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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第三章 王子殿下の恋のお相手
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六 ガーデン・デート

 弟王子・デート編開始です。

      二



「私もミレ殿とデートしたい」


 机上で頬杖をついてユアンが切なげに溜め息を吐く。

 壁際待機のヴィトリーはさりげなくも出しゃばって言ってみた。


「お誘いしてみてはいかがですか」

「でも迫らないと約束したし……」

「デートくらい、いいでしょう。迫らないで、たのしーく、キャッキャウフフと過ごすぶんには問題ないのでは?」

「そ、そうか?」

「そうですとも!」

「よし、誘うぞ!」


 勢いよくユアンが椅子から立ち上がる。


「でもどんなデートにしよう」

「そうですねぇ……」


 ヴィトリーは腕を組み、「うーん」と唸った。いい考えがひらめいて、パチン、と指を鳴らす。ユアンのもとへいって、口元に手をあて、ひそひそと囁いた。


「……こんなデートはどうでしょう?」




「ご主人さま、ご主人さま」

「はいはい」

「ご主人さま、ご主人さま、ご主人さま」

「はいはいはい」

 

 かまってほしくてシャレムがじゃれついてくる。

 午前のひまなひととき、ミレはシャレムとゴロゴロ遊んでいた。

 最近は少し動いてもジワッと汗ばむ陽気になってきた。ミレの好きな季節だ。食べ物もおいしいし、花も緑もきれいで、湿気もない。外でのんびり日光浴したり、水辺で涼をとるにはもってこいだ。

 いい天気だなあ、と外遊びをしたい気持ちでいるミレのもとへ、ヴィトリーがいつもの飄々とした調子で訪ねてきて言った。


「ユアン殿下よりお言伝を預かってまいりました」

「なんでしょう」

「今日はお天気がよろしいので、ユアン殿下の緑したたる庭園でたっぷりと豪勢な昼食をぜひご一緒にとの仰せです」


 コホッ、と軽く咳払いして一言つけくわえる。


「……デートのお申し込みにございます」

「行きます」


 ミレは二つ返事で承諾した。

 緑の中でたっぷりと豪勢な食事をとろうなどという魅惑的な誘いを断れるわけがない。

 ヴィトリーは満足そうに微笑み、(うやうや)しく身を屈めて一礼し、大仰なしぐさでいざなった。


「では参りましょう」


 ミレがシャレムを連れて(芸術家と大商人は勝手に後をついてきた)白いパラソルを差し、第二王子の庭園に足を運ぶと、池の傍に大きな天幕を張ってユアンが待っていた。


「ミレ殿!」

 

 満面笑顔でミレを出迎える。


「暑いところご足労だった。あなたが来てくれて私はとても嬉しい」

「お招きありがとうございます」


 ミレが膝を曲げて礼をした。

 ユアンは顔ぶれが足りないのを訝しく思ったのか「聖職者と闇騎士は?」と首を傾げて訊ねてきた。


「昨夜からおりません」

「そうか。それは心許ないな」

「いえ別に」


 けんもほろろに応えると、シャレムがにっこりして、背後からミレに覆いかぶさってきた。


「ご主人さまには僕がいれば十分なんです。あいた」


 大商人の膝蹴りと芸術家の肘鉄がシャレムを見舞う。無言の攻撃を受けて、たちまちケンカ腰になる。乱闘寸前、


「待て。お座り」


 とミレが命じるとシャレムは即座にぴたりと動きを止めて膝をついた。


「暴れないの」


 ミレが「めっ」と叱るとシャレムは「はあい」と聞きわけのいい返事をした。同時に大商人と芸術家にも「仲良くできないなら帰します」とあらかじめ釘をさしておく。

 ひとまず争いの矛先はおさまったので、ミレは庭を眺めた。感嘆の溜め息を吐く。


「……きれいなお庭ですね」


 緑を茂らせた細くまっすぐな高木が盾のように全体を囲み、花壇は左右対称、中央の大きな池には花盛りの白い蓮が咲き乱れている。

 散歩道はモザイクで、ベンチもあり、ところどころに英雄の銅像が建っていた。


「気に入ってくれたか」

「はい」


 本当は完成された美よりももっと自然体な庭が好きなのだが、それは言わないでおく。

 ミレの返事に気をよくしたのかユアンは嬉しそうに頷いて、す、と腕を差し出してきた。


「で、では、私と二人で食事の前に少し散歩しよう。……だめか?」


 顔が赤い。

 幼くてもいっぱしの紳士を気取りたいのであろう。エスコート体勢だ。

 ミレはパラソルを左手に持ち替えて、ユアンの腕にそっと右手をかけた。


「参りましょうか」


 シャレムほか大商人と芸術家、それにヴィトリーは少しあとからついてきた。会話する声は届かない程度、離れている。


「……」

「……」

「……」

「……」


 ユアンは黙りこくっている。

 ミレは沈黙が気にならない性分なのでそのままテクテクとただ歩いていた。

 爽やかな風が気持ちいい。

 木陰の中をゆっくりと並んで歩きながら、ミレは無意識のまま算数術界十大テーマと言われているひとつ、ガーナの問題をつらつらと考えた。


「……殿、ミレ殿」

「はい、なんでしょう」


 いつのまにか暗算に没頭していたらしい。ユアンが心配そうにこちらを見つめていた。


「ぼうっとして、具合でも悪いのではないか」

「いえ、大丈夫です」


 まさか本当のことは言えない。


「それより、いまなにか私にお訊ねだったのでは……」


 すると言いにくそうにユアンが口ごもった。俯いてしまう。ややあって、意を決したように顔を上げた。


「い、いまさらなのだが、ミレ殿はお幾つなのだろうか」

「……」


 女性に面と向かって訊くことか。

 非難を込めて蔑視するとユアンは慌てて言いつくろった。


「無礼なことはわかっている。すまない……だけど私はミレ殿のことが知りたいのだ。他人の口から聞くのではなく、あなたのことはあなたから聞きたい。だがやはりぶしつけだろうか……?」


 そんなふうに言われては怒るのも大人げない。

 仮にもデート中にボーッとした負い目もあり、むげにはできない。だがまともに答えるのもためらわれる。

 ミレはユアンを見返して言った。


「女性に年齢を訊ねてはいけません。どうしても知りたいときはこうするのです」

「どうするのだ」


 ユアンは素直に会話にのってきた。


「まず、相手に生まれた月日を二倍してもらい、そこに五を加えます。それをさらに五〇倍して、年齢を足してもらいます。そこから二五〇を引いてください。最後の数字だけ教えてもらえば、誕生日と年齢がわかります。私の場合は『九九一六』です」

九月九日(ナウリ・ダウリン)生まれ、十六歳……?」


 ミレは首肯しながらも、唇に指を立てた。


「声には出さない方がいいでしょう」


 ユアンの眼が興味津々ときらめく。


「では、私の場合ならどうだ。二月四日(フェリ・エズリン)、十歳だ」

「そうしますと、二月四日(フェリ・エズリン)を二四とおいて、二四×二+五×五〇+一〇-二五〇=二四一〇です」

「合ってる!」

「はい」

「面白いな。ミレ殿は頭がいい!」

「いえ、簡単なトリックです。でもこうすれば相手の気を悪くすることなく秘密が訊き出せるでしょう」


 ユアンがもっと算数術のことを聞きたがったので、ミレはダリアン博士の教えに習い、できるだけ面白いように数字の不思議な世界のことを話して聞かせた。



 続きます。

 

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。


*図説数学トリック より一部参照しております

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