四 カフェ・デート・4
腹黒王子、降臨。
「芸術家です」
ミレが正直に告白するとアーティスは忌々しそうに舌打ちした。
「いつそれを?」
「芸術家をダラハから召集してそのあと行方がわからなくなり、結局シャレムが迎えに行って彼を連れてきたときです。お土産話として聞かされました」
「他言は」
「していません」
情報は取り扱いひとつで武器にも足かせにもなる。間違った使い方をしては身の破滅を招くのだ。
ミレは父キャスより『沈黙は金なり』という教訓を徹底されている。
政治がらみのいざこざについてはなるべく眼をつむり、見て見ぬふりをする。それが賢い選択だ。
それでも今回ミレが黙っていられなかったのは、もしかしたら、シャレムが絡んでいるためだ。
「そうでも考えないと、わざわざ芸術家が私にその情報を知らせる意図がわかりません」
それに、ミレが王宮に滞在するようになってからというもの、明らかにシャレムの仕事量が増えている。
おまけに『求婚者』などと愚にもつかない口実でその道の実力者四名(闇騎士、聖職者、大商人、芸術家)に朝から晩まで、代わる代わるまとわりつかれるのでは、背後関係を疑うなというのが無理な相談だ。
それでもミレは頑として首を突っ込むつもりはなく、芸術家からその情報を囁かれるまでは無視を通した。知りたくはなかった。だが知ってしまった以上、確認せずにはいられない。
「シャレムはこの件に関しての政敵を担当しているのですか」
担当――即ち、「始末しているのか」と迂遠に訊く。
ミレの問いに対し、アーティスは無表情になり口を閉ざしてしまった。
「……」
「……」
ミレは二個目のケーキに手をつけることにした。今度はミックスベリー・ソースのかかったチーズ・ケーキだ。これも酸味がきいていておいしい。
きれいに平らげると、ミレはナプキンで口を拭った。おなかがきつい。ショーケースの中にはまだたくさん宝石のようなケーキが並んでいたが、とても全部は食べられそうにない。
がっかりするミレの様子に気を惹かれたのか、アーティスの顔に生気が戻った。
眼を細め、おかしそうに言う。
「……そんなにしょげた顔をしなくても、食べられなかった分は持ち帰りにしたまえ」
「いいのですか」
「なんなら店ごと買収しよう。そうすればいつでもここの味が愉しめる」
そこまではしなくていい。
ミレはウェイトレスを呼び、余った分を王宮まで配達してくれるよう頼んだ。
「ミレ」
「はい」
アーティスに視線をとらえられる。
一見、愛想のよい微笑をたたえているものの、眼はちっとも笑っていない。
「……私が第一位の王位継承権をユアンに譲渡しようとしていることは、まだ一部の者しか知らない機密事項でね……知られた以上、本来は口封じをしなければならないんだ」
殺される。
ミレは唇を引き結んだ。まずい結果になりそうだ。
「だが……」
アーティスの指がミレの顎にかかる。クイッ、と下がり気味になる顔を上向けられた。
「君が私とユアンの不利益になるようなことをするとは思えない。違うかね」
「わかりません」
ミレの返答にアーティスは冷酷な表情を崩して「ぶはっ」と噴き出した。ひとしきり、笑う。
「わかりませんときたか。相変わらず面白い反応をする子だね、君は。そこは嘘でも『はい』と言っておくべきところだろう」
「不利益になるようなこととはなんですか」
「色々だ。だがまあ、当面は他にこの情報を漏らさないでもらえればそれでいい。この件について君はなにも知らない――異存はあるかね?」
「ありません」
「結構。ではこの会話はこれまでとしよう」
アーティスがボンド・ビールに口をつける。すっかりぬるくなっていたらしく、眉をひそめておかわりを注文した。もういつもの悠然とした態度だ。
「……」
命が惜しければ、これ以上追及するな、踏み込むな、と一線を引いてうやむやにしようという心づもりなのだろう。
ミレはこの場にいない愛犬のことを考えた。
ぼんやりしていたところ、アーティスに見咎められる。
「なにを考えている?」
「シャレムが心配なんです」
答えた途端にアーティスが険しい眼をしてテーブルをコツコツと指で打った。
「私といるときに他の男のことを考えるとはね……少々妬けるな」
「犬のことです」
「犬でも同じだ。心ここにあらずという君の態度が気に食わないんだ」
「どうしてですか」
「どうしてだと?」
また睨まれる。
ミレはやや椅子を引いた。逃げ腰になる。せっかく少し、いいひとだと見直したのに怖いところはそのままらしい。
ところが、身を乗り出したアーティスにガシッと肩を掴まれてしまう。
「……私からは逃げられないと言っただろう」
黒い微笑に射竦められる。
流し眼が、怖い。
「……まったく、君ときたらつれないことだ。いったい君の関心を惹くにはどうすればいいのだね? この私にちっともなびかないとは手強いにもほどがある……いっそどこかに閉じ込めて、私以外と会えなくするというのはどうかな」
血の気がひく。
ミレが首を横に振ってイヤイヤをすると、アーティスが軽い調子で「冗談さ」と流す。
「……」
「冗談、だ」
とりあえず、笑ってみた。
「はは」
「ふふ」
「あは……」
「ふふふ」
笑えない。
笑えないミレの代わりにアーティスが笑い、言った。
「君とのデートは楽しいな。またぜひ、誘わせてほしい。……断らないでくれたまえ」
最後の一言は聞こえなかったふりをしたい、とミレは思った。
カフェ・デート編、おまけがつきます。
次話、犬登場。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




