表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第三章 王子殿下の恋のお相手
51/101

四 カフェ・デート・4

 腹黒王子、降臨。


「芸術家です」


 ミレが正直に告白するとアーティスは忌々しそうに舌打ちした。


「いつそれを?」

「芸術家をダラハから召集してそのあと行方がわからなくなり、結局シャレムが迎えに行って彼を連れてきたときです。お土産話として聞かされました」

「他言は」

「していません」


 情報は取り扱いひとつで武器にも足かせにもなる。間違った使い方をしては身の破滅を招くのだ。

 ミレは父キャスより『沈黙は金なり』という教訓を徹底されている。

 政治がらみのいざこざについてはなるべく眼をつむり、見て見ぬふりをする。それが賢い選択だ。

 それでも今回ミレが黙っていられなかったのは、もしかしたら、シャレムが絡んでいるためだ。


「そうでも考えないと、わざわざ芸術家が私にその情報を知らせる意図がわかりません」


 それに、ミレが王宮に滞在するようになってからというもの、明らかにシャレムの仕事量が増えている。

 おまけに『求婚者』などと愚にもつかない口実でその道の実力者四名(闇騎士、聖職者、大商人、芸術家)に朝から晩まで、わる()わるまとわりつかれるのでは、背後関係を疑うなというのが無理な相談だ。

 それでもミレは頑として首を突っ込むつもりはなく、芸術家からその情報を囁かれるまでは無視を通した。知りたくはなかった。だが知ってしまった以上、確認せずにはいられない。


「シャレムはこの件に関しての政敵を担当しているのですか」


 担当――(すなわ)ち、「始末しているのか」と迂遠(うえん)に訊く。

 ミレの問いに対し、アーティスは無表情になり口を閉ざしてしまった。


「……」

「……」


 ミレは二個目のケーキに手をつけることにした。今度はミックスベリー・ソースのかかったチーズ・ケーキだ。これも酸味がきいていておいしい。

 きれいに平らげると、ミレはナプキンで口を拭った。おなかがきつい。ショーケースの中にはまだたくさん宝石のようなケーキが並んでいたが、とても全部は食べられそうにない。

 がっかりするミレの様子に気を惹かれたのか、アーティスの顔に生気が戻った。

 眼を細め、おかしそうに言う。


「……そんなにしょげた顔をしなくても、食べられなかった分は持ち帰りにしたまえ」

「いいのですか」

「なんなら店ごと買収しよう。そうすればいつでもここの味が愉しめる」


 そこまではしなくていい。

 

 ミレはウェイトレスを呼び、余った分を王宮まで配達してくれるよう頼んだ。


「ミレ」

「はい」


 アーティスに視線をとらえられる。

 一見、愛想のよい微笑をたたえているものの、眼はちっとも笑っていない。


「……私が第一位の王位継承権をユアンに譲渡しようとしていることは、まだ一部の者しか知らない機密事項でね……知られた以上、本来は口封じをしなければならないんだ」

 

 殺される。


 ミレは唇を引き結んだ。まずい結果になりそうだ。


「だが……」


 アーティスの指がミレの顎にかかる。クイッ、と下がり気味になる顔を上向けられた。


「君が私とユアンの不利益になるようなことをするとは思えない。違うかね」

「わかりません」


 ミレの返答にアーティスは冷酷な表情を崩して「ぶはっ」と噴き出した。ひとしきり、笑う。


「わかりませんときたか。相変わらず面白い反応をする子だね、君は。そこは嘘でも『はい』と言っておくべきところだろう」

「不利益になるようなこととはなんですか」

「色々だ。だがまあ、当面は他にこの情報を漏らさないでもらえればそれでいい。この件について君はなにも知らない――異存はあるかね?」

「ありません」

「結構。ではこの会話はこれまでとしよう」


 アーティスがボンド・ビールに口をつける。すっかりぬるくなっていたらしく、眉をひそめておかわりを注文した。もういつもの悠然とした態度だ。


「……」


 命が惜しければ、これ以上追及するな、踏み込むな、と一線を引いてうやむやにしようという心づもりなのだろう。

 ミレはこの場にいない愛犬のことを考えた。

 ぼんやりしていたところ、アーティスに見咎められる。


「なにを考えている?」

「シャレムが心配なんです」


 答えた途端にアーティスが険しい眼をしてテーブルをコツコツと指で打った。


「私といるときに他の男のことを考えるとはね……少々妬けるな」

「犬のことです」

「犬でも同じだ。心ここにあらずという君の態度が気に食わないんだ」

「どうしてですか」

「どうしてだと?」

 

 また睨まれる。

 ミレはやや椅子を引いた。逃げ腰になる。せっかく少し、いいひとだと見直したのに怖いところはそのままらしい。

 ところが、身を乗り出したアーティスにガシッと肩を掴まれてしまう。


「……私からは逃げられないと言っただろう」


 黒い微笑に射竦められる。

 流し眼が、怖い。


「……まったく、君ときたらつれないことだ。いったい君の関心を惹くにはどうすればいいのだね? この私にちっともなびかないとは手強いにもほどがある……いっそどこかに閉じ込めて、私以外と会えなくするというのはどうかな」


 血の気がひく。

 ミレが首を横に振ってイヤイヤをすると、アーティスが軽い調子で「冗談さ」と流す。


「……」

「冗談、だ」

 

 とりあえず、笑ってみた。


「はは」

「ふふ」

「あは……」

「ふふふ」

 

 笑えない。

 笑えないミレの代わりにアーティスが笑い、言った。


「君とのデートは楽しいな。またぜひ、誘わせてほしい。……断らないでくれたまえ」


 最後の一言は聞こえなかったふりをしたい、とミレは思った。


 カフェ・デート編、おまけがつきます。

 次話、犬登場。


 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ