三 カフェ・デート・3
バカップルみたいです。
カフェ・ゲランは裏参道にある老舗のカフェのひとつで、店外には黒いパラソルと焦げ茶の上品なテーブル席、店内にはワゴン式ショーケースがあり、中には生ケーキやタルト、チョコレート、ティラミス、ビスコッティなどが並んでいる。
他にはレースやリボンでパッケージされたコンフェッティが銀器に盛られ、焼き菓子などと一緒に売られていた。
ミレはショーケースに張り付いた。
どれもすごくおいしそうで、目移りする。
眼福だ。
と、ミレがうっとり見惚れていたところ、アーティスがさっさと空いている席についてミレを呼ぶ。
「こらこら、そんなところでもの欲しそうにするんじゃない。心配しなくても、好きなだけ頼めばいい」
「本当ですか」
「本当だとも」
なんていいひとなのだろう。
ミレはおとなしくアーティスの前の席にちょこんと座った。テーブル席は半分ほどが埋まっており、闇騎士と聖職者も二人から少し離れた席に腰を落ち着けている。
「ご注文をお伺いします」
ウェイトレスがメニューを持って来た。アーティスがそれに眼を通し、
「私と向こうの二人にボンズ・ビールを、こちらのお嬢さんにはあのショーケースの中身全部と虹パフェをひとつ」
ウェイトレスはポカンとした。
「ショーケースの中身を全部ですか」
「そうだ。虹パフェも大盛りで頼む」
「は、はいっ。畏まりました!」
ウェイトレスが厨房にすっ飛んで行く。
ミレがワクワクしながら待っていると、テーブルに片肘をついてアーティスが話しかけてきた。
「ドナの世話は慣れたかね」
「最近、つつかれることが少なくなりました」
ドナはアーティスの飼い鳥だ。大きな美しいオウムで、やや癇癪が激しいものの、非常にかわいい。ミレが面倒をみるようになってだいぶ日が経っている。
「十回に一回は呼べば返事をしてくれます」
「そうか」
「いまは私の名前を憶えさせている最中です」
「ドナに、君の名前を?」
「いけませんでしたか」
図々しかっただろうか。
ミレが意気消沈すると、アーティスは慌ててかぶりを振った。
「いや、それはかまわない。まったくかまわないのだが……しかしドナが君の名前を連呼するようになれば、まるで私が君に夢中のようだな……」
アーティスはなぜか表情をゆるませてブツブツ言っている。
やはり不都合があるのだろうかと思い、問い質してみる。
「なんですか」
「なんでもない」
「そうですか」
ミレの返答が気に食わなかったのか、アーティスがドン、とテーブルを叩く。
「そう淡泊にかまえないで、もう少し物事を追求したまえ! 君ときたらいつもあっさりと張り合いのない……せっかくのデートだ。相互理解を深める機会だろう。なにか、そう、私に訊ねたいことや知りたいことはないのかね」
ミレはちょっと考え、ズバリと言った。
「殿下は王位継承権をユアン殿下に譲られるおつもりなのですか」
アーティスが息を呑んで絶句する。
空気が一瞬にして緊張したそこへ、不意に男が飛び込んできた。
「覚悟!」
男の手に白刃が閃く。狙われたのはアーティスだ。
だが覚悟が必要だったのは男の方だったろう。
刃が届く前に、男の背中に二本の矢が命中し、眉間とのどは聖職者のナイフと闇騎士の短剣が貫いて、吐血しながら男はどうっと倒れた
あっけない襲撃者の最期だ。どこかからソーヴェと他一名が現れて男を回収し、店員が石畳に水をまいて血を洗い流した。
なにごともなかったかのように、喧騒が戻る。
「……」
「……」
「殿下」
「なんだ」
「いまのようなことは頻繁にあるのですか」
「まあそれなりに」
「悠長にデートなんてしている場合ですか」
「暗殺が怖くて王子なんてやってられるか」
「そういうものですか」
「そうだ。だから容易に私から逃げられると思うんじゃない」
誰もそんなことは言ってない。
しかし急に不機嫌になったアーティスはミレを睨んで言った。
「デートは続ける」
「はい」
「相手が私でつまらなかろうが、がまんしなさい」
「はい」
「『はい』と言うな! むなしくなるだろう」
いったいどうしろというのか。
面倒くさいひとだなあ、とミレが内心嘆息すると、すかさず見透かされた。
「いま、面倒くさい男だと思っただろう」
ギクリとして冷汗が噴き出る。
ミレがいいわけしようとしたところへ、ウェイトレスが「お待たせしましたぁ」とワゴンを押して登場し、ミレの眼の前に特大のパフェを置いた。
ミレは自分でも眼がキラキラと輝くのがわかった。
「いただいてもよろしいのですか」
「どうぞ」
アーティスに勧められ、さっそく柄の長い銀のスプーンを持ち、ミレは食べはじめた。
「おいしいです」
「そうか」
「幸せです」
「よかったな」
他愛のないやりとりに、ミレはアーティスを見つめ、にこっと笑いかけた。
にわかに、アーティスは固まってしまった。
ミレは放っておいて食べることに専念した。
「……君は本当においしそうに食べるな」
「おいしいので」
なにがおかしいのか、アーティスは楽しそうに、嬉しそうに、ミレがパフェと格闘するさまを、相好を崩して眺めている。
ふと思いついて、ミレはスプーンでアイスクリームと生クリームをすくい、アーティスに差し出した。
「どうぞ」
「え?」
「味見されてみてはいかがですか」
「……」
ややうろたえつつ、アーティスがおずおずとスプーンを口に含む。
「どうですか」
「……味がしない」
そんなばかな。
「チョコレート味ですよ」
アーティスは横を向いて口元を押さえ、沈黙している。顔が真っ赤だ。
「君は普段からこんなことを……いや、なんでもない」
それきり、また押し黙ってしまう。だが甘いもので機嫌が直ったらしく、にやけていて、とてもしまりのない表情を浮かべている。
ミレがパフェを完食し、ひとつめのケーキを半分胃におさめたところで、ようやく平常心を取り戻したらしいアーティスが口を切った。
「さっきの質問についてだが、君は誰からその情報を得たのだね」
もう一話、続きます。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




