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迷惑な溺愛者  作者: 安芸
第三章 王子殿下の恋のお相手
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二 カフェ・デート・2

 安芸は夏が好きです。

 夏生まれだから。


 アーティス、取り乱しています。

 馬車に乗せられ、ミレが連れていかれた先はバールワンズ大講堂だった。


「間に合ったな」


 こんなところへ来る理由がわからない。

 人員整理をしていた係の者がアーティスを見るなりスッと寄って来た。


「お客様、お席にご案内いたします」

「来い、ミレ。なにをしている」


 ぼうっとしていると手首を掴まれ、引っ張られた。

 大講堂は満員御礼、空席は中央前列四番目の二席しか残されていない。

 まさにそこへ着席したところで、開演を知らせる鐘が鳴った。

 同時に大扉が開き、颯爽と現れた人物を見てミレは眼を輝かせた。

 ダリアン博士だ。

 シーズディリ・ダリアン・ルケイン博士は壇上に上がるなり口火を切った。


「これより私、シーズディリ・ダリアン・ルケインによる特別講義、キージェレクト法則とマリナーの定理に関する考察をはじめる。ご来場の方々には静粛なる聴講をお願いするものである。尚、質問等は最後に受け付けする。まずは――」


 ダリアンの眼がミレを見つけて一瞬止まったものの、それだけで、さっそく講義に移る。

 それから二時間かけてダリアンは鋭い論法と式をもって自説を展開し、最後に聴講者たちとの間で活発な質疑応答が制限時間いっぱいまで取り交わされた。

 カーン、カーン、カーン。

 と、終了の鐘が鳴るとダリアンは熱心な聴講者にわっと囲まれたが、ミレが近づくと「ミレ!」と大きく声を張り上げて手招いてくれた。


「すばらしい講義でした、博士」

「ありがとう。だが、まだまださ。算数術は奥が深く果てがない――私も君もひたすら勉学の道を精進あるのみだ」

「はい」


 素直なミレにダリアンは相好を崩し、愛弟子の頭をクシャッと撫ぜた。


「それはそうと、私はこれから学会の理事たちと会食の約束があって行かなければならないんだ。また今度ゆっくり会おう」

「はい、ぜひ。楽しみにしています」

 

 ダリアンの手がミレの肩にのる。コソッと、耳打ちされた。


「……王子殿下とデートとは、やるじゃないか。君も隅におけないな」

 

 ニヤリと笑い、ダリアンが去ると、ついでミレが取り囲まれた。


「失礼ですが、シーズディリ・ミレ博士ではありませんか?」

「はい」

「やはり!」


 騒然と場が湧く。

 大勢がミレをしげしげと眺めて、「おー!」とか「へぇー」とか「ううむ」とか感嘆の声を口々に漏らしている。


「お噂はかねがね。シーズディリ・ダリアン博士の秘蔵の愛弟子であるあなたに一度お目にかかりたいと思っておりました。ぜひフェリウルの方程式の――」

「しかし驚いたなあ! あなたがこんなに若くてこれほどお美しいとは!」

「まったくだ。ここで会えたのもなにかの縁。いかがでしょう、私とお食事など」

「あっ、こら、ぬけがけはずるいぞ。俺だって誘いたい」

 

 なぜか、ミレの争奪戦がはじまった。

 大勢に包囲されただけでも窮屈なのに、ダリアンは行ってしまうし、前も後ろもふさがれ、声高に騒がれてミレは閉口した。

 そこへ、


「あいにくだが、彼女は私の連れだ」

 

 しびれを切らしたのだろう。

 アーティスがゆっくりと階段を下りて来る。眼が尖っている。どうも不機嫌きわまりない。


「……」

 

 辺りを威嚇する鋭い眼つき。気圧されたようにミレを取り巻いていた面々が道を開ける。


「私たちはデート中でね。邪魔をしないでもらおうか」


 わざわざそんなことを公言しなくてもいいだろうに。

 案の定、ざわついた。そしてアーティスの身分に気づいたものが出はじめる。


「……アーティス殿下?」

「まさか」

「いや、そうだ。まちがいない。アーティス殿下だ!」


 雄叫びとも悲鳴とも怒号ともつかないどよめきが奔って、ミレを除いた全員が礼をした。

 そんな中、アーティスがミレの前を素通りし、扉に向かう。


「ミレ、来なさい」

「はい」

 

 逆らわず、トコトコ追いかける。

 そのまま大講堂をあとにし、ひとでにぎわう参道へ出たところで、アーティスが背中を向けたまま言った。


「……ずいぶんモテるじゃないか。いつもあんなふうなのかね?」

「はい」

「『はい』だと?」


 振り向かれ、ギロリとすごい眼で睨まれる。

 ミレは肩を竦めた。


「ダリアン博士の弟子は私ひとりなので、皆、博士に紹介して欲しいのでしょう」

 

 ダリアンは老若男女問わず、絶大な人気がある。

 すこぶる頭脳明晰で、威勢のいい啖呵(たんか)気風(きっぷ)のよさ、さっぱりとした気性と女性とは思えない豪快さが好かれているのだ。


「それだけではないだろう」

「それだけだと思います」

「いーや。あからさまに君に気のある男もいたぞ。もっと慎重になりたまえ。だいたいだな、君は普段から人目を気にしなさすぎだ。もっと周囲から自分がどう見られているか意識しなさい。そっけないくせに無防備でそんなふうだから――」


 小言がはじまった。

 ミレはわざと足を遅らせてアーティスと距離をおきながら、キョロキョロした。

 街に出るのは久しぶりだ。このところ、王宮に引きこもり生活だったので、賑やかな雑踏に埋もれるのも悪くない。

 軒を連ねる店々やドーナツ売りのワゴンなどについつい眼を奪われる。


「うひょーっ。かっわいいー! なあ、お嬢さんひとり? 俺たちと遊ばない?」


 いきなり通りすがりの男性二人連れに声をかけられた。

 ミレが返事をするより前に、記録的な速さで駆けつけたアーティスが間に割り込んで、男たちを冷たく睥睨(へいげい)した。


「ひとりじゃないし、遊ばない。貴様らの遊び相手は別にいる」

「は? あんただれ? 俺たちはこっちのお嬢さんに用が――え?」

 

 二人連れの肩をポン、と叩いたのは闇騎士と聖職者だ。

 どちらも冷酷無情な眼をしている。


「連れて行け」

 

 アーティスが非情な声で告げると闇騎士と聖職者は金切り声を上げて暴れる二人の男を押さえこみ、問答無用で連れ去った。

 ミレは一応、訊いてみた。


「……釈放は?」

「するとも。少々傷めつけたあとでな」


 平然と仕置きすると言いきったアーティスに無造作に肩を抱かれる。

 歩きにくいなあ、と不平をいだきつつも我慢して口にしないでいると、苛々した声の叱咤を浴びた。


「君は隙が多すぎる。やたらと男に口説かれるんじゃない」

「声をかけられただけです」

「ついて行く気はなかったというのか」

「はい」

「だが、甘いものでも食べに行こうと誘われたらどうだ? ついて行っただろう」

「……」


 行ったかもしれない。

 だが本音を漏らせばまた怒られるので、ミレは反対のことを言った。


「そんなこと、ありません」

「いま間があったぞ」

 

 きつい一瞥を向けられてミレは眼を泳がせた。見抜かれていたようだ。

 アーティスの眼が吊り上がる。眉間に皺が寄る。そしてまたクドクドと説教される。今度は肩を押さえられているから離れたくとも離れられない。


「そもそも、男というものは総じて下心のあるイキモノだ。おまけに勘違いしやすいし衝動のまま行為に及ぶこともある。まして夏は理性のタガが外れやすい季節だ、煽るような振る舞いは慎むべきで――なっ、なにをしている!」


 ギョッ、とアーティスが眼を剥いた。

 ミレはキョトンとした。


「なにって……暑苦しいので」


 少し胸元をはだけて手で煽っただけだ。

 だがアーティスはおかしいくらいおおげさに動揺している。慌てて胸元を掻き合わされ、猛烈な剣幕で怒鳴りつけられた。


「……っ。そういう君の無防備さが男を煽ると言っているんだ。いいか、他の男の前で絶対にいまのようなみだらな真似をするんじゃないぞ。そんな白い胸元をさらけるなんて眼の毒だ。悩ましいにもほどがある。私以外の奴の眼に触れたら八つ裂きにしてくれる……!」


 本当にやりかねない。

 薄々察してはいたが、さっきのことといい、発言の狂暴さといい、アーティスは敵にまわしては恐ろしい人間だ。

 怖いひとには、逆らわない。

 アーティスに執着される理由はよくわからないが、できるだけそうしようとミレはあらためて肝に銘じた。


「喉が渇いたな」

「虹パフェが食べたいです」

 

 率直に伝えると、アーティスはクッと笑った。


「よし、虹パフェを食べに行こう」



 更に続きます。

 

 引き続きよろしくお願いいたします。

 安芸でした。

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