一 カフェ・デート
第三章開始です。
カフェ・デート編。
まずは兄王子。
一
初夏を迎えた。
ミレが王宮に上がりだいぶ日も経って、そろそろ家が恋しくなってきたある日の午後――予告なく、アーティスが部屋を訪ねてきた。
ミレはちょうどユアンのもとへ赴くために身支度を済ませたところで、ビスカは後片付けの最中、闇騎士と聖職者は待機、あとの者は不在だ。
「こんにちは、ミレ殿」
相変わらず、胡散臭い愛想のよさでアーティスが入室してくる。
貴族服ではない。平服だ。
さすがに生地や縫製は上等だが見ためはかなり地味だ。髪型もラフで、装飾物はおろか、剣も帯びていない。そのためか、いつもよりだいぶ若く見える。
「……」
「……こらこら、そんな珍品でも見るような眼で見るんじゃない」
「……」
「なんだ、なにが言いたい?」
「地味です」
「お忍びで出かけるんだ。控えめなくらいでちょうどよかろう。それともなにか? 君はこんな地味な男の隣を歩くのは嫌だというのかね?」
なんで私の意見が必要なのだろう?
そう疑問に思いながらもミレは正直に感想を述べた。
「地味ですがシンプルでいいと思います。いつもの華美な恰好より好きです」
するとアーティスはなぜか少し焦ったように顔を上気させた。
「そ、そうか、好きか。なるほど、君はシンプルな装いを好むのか」
ミレの服装の好みなどどうでもいいだろうに、アーティスはまじめくさった調子でブツブツ言っている。たまりかねて訊く。
「なんの用ですか」
「デートの誘いに」
「誰を」
「君を」
「お断りします」
速攻辞退すると、眼の前で、ピクリとアーティスの頬の筋肉がひきつった。眼に剣呑な光が射す。一段低い声が地を這う。
危険な微笑を浮かべながらアーティスが言った。
「……そう言うと思ったよ。じゃあ選びなさい。気絶するまでキスして欲しいか、それとも私と一緒に虹パフェを試しに行くか」
「……虹パフェ?」
今度はミレの頬の筋肉がピクリと反応した。
アーティスが声に弾みをつけて、身振り手振りをまじえて、説明する。
「七種類のアイスクリームを盛ってたっぷりの生クリームをしぼり、その上に飴がけし、生チョコレートを添えてウェーハスとフルーツを飾った大きなパフェだ。ゆうに二人前はあるらしい」
ミレはゴクリと生唾を呑んだ。
想像して、ときめく。
それまで黙って二人の会話を聞いていた闇騎士が呆れ顔で呟く。
「……たかが菓子で姫の気を惹くとは策が幼稚すぎやしねぇか?」
「なんとでも言え」
アーティスは「フン」と鼻を鳴らしてミレとの距離を詰めた。
「キスかデートか。私は前者でもまったくかまわないが」
と、アーティスがおもむろにミレの顎に指をかけ、頬を傾けてきた。
うっとりと虹パフェを空想していたミレはハッと我に返った。
「デートに行きます」
「早くそう言えばいいのに」
ぬけぬけと言ってアーティスが笑い、ミレの手をすくって、指先に軽くキスを落とした。
「……デートの誘いを受けてくれて嬉しいよ。少しは私に気があると思ってもいいのかね?」
「いいえ、まったくありません」
ミレが大きく首を振って断固否定すると、なんと、アーティスにパクッと指を齧られた。
「い、痛い」
甘噛みではない。
振りほどこうにも、振りほどけない。
「……っ」
痛くて、じわっと泣けてくる。
悲鳴を上げる寸前、解放された。
「……あーあ、歯型がついてしまったね。かわいそうに」
自分で噛んでおきながらなにを言っているんだ。
涙目でミレがアーティスをキッと睨むと、アーティスはニヤリと口角を吊り上げて顔を寄せてきた。
「悪かった。つい、君がイジワルを言うものだから苛めてしまった……」
涙を舌で舐めとられる。
さすがにびっくりして胸を押し退けようとしたものの、逆に抱きこまれる。暴れても、アーティスはびくともしない。
ミレの抵抗をやすやすと封じながら、ちらりと背後に眼をやった。くぐもった声で、なにかひとりごちている。
「……ふぅん。私がここまでしても止めないところをみると求婚者とは表向きか……となると、やはり……」
疲れて、ミレは虚脱した。
ここにシャレムがいれば撃退してもらうのだが、あいにく一昨日から姿の見えない芸術家を探しにいって留守なのだ。
唐突に解放される。息が楽になった。
礼儀正しく腕を差し出されて戸惑っていると、
「行こう。もうだいぶ時間をムダにした。間に合わなくなるぞ」
なにに?
ミレは内心そう突っ込んだものの、アーティスの強引さに負けるかたちで拉致された。
続きます。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。




