二十二 対照的です
個人的に、聖職者が好きです。
この呟きを耳ざとく聞きつけたユアンがショックもあらわに言う。
「――わ、私に好かれるのは迷惑なのか……」
がっくりとうなだれるユアンにミレは訂正を加えて言い添えた。
「普通に好きでいてくださる分には、別に迷惑ではありません」
ただ、とミレは肩を竦めて続ける。
「迫られたり、押し倒されたり、というのは好きではありません」
ガバッ、とユアンが跳ね起きた。
「迫ったり、押し倒さなければ好きでいてもよいのか?」
「はい」
「だったら迫らないし、押し倒さない!」
素直なユアンはかわいい。
そこでアーティスが平然と真逆のセリフを口にした。
「私は迫るし、押し倒す」
正直なアーティスはかわいくない。
ミレはユアンに微笑を、アーティスにしかめ面をそれぞれ向けた。
そこでシャレムがウニャウニャと「ゴチソウサマデシター」と寝言を呟き、ミレが無意識に犬の髪を梳いていると、それが気に障ったのか、聖職者が無言で傍へやってきて握り拳をシャレムの脳天にガツンとくらわした。
「ぎゃっ」
シャレムが呻き、後頭部を押さえてキョロキョロしたときには、聖職者は素早く移動していて、知らんふりを決め込んでいる。
「うー?」
寝起きでいかにも不機嫌なシャレムを「よしよし」とミレは撫でた。
「わん!」
犬は吠えてすぐに機嫌を直し、ミレに頬擦りした。
「おはよう、ご主人さま。僕、お腹空いた」
「うん、私も。シャレムの変な寝言のせいでね」
「寝言? 僕、なにか言った?」
キョトンとする犬はかわいい。
つい甘やかしたくなって頬にキスしようとしたところ、いつのまにか背後に立っていた聖職者の手で口を覆われた。文句を言おうとしたところ、冷たい眼でじっと睨まれる。
「……安易に男に唇を許すな」
聖職者はおもしろくもなさそうにそう告げて、ミレはシャレムから引き離され、聖職者の腕に子供抱っこされた。
「そろそろ食事の時間だ。行くぞ」
気づけばもう夕食時だ。この体勢はいやだったが、聖職者はミレを降ろすつもりがないらしく、そのままスタスタと扉に向かう。
うろたえたのはユアンだ。
「ミレ殿!」
呼び止められ、ミレは聖職者の腕の中で身体を捻った。
「なんでしょう」
ユアンは必死の形相だ。
「あ、明日もまた来てくれるか」
「はい」
「明後日は?」
「来ます」
「その次は? 次の次の次は? できれば毎日会いたい……わ、私はミレ殿の顔をいつもいつも見ていたい。傍にいたいのだ……こんなことを望んではいけないだろうか……?」
ユアンに注視され、その場にいた全員の注目も集まった。
ミレは正直にありのままを告げた。
「お父さまが迎えに来てくださるまで、私は殿下のお話し相手です」
実際、話し相手になっているかどうかは、はなはだ疑問だが。
しかしそれでもいいとユアンが言うのであれば、ミレに異存はない。このまましばしここにいようと思う。父親の意図が読めない以上、逆らってもむだである。
好きなことができないのはつらいところだが、もう少しの辛抱だ。
「伺いますよ、まい」
毎日、と言おうとしてアーティスの声に遮られた。
「毎日はだめだ。私が君をデートに誘えなくなる」
……デート?
ミレはあからさまにいやそうな顔をした。そんなこと、したくもない。
だがアーティスはミレの抵抗を封じるように凶悪な微笑を浮かべて腕を組んだ。
「私の誘いを断るごとに、気絶するまでキスしてやる」
空気が音をたてて凍った。
「うひゃあー。さっすが、百戦錬磨の女たらしの恐喝は一味ちがいますねー」
一瞬にして殺気立つ気配の中、感心したように呟いたのはヴィトリーだ。
他の面々は、獰猛な顔つきでアーティスを睨んでいる。
恐ろしく険悪な雰囲気がただよい、まさに一触即発である。
ミレは反射的にコクコクと頷いた。
怖いひとには逆らわない、それが利口な処世術というものだ。
ユアンが反論を見いだせず言葉を失うのをよそに、アーティスは満足げに頷いた。
これにて第二章終幕です。
次話、新章開始。
引き続きよろしくお願いいたします。
安芸でした。
*当ブログサイトに書籍化のことについて他愛のない話をしています。




