二十一 噂は嘘です
いよいよ、兄弟王子が、そろって……?
ユアンはシャレムとは反対側に陣取り、膝を揃えて言う。
「ミレ殿」
「はい」
「う、うかがいたいことがあるのだ」
「なんでしょう」
ユアンは意を決したように、口をひらいた。
「兄上の部屋に通っているというのは、本当か?」
「はい」
「げっ」
ヴィトリーが下品に呻き、あわてて口を押さえる。
ユアンは色をなくして俯いた。
「……そ、それでは、そのう、ミレ殿が兄上の恋人になったという噂も……本当なのだろうか?」
「嘘です」
ミレはきっぱりと否定した。
「ドナのお世話をさせていただいているだけです」
「ドナ?」
「アーティス殿下の飼われているオウムです」
ヴィトリーが如才なく口をはさむ。
ミレはうっとりとして、頷いた。
「大きな美しい鳥です。ギャアギャア鳴いて、グサグサ攻撃してきて、よたよた歩いて、かわいいんです、とても」
ミレがアーティスと恋人関係にはないと聞いて、がぜん勢いづいたユアンは更に問い詰めた。
「では、ミレ殿が兄上の婚約者候補――という話はまちがいなのだな?」
さしものミレも意表を衝かれた。まったく寝耳に水だ。
びっくりしたせいで返答が遅れ、間があいた。それがいけなかった。
「いいや、まちがいではない」
神出鬼没を絵に描いたように、アーティスが現れた。
ノックと同時に入室を果たしたのだろう、絶妙の間合いで登場し、皆の非難のこもったまなざしを一身に浴びた。
正しい姿勢でゆっくりと歩いてきて、ミレの後ろに立つ。
「実際はキャス殿に正式に申し込みをして返事待ち、というところだがね」
「な……っ」
ユアンが眼をむいて絶句する。いまにも卒倒しそうなほど、驚いた表情だ。
ヴィトリーは咳払いし、ひきつった顔で、もったいぶった言い回しをした。
「おそれながら、アーティス殿下に申し上げます」
「なんだ」
「ミレ殿は、ユアン殿下のお話し相手でございます。それを勝手に横から奪うようなやりくちは、いささか反則ではありませんか」
「グズグズしていれば先を越される。事実、ミレには既に求婚者が四人もいるじゃないか。これ以上遅れをとっては大事になりかねない。――それに私は申し込みをしただけで、まだキャス殿にもミレにも、なにひとつ了承をもらったわけではない。反則とそしられるほどではないだろう」
言って、アーティスはちらりと含みのある視線をユアンに向ける。
ほぼ同時に、ヴィトリーがユアンに「兄殿下におくれを取ってはなりません!」というような叱咤激励の一瞥を巡らせる。
ユアンが頷いた。
「ミレ殿!」
「はい」
勢いよくミレを振り向いたユアンの眼は、子供とは思えない真剣な熱をおびていた。
迫力に気圧される。
思わず、ずいと近くに迫ってきたユアンの顔を、ミレは掌で押しつぶした。
ユアンが呻く。
「ぐ」
ヴィトリーは「あちゃー」と掌で顔を覆った。
「うわあ……いきなり拒否されちゃいましたかー」
アーティスは斜に構えて静観している。
シャレムは寝ている。
ヴィトリーはドキドキ、ハラハラ、オドオドしながら手を揉んで、落ちつきなくミレとユアンを交互に見比べている。
「……ミレ殿」
「……はい」
「と、年下は……嫌いだろうか」
「嫌いでも好きでもありません」
「では、わ、私と、その……」
しどろもどろにユアンが言葉に詰まる。
「殿下っ、もう一息ですよ!」
「わかっている! おまえは黙っていろ!」
「はいいいい」
ユアンが深呼吸する。
シャレムがムニャムニャと「もうお腹イッパーイ」と寝言を漏らす。
ヴィトリーが「ぶはっ」と笑う。
「……」
側近を殺意のこもった眼で睨み、ユアンは再び口をひらいた。
「わ、私は、ミ、ミレ殿のことが……」
沈黙。
沈黙。
沈黙。
「黙っていろ」命令を出されたヴィトリーがやむなく無言で握りこぶしをふりまわし、百面相をして、ユアンにハッパかけている。
だがユアンはどうにも言葉にならないようで、緊張のため硬直していた。
ミレはこの展開はなんなのだろう、とゆううつな溜め息をついた。
せめてシャレムが起きてくれれば退散することもできるのに、デカイ図体にのしかかられているので、動くに動けない。
限りなく気詰まりな空気を破ったのは、いきなりバタン、と扉をあけて現れた四人の乱入者だ。
芸術家と闇騎士がやかましく押し問答しながら、大商人は調子っぱずれの歌を口ずさみながら、聖職者は我関せずの態を貫いている。
「よーお、姫さん! ンだよ、しけたツラしてんなぁー。二人の王子さんにいじめられたのかあ?」
場違いなほど能天気な大商人のセリフに、兄弟王子は同時に反論した。
「いじめてない!」
確かにいじめられてはいない。
でもすごく居心地が悪い。
ミレの気のせいでなければ、アーティスに外堀を埋めるように迫られているばかりか、ユアンにも過分に好意をもたれている気がする。
だがミレにその気はない。兄弟王子殿下にも四人の求婚者にも、できれば深入りはしたくない。
既に手遅れ、という感もあるが。
それだけに「迷惑だなあ……」とミレはロコツに嘆息した。
初心に戻り、ひらがな推進中。
お知らせ。
愛してると言いなさい・3 7月下旬発売です。
よろしくお願いいたします。
安芸でした。




